LONG LONG NIGHT
第1章
トントン・・・。 ひかえめなノックの音に巽は顔を上げる。 「どうぞ」 そっと眼鏡のフレームに手をあてながら、返事をする。 ゆっくり開かれた扉から都筑が顔を出した。 「まだ帰らないの?」 そう言いながら後ろ手で扉を閉める。 「今日は残業だと言いませんでしたか?」 「うっ・・・・聞いたけど・・・・もう5時だし・・・・土曜日だし・・・・」 顔も上げずに書類に目を通している巽は都筑の言葉には反応せず、仕事を続けている。 所在のない都筑は仕方なくソファに座り込んだ。 「・・・・早くお帰りなさい。寒くなってきましたから・・・・・。」 冷たい風が窓ガラスを揺らす。 「え?でも・・・・・」 突然かけられた言葉に都筑は戸惑う。 「でも巽はまだ残るんだろう?なら、俺も・・・」 「都筑さん」 ふーっと息を吐いて巽が立ち上がりソファのところまでやってきた。 「だから言ったでしょう?今日は残業だと・・・・。私の仕事はまだかかりますよ。」 「ん・・・・」 週末なんだよっと都筑は言いたかったが、言葉を飲み込んだ。 先週は出張で自分が留守だったから、2週間ぶりに2人で過ごす週末となるはずだった。 でも巽はそんなこと気にもとめないように、仕事をしてて・・・・。 「都筑さん・・・・」 巽の声に呆れたような溜息が混じったような気がした。 「わかった・・・・ん、俺帰るよ。」 自分に言い聞かせるように腰を上げる。 巽の手をこれ以上煩わしてはいけない、都筑は笑顔を向けた。 「あんまり無理するなよ・・・・」 「ええ、貴方も気を付けて。」 じゃあ、と都筑は課長室を出た。そこには誰もいない召還課の部屋が広がっていた・・・・。 巽との距離が分からなくなってきた。 これはあの京都の事件以後、感じ始めていた事。 都筑は庁舎を出て巽がいるであろう窓を見上げる。 もう2人が出会って半世紀以上・・・・ パートナーを組んだり、別れたり、けして楽しいことばかりではなかったけど それでも一番側にいて支えてくれた存在だった。 巽がいなければ冥府で自分はどんな風に過ごしていたのか・・・・ そんなこと考えもつかない。 伯爵の本に取り込まれた時、巽の心を知った。 嬉しかった。 自分のことをそんなに大切に思ってくれることが幸せだった。 邑輝に闇を暴かれたあの事件の時も自殺を図った都筑をすんでのところで救ってくれた。 あの病室で慟哭する巽は都筑が知る上では初めて見た巽だった。 だからそれが嬉しくて、もう大丈夫だと心から思えた。 それなのに・・・・・ 何故だろう、少しずつ何かがずれていくような気がする。 もう自分は巽無しでは生きていけないのに、 巽はそうではないのだろうか・・・・・。 都筑は白い息を吐いて家路に向かった。 また悲しい思いをさせているのではないか・・・・。 都筑が去った後、巽は席に戻ることもなく立ち尽くしていた。 帰り際に見せた笑顔が胸を突く。 ・・・・急ぎの仕事なんてないのに・・・・・ 久しぶりの週末を楽しみにしていた都筑を故意に遠ざけた。 どうすればいいのか自分でも分からなくなってきてしまった。 こんなにも愛おしいと感じるのは彼だけなのに。 幸せにしてやりたいと思うのも彼だけなのに。 窓から下を見下ろせば、ちょうど都筑の帰る姿が見えた。 コートの襟を立てて寒そうに・・・・。 ずっと待っていたのだ、自分と帰ろうと。 そして2週間ぶりの食事をして・・・・・そして・・・・甘い時間を過ごす。 けれども・・・・ 最近の自分の心に戸惑いが出てきている。 あの事件以降急速に近づいた都筑との距離が測れない。 いつも触れたい、抱きしめたいと願う自分に何よりももう一人の自分がついていかない。 一度は遠くで見つめると決めた自分が。 