遠くで鳥のさえずりが聞こえる・・・・朝・・・?



ぼんやりと目を開けると見慣れない天井があった。
はっきりしない頭を動かして部屋を見渡す。

・・・・何処だっけ?・・・・・

まだ重たい瞼を再び閉じて都筑は考える。
金曜日の昨日、早めに仕事が終わったので街に出た。出張で受け取りが遅れていた給料を握りしめてお目当ての洋菓子店へ向かったのだ。

でも・・・・お店に行く前に何かあったような・・・・・・・・あ、そうだ・・・・そうだよ!
ガバッと起きあがる。
はっと、自分の格好を見下ろすと・・・・・・浴衣だった。

「やっぱり・・・・」
そう呟くと都筑は頭を抱えこんだ。
「夢じゃなかったんだ・・・・」
大きな溜息をついた。
「どうしよう・・・・」
ふと隣の布団を見ると、少し前からいないようで・・・・。
荷物に変化がないから少し出ているのか・・・・と思いつつ、首を振った。

・・・・別に嫌な事じゃない・・・・むしろ嬉しいのだが・・・・こういつも突然というのはまずい、非常にまずい・・・・

都筑はぱふっと、枕に顔を埋める。
「いつものことなんだけど・・・・ね」
小さく呟いて、そのうち開くだろう襖の方を見つめた。



「おや? もう目が覚めたんですか?」
襖を開けると、じっーっとこっちを見つめている都筑に気づき、邑輝はそっと枕元に膝をついた。
「ん・・・・」
「どうしますか? 食事に行きますか?」
「・・・・・風呂に行ってきたのか?」
「ええ」
「ふ〜ん」
ふてくされたように答える都筑に、ふっと邑輝が笑った。
「・・・何だよ」
「どうして朝からそんなに不機嫌なんです」
「それをお前が聞くか?」
「ええ、わかりませんから」
そう言いながらもニッコリしている顔を見つめる。
・・・・ほんっとに性格が悪い・・・・
むっと睨んで、仰向けになる。
「お前、週末ダメだっていたじゃん」
「急に休みが取れるようになったんですよ」
「なら、それが分かった時点で連絡ぐらい・・・」
「昨日の夕方近くだったから、もういいかと思って」
「何がだよ・・・携帯ぐらい持ってるぞ、一言言ってくれたって」
「驚かそうという気持ちもありましたし・・・」
微笑んだまま悪びれない邑輝を見て・・・・・もう一度溜息をついた。
「・・・・・・ああ、驚いたよ、充分」
そう言いながら、都筑は昨日の出来事を思い出した。



もう少しで店という所で、横合いから腕を引っ張られて路地に引っ張り込まれた。
相手を確認出来ないままに口づけられて・・・・。
その内に包まれる香りで誰だかは分かったけど、あまりにも抱擁がきつくって目が回りそうだった・・・・・そんな朦朧状態のまま車に乗せられて・・・・・途中何を聞いても微笑んだままで・・・。
もうたずねるのもあきらめた頃、和風旅館に到着した。
すでに暗くなっていたので何処だかも確認出来ないままだった・・・・・そして手配済みだったのだろう、すぐ食べられるように準備されていた美味しい食事の数々。
滅多にお目にかかれない高級旅館の様子に目を丸くして・・・・言いたいことは山ほどあれど、つい目の前のことに流された。
当然酒も入る、つい日常とは違う空間で飲む酒の美味しさに身を委ねてしまった。
・・・・・・委ねたのは酒だけではないけれど・・・・・・。
そこでふと昨夜の出来事を思い出して顔が熱くなった。



「どうしました?」
覗き込まれるように顔を下げてくる邑輝を避けるように顔を背ける。
「都筑さん?」
「・・・・何でもない」
ようやくそれだけを答えると、上半身を起こした。
「大丈夫ですか?」
「何が」
「昨夜はつい無理をさせてしまったものですから・・・・すみません。身体が辛いのではないかと・・・」
「だ、大丈夫だよ」
起きあがろうとする腕を捕まれた。
「ちょ、ちょっと!」
「本当に大丈夫ですか?」
抱きかかえられるようにな格好になってしまう。
「ああ」
「それは良かった・・・・じゃあ、いいですね?」
「・・・・・は?」
そう問い返しながら目を見つめた。
邑輝の手が浴衣の裾を割ってくる気配に都筑は慌てた。
「ちょっと、待て、何してるんだ!」
「何って・・・」
「朝だぞ、朝! やめろよ〜何さかってんだ、おまえは!」
「当然の反応でしょう? こんな可愛い人を抱きしめたまま何もしないなんて無粋なことは私には出来ません」
真剣に話す顔をしみじみと見つめる。
「・・・・・お前は!」
邑輝の手を掴んだまま、体勢を整えた。
「散々しただろう、朝ぐらい我慢しろよ!」
「ダメですか」
「ダメにきまってんだろう! 食事ぐらいさせろよ!」
う〜っと睨み付けると、小さく息を吐いて邑輝は手をゆるめた。
「そうですね・・・・朝食の時間もありますし」
ようやく離された手に都筑は急いで立ち上がった。乱れていた浴衣を整える。
それを残念そうに見ていた邑輝も立ち上がった。
「それでは行きましょうか」
やっぱりにっこり笑ってくる顔に都筑は何度目になるか分からない溜息をつきながら・・・・・・
小さく頷いた。




