ふたりのぬくもり 2

カチャカチャ・・・と、食器の音が時折聞こえる。
もう起きなければ・・・とも思う。
でも、どうしてもその気になれない。
自分自身が嫌でたまらない・・・・都筑は涙を拭おうともせずに天井を見つめ続けていた。

こうなったこと・・・・巽とこうなることが嫌だったんじゃない。
それはいつも心の何処かで願っていたことだ。
どんなに優しくされても、ぬくもりを求める思いは満たされなかった。
だから・・・いつの日か・・・と思ってはいたのだ。
・・・・でも・・・でも・・・覚えていないなんて!・・・・。
都筑はシーツに潜り込んだ。
やっと願いが叶ったというのに、それなのに、そんな大切な日のことを、そして大切な行為のことを自分がまったく覚えていない事が許せない。
さっきから繰り返し繰り返し思い浮かべても、やっぱりリビングで巽に抱きついたまでしか記憶がないのだ。
・・・・・巽に対しても失礼なこと・・・・どんな顔をして会えばいいのだろう。
もうすぐ開くであろうあの扉の向こうに自分はどんな表情を見せればいいのだろう・・・・・。





軽く2回ノックをして巽はドアを開けた。
シーツを頭までかぶった塊に苦笑する。静かにベッドの脇へと近づいた。
「都筑さん・・・・もう起きてください。」
不自然に顔までかぶっているところを見ると、起きているのだろうということは疑いようもない。しかし、当の本人は寝たふりを決め込んでいるのか、ピクリとも動こうとしなかった。
「都筑さん! いい加減に起きないとシーツはがしますよ!」
その言葉にビクッとする。
それでもまだ都筑は沈黙のままだった。

「・・・・・」
巽も何も言わずに塊を見つめる。
横を向いているのであろう、シーツが都筑の身体の線を浮き上がらせていた。

夢の中で何度その姿を思い浮かべただろう・・・
何度この手の中に包み込もうとしただろう・・・・
・・・・それは誰も知らない想い・・・・
知られてはならない想い、そう考え行動してきた。
でも、最近膨らみ続ける想いに押しつぶされそうになる。
もう自分に抑えがきかなくなってきているのも事実で、眠れない夜を何度も過ごしてきたのだ。昨夜だって・・・・・あんな・・・・。
ふと巽の脳裏に昨日のベットでの都筑の表情が浮かぶ。
「・・・・いいよ。」
そう言われた時の・・・・・。


無意識に巽の手がシーツにくるまれた都筑の身体に伸びていった。
「ひやぁ!」
思いがけない感触を腰に感じて都筑が声をあげる。
その声に巽が手を引っ込めた。
「あ・・・・・すみません、そのっ・・・・。」
巽は引っ込めた手を握りしめる。
・・・・・もう限界だ・・・・・
驚いた都筑は顔を向けないまでも、シーツから顔を出していた。
・・・・な、何?今の・・・・触ったの?・・・・
慣れない感触に変な声をついあげてしまった。ますます巽に顔が向けられない・・・・。

「あ、あの・・・・都筑さん?」
「・・・・・」
「もう・・・・その起きませんか? 朝食の用意もしてますよ。」
「・・・・・・いい。」
横を向いたまま都筑が答える。
「いいって・・・・良くありませんよ、せめてこっち向いてください。」
ほらっと、肩に手をかける。
素肌に巽の手のぬくもりを感じて都筑が固まった。
「いいって・・・いらない。」
・・・・言いたいことはこんな事じゃないのに・・・・
都筑は唇をかみしめた。


似たようなやりとりが何回か続く。
自分の方を向きもしない都筑に最初は遠慮がちだった巽も本来のペースを取り戻してきた。
・・・・これじゃ、単なるぐずった子供じゃないですか!・・・・
顔を見せようともしない態度に段々腹がたってきた。
触ったのは・・・・確かに自分が悪いかも知れないが、そこまで背を向けられる理由があるはずもない。
「・・・・ちょっといい加減にしなさい!」
再度肩にかけた手を思いっきり手前に引く。
「!」
巽が見たものは涙に濡れた都筑の顔だった。








「・・・・・大丈夫ですか?」
巽はベッドに座りながら、シーツにくるまりながらも上半身を起こした都筑の背中に手を廻す。
「うん・・・」
巽が差し出したタオルに顔を埋めながら答えた。
「まったく・・・・私をなんだと思っているんですか。」
何かあったんだ・・・ということで都筑が落ち込んでいる事を聞いた巽が大きく息を吐きながら呟いた。あの後、口づけを交わした後、それからは何も進んではいない。正気を失った都筑をどうこうするなんて、プライドが許さなかった。
一時は・・・酔った都筑の色香に迷ってしまったのも確か・・・・だったのだが。
「だって・・・・」
「だって、なんです?」
「・・・・俺、裸なんだもん。」
「それは、アンタが自分で脱いだんでしょうが!」
「え?・・・・俺?」
「・・・・・そうですよ。」
巽は片方の手でこめかみを押さえる。
「酔っぱらったアンタをここに連れてきて・・・・寝かせようとしたらゴソゴソしだして・・・・・。」
連れてきて、寝かせる間に誘われるままに何度かキスをしたことは、あえて伏せようと巽は思った。あんな涙を見せられてはそんなことは言えやしない。
「私が止めようとしても聞きはしないし・・・・アンタ、他の人と飲む時もああなんですね?」
「・・・・そ、それはちょっと・・・・・記憶ないし・・・。」
よく分からない、と言う都筑を見て巽はもう一度大きな溜息をつく。
まあ、おそらくはそうなのだろう。以前、酔ったら脱ぎ出して大変だ・・・というのを密が言っていたような事を思い出す。