こだわりを捨てて、もっと素直に都筑を求めれば、きっと上手くいくはずなのに・・・・。 それが出来ない自分が歯痒い。 ドンっ、巽は拳で机を叩く。 都筑を苦しめる事しかできない自分が大嫌いだ。 表面的には何も変わらずに日が経った。 結局週末は何処にも行く気がせず、家でゴロゴロ過ごした都筑は気怠い気分のまま登庁した。何となく巽と顔を合わせ難い気がしたが、巽は普段と変わらない。 相変わらず小言を言ってくる。 でもなんか以前の関係に戻ったようで、淋しいような・・・・でも何処かでホッとしているような自分がいるのも確かだった。 「巽、これ、今いい?」 夕方の5時・・・・都筑は密に怒鳴られながら書き上げた書類を持って巽のところに来た。 「ええ、かまいませんよ。」 巽は柔らかく微笑んで書類を受け取る。 巽が書類を見ている間、都筑は心の中でシミュレーションする。 ・・・・今日は言ってみよう・・・・週末じゃないけど・・・・こんな気持ちのまま過ごすの はやっぱり嫌だ。俺達はもっと話し合わなければいけないんだ・・・・ 自分達の関係が何なのか・・・・答えを出さないといけないような気がしていた。 「はい、結構です。」 巽が顔を上げる。今だ! 「あのね・・・」 「あの・・・・」 2人の声が重なった。 「あ、・・・・何?巽から言ってよ。」 「いいえ、都筑さんの方から・・・・」 あわてて言葉を繋ぐ。 2人で顔を見合わせて・・・・そして笑った。 懐かしい空気・・・・都筑は巽の目を見つめる。 「今日・・・・一緒に食事しないか。その、週末じゃないけど、おまえと話もしたいし。」 「都筑さん・・・・実は私も同じ事を言おうと思って・・・。」 「えっ?なんだ・・・・・そうなんだ。」 身体の力が抜ける。 えへへ・・・と笑う都筑に巽は見つめる。 「ただ、今日はちょっと会議が入っているので8時頃になります。いいですか?」 「うん、じゃあ俺地上にデザート買ってから行くよ。」 「また・・・・ケーキですか?」 「うん、美味しいお店見つけたから、是非巽にも食べて欲しいんだ!」 楽しみにしていますよ、と頬に手をかけられた。 近づいてくる顔に都筑は目を閉じる。 合わせられた唇はとても温かく柔らかだった。 唇を舐められ、甘く噛まれる。 僅かに開いた隙間から巽の舌が都筑の舌を絡め取り吸い上げた。 巽のスーツを握る都筑の手が震える。 ・・・・こんなにも求められている・・・・・ 心の中の不安は消えた訳ではないけど、きっと巽だって自分と同じ気持ちなんだ。 そう思うと都筑は嬉しかった。 「今夜、また・・・・」 息も絶え絶えになった都筑をそっと離すと巽は耳元で囁く。 「ん・・・・・」 火照った頬を自分の両手で挟む。 巽から自分の求めるものをもらったような気がしていた。 「あ、じゃあ、俺地上に行って来るね。」 「まだ早いんじゃないですか?」 「大丈夫!じゃあ、8時に行くよ。」 ・・・・デザートの他に花も買っていこう・・・・・ あれもこれもと思いが馳せる。 また後で・・・・・そう言葉を交わし都筑は部屋を出ていった。 都筑が出ていくと、急に自分の行動が恥ずかしくなる。 笑い合ったことが緊張感を解した。 自分がまねいたことだったが、都筑がいない先週末は味気ないものだった。 心の中に巣くう不安や焦りや憤りは消えてはいないが、それでも少しずつまた新たな距離を作れば良いのではないか・・・・今は少し素直に信じられる巽だった。 ・・・・何を作りましょうか・・・・ 久しぶりの2人での食事に心が浮き立つ。 ・・・・さて、まずは仕事を片付けてからですね・・・・ 巽はファイルをまとめ、会議室へと向かった。 |
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