「わ、広いな」
都筑はつい声を上げてしまう。
食事を済ませて、散策をしましょうという邑輝の言葉で旅館の敷地内を歩いていた。
庭と言ってもかなり広く小高い丘もあった。
週末ということでかなりの泊まり客がいるようだった。
聞けばある花で有名な島だという・・・・島と言っても内海にある島でその両岸からは橋と土手で繋がっている場所らしい。
この小さな島で1つの町とか。
「あなたに是非お見せしたいと思いまして」
なんの花なのかは分からないが、そうやって嬉しそうに笑う邑輝に何となく都筑の方が照れた。
その笑顔を自分だけに・・・というのが・・・・嬉しかった。


「あのお〜写真お願い出来ますか?」
花の植えられている所へ歩いている時に声をかけられた。
振り返ると、女の子2人がカメラを持っていた。
「申し訳ありませんが、他の方にお願いしてください」
いいですよ、と答えようとした途端に発せられた言葉に、都筑は口を開けたまま邑輝を見た。
まさか断られるとは思わなかったのだろう女の子達も呆然としている。
「さ、都筑さん、行きますよ」
肩に手をかけられ、軽く身体を押された。
「ちょ、ちょっと、何言ってんだよ、いいじゃないか」
「・・・・」
「おい、待てってば」
肩の手を振り払うと女の子達の方に向いた。
「ごめんね、いいよ。カメラ貸して」
戸惑う女の子達からカメラを受け取ると、2人が小走りに定位置へつく。
その間、邑輝は少し離れたところで面白くなさそうに立っていた。
・・・・なんだよ、あいつは!・・・・
そう思いながらも、シャッターを切った。

ひとこと、ふたこと話し、カメラを返そうとした時
「あの、もしよろしければ一緒に写って貰えませんか?」
と、カメラごと手を捕まれた。
「え?」
「お願いします・・・」
「え? あ、あの・・・・う、うん・・・」
ずいっと2人に寄られて都筑はつい頷いた。
仕方ないか・・・・そう思った瞬間、すっと、横合いから手が伸びてきて抱きすくめられた。
「あっ」
「申し訳ありませんが、私達写真が嫌いなんですよ」
有無を言わせない程の冷たい言い方で一言告げると、ぐいっと都筑の身体を引っ張る。
「あ、あの・・・・ごめんね、そういうことだから・・・・」
あはは・・・・と手を振りながら、その場から逃げ出すように去った・・・・いつまでも自分たちを見つめる彼女たちの視線が痛かった。
でもそれよりもすっかり不機嫌になった邑輝がしっかりと、都筑の腰を抱えている方が気になって。
「お、おい、なんであんな態度とるんだよ、写真程度で」
「あなたの写真なんて私だけが持っていればいいんです」
「邑輝・・・・」
「あなたのことはどんな小さな物でも私以外の誰にも所有させない、もう何度も言ったでしょう」
「だからって・・・・」
身をよじるが邑輝の手ははずれない。
「離せって」
「お願いですから・・・・もう少し自覚してください」
「何をだよ」
「・・・・彼女たちは最初からあなた狙いなんですよ」
「な、何言ってんだ、まったく・・・・こんなことばっかりしてたら・・・・」
それに何故俺のことばかり気にするのかわからない、目に付くと言えば邑輝の方が華やかなのに・・・・なのに・・・・
「してたら何です、私はあなたさえいればいいといつも言っているでしょう? 他は関係ないです」
はっきりと言い放つ。
「邑輝・・・・」
こうなったらもう何を言っても無駄で・・・・都筑はそのまま花のあるところまで連れて行かれてしまった。



「すごい・・・・」
先ほどのことを忘れさせるほどの大輪の花が並ぶ様に目を見張る。
1m程の高さの木々が立ち並ぶ。牡丹の花だった。
「ものすごい数だ・・・・」
色とりどりの鮮やかな花が見事に咲きそろっている低い木々の間を歩く。邑輝も後ろから歩いてきた