巽は都筑の背中から手をはずした。都筑がはっとする。
「・・・・・・まあ、もういいですよ。それよりも早く着替えて、食事済ませてください。」
そう言いながら立ち上がった巽のエプロンを都筑が掴んだ。
「・・・・・・」
「巽。」
無言で巽が振り向く。俯いているくせにしっかりとエプロンの裾を握っている。
「昨日の・・・・・昨日のこと・・・・その」
「・・・何もなかった、と言っているでしょう。もういいでしょう・・・・。」
あれは酔っぱらった上でのこと・・・・そういつもの戯れ。何事もなくまた繰り返される日常に戻るだけだ。・・・・そういつものように。
「でも・・・・その・・・」
「さ、離してください。食事にしましょう。」
現実に戻るために・・・・。
「やだ!」
「・・・・都筑さん・・・いい加減に」
「やだ、やだ! このままじゃ・・・・ダメだ!」
巽はますます強く握られて動きがとれない。
「・・・・どうしろというんですか? あなたは一体・・・・」
「昨日の答え聞いていない!」
「・・・・・」
「聞いてないよ、まだ・・・・」
「・・・・答える必要はないでしょう?」
都筑が顔を上げる。
「え?・・・なんで?」
「・・・・・」
巽は目をそらす。
「なんで? 何でだよ?」
「泣く程嫌なくせに・・・・」
小さく巽が呟く。
「え?」
「そんなこと・・・・泣く程嫌なくせに・・・・私にどうしろと言うんですか!」
「た、たつみ!」
「・・・・もう充分ですよ。」
こんなこともう、みじめなだけだ。
さ、離してください、と握りしめた都筑の手に手をかけようとする。
「や!」
都筑は咄嗟に巽の手を引っ張ってしまった。




手を引かれた巽は都筑の上に重なるように倒れ込んでしまう。
「・・・っ」
「あ、ごめん、ごめんね。」
慌てて謝る都筑を巽は見下ろした。
「・・・・たつみ、違う。違うんだ!」
「・・・・何が?」
「泣いてたのは・・・・・それは悔しかったから・・・何も・・・その・・・そのことを覚えていないのが・・・・だから」
しどろもどろに答える都筑を見つめる巽は、少しずつ表情を変えていった。

「俺・・・・ずっとずっといつか・・・・なんて思って。でも酔って覚えてないうちに・・・なんてそれが・・・」
「・・・・それは本当に?」
「え?」
「私が嫌で泣いていたわけでは・・・・・ないんですね?」
「あ、当たり前じゃないか、なんでおまえを嫌がるんだよ、そんなこと、んっ・・・」
後の言葉は巽の口づけに吸い込まれた。
深く深く求めてくる熱に、余裕なく都筑も応える。
「ん・・・・あっ、たつみ・・・んっ」
離しては口づけ、離しては口づけの繰り返し・・・。
ようやく解放された時には、もう都筑はぐったりだった。


息の荒れる都筑を巽は抱きしめる。
「・・・いいですか?」
耳元に囁かれる言葉に都筑は目を開ける。
こくりと頷く・・・・でも、はっと顔を上げた。
「巽・・・食事は・・・?」
くすっと笑って巽が都筑の髪をかき上げた。
「・・・・いつから我慢していると思うんです? 昨夜からずっと煽っておいてまだおあずけですか? もう、待てませんよ。」
真っ直ぐに見つめてくる瞳に、顔が赤くなる。
それは・・・・待てないのは都筑も同じだ。
「・・・・・うん。」
都筑が目を瞑った。
「じゃ・・・・いただきます。」
都筑の額にそっと口づけをすると、おやじみたい・・・・と小さく動いた唇に、もう一度ぬくもりを求めていった。
今度こそこの腕の中からこぼれ落ちていかないように。





願って・・・願って・・・願い続けたぬくもりを、もうけして手放さないように・・・・・・。




2002・9・14
M・Hinase

★・・・・・気を持たすような後編でこの終わり方;
ああ、本当にすみません(>_<)。
いや、この部屋だから暗くなりすぎては何だろうという思いが邪魔を・・・;
また違った視点で書いてみたいなと思います。いつになるかはわかりませんが(^^;)。
しかし中途半端だな・・・・色んな意味で。
ということで、ふたりは出来ちゃった!と。(おい;)

◆後日談へ◆
(・・・少しばかりSSを追加です)