そう言えば・・・・都筑はふと思い出す。

何かの雑誌を見た時に
『へえ、牡丹の島か・・・・こんな所行ってみたいよね』
とかいった覚えがあった、もう随分前のことだ。
『立てば芍薬,座れば牡丹,歩く姿は百合の花と言いますね、まるであなたのようだ・・・』とか恥ずかしいことを言われた覚えもあった・・・・。

・・・・そのことを気にしていてくれたのか・・・・・と。
もう言った本人が忘れてしまう程のたわいない会話。
都筑はくすっと笑った。何故だろう・・・・・それを思い出すと肩の力が少しだけ抜けた。
・・・・もう、いいや・・・・色々思うところはあるが・・・・とにかく楽しもう、せっかくの時間なのだから。
そう思い直すと振り返る。邑輝と目があった。
少しだけ微笑むと、何も言わず、すっと都筑の横に立つ。そして一緒に歩き始めた。
しばらく無言で花を見て回る。


「都筑さん・・・」
「ん?」
沈黙を破ったのは邑輝だった。花の列が途絶えた植え込みで邑輝は立ち止まる。
「まだこんな事を続けなければいけないのですか」
「・・・・邑輝」
「あなたが私と一緒に来てくだされば・・・・いつだって」
「邑輝・・・・その話は」
もう何度も繰り返した。こうやって会っていることも一応内緒にしている。一応というのは、どんなに隠してもパートナーには気づかれてしまうし、きっと他にも気づいている人がいるからだ・・・・都筑は何人かの顔を思い浮かべた。今回のことも地上に行ったまま帰ってこない都筑を怪しんでいるに違いなかった・・・。
「まだ・・・」
「もうこのままあなたを返さないという手もあるのですが・・・」
「邑輝!」
「・・・・・・・」
ぞっとするほどの目で見つめられ都筑は俯いた。
「・・・・・・もう少し・・・・・もう少しだけ待って欲しい」
いつか必ず、お前の元に行くから・・・・心で言葉をつなげた。
それは間違いない真実なのだから・・・・。

2人の間を強い風が吹き抜けた・・・・・。



邑輝がふっと、息を吐く気配で都筑が顔を上げる。
「・・・・いいかげん甘いですね、私も」
諦めたように笑う様子に、都筑は手をさしのべた。
邑輝はその手を引き寄せながら身体を抱きしめる。
「分かりました・・・・・でも・・・」
「うん・・・・分かってる・・・・必ず」
ぎゅっと力を込められた。
少し苦しいけど、でもそれが今は嬉しかった。
必ず行くから・・・・・。






「島から出て足を伸ばしましょうか」
花木の間を縫うように歩きながら言う邑輝に都筑は首を傾げる。
「でも・・・俺もうあんまり時間はないんだけど・・・あっ」
と、そこまで言って口を押さえた。
「時間がない? 何故です? 明日もお休みでしょう?」
「あ、うん・・・・」
・・・・・しまった・・・・・つい口が滑った・・・・
都筑は早足になる。
「ちょっと待ちなさい、都筑さん? 何が時間がないんですか」
「いや・・・・そのね・・・」
しどろもどろになる都筑の様子に、ぴんと邑輝の頭に何かが浮かんだ。
「・・・・・まさか誰かに食事に来いと呼ばれているとか・・・・」
誰かが誰か・・・・とはもう言わないでも分かっている。この人物は普段からやたらと都筑の身辺を気にかけていて、週末はよく食事に誘ってくれるのだ。
都筑にとっていつもならとても助かるのだが、こうやってだぶった時がややこしかった。
「・・・・」
都筑は申し訳なさそうに振り向く。
「・・・・・やっぱり」
その表情からそのことを確信をした邑輝は面白くなさそうに、つぶやいた。もう何度かこういう理由で都筑がさっさと帰った事があったのだ。
・・・・しかし今回は・・・・
そう思うとさっと都筑の腕をとると歩き出す。
「おい、何処に行くんだよ、邑輝!」
諦めたのかと思った邑輝がずんずん歩き出したので都筑は慌てる。
「邑輝!」
「帰しませんよ、予定は変更です。今から私の別荘に行きましょう」
「は? 別荘って・・・・・邑輝!」
「そこにはバラの花がたくさんあります、そこでしばらく過ごしましょうね」
文句は言わせませませんよ、という笑顔で言われた。
「ちょっと・・・待てってば」
しっかりと捕まれた腕はほどけるわけもなく・・・・・都筑はまたもや引きずられていった。
そんな2人を牡丹が花を揺らして見つめていた。




その後1週間、都筑が無断欠勤して大目玉を食らったことはいうまでもなかった・・・・。

                          《おまけのお話

2003・6・28
M・Hinase