都会でもなく田舎でもないそんな街の小高い丘にその病院は建っていた。
その丘からは遠く山や海が見え、季節を通じて爽やかな風が吹く場所でもあった。
そのため、病院でありながらも入院している患者達は重い病気を患っていても
その美しい景色を見ていると、まるで別荘に静養に来ているかのように感じていた。

セント・フラワー病院。
この景色も建物も美しいと評判の病院だ。
優雅な外観と近代的な機械、そして優秀な医師や看護士達、最高のメンバーが迎える患者は
やはりどちらかというと裕福な人間達が多かった。
場所柄人目を避けることが出来るため、政財界の有名人も時々出入りするほどの場所だった。
そして今、この病院を舞台に1つの物語が始まろうとしていた・・・




「あっ! 麻斗先生だ〜! 麻斗先生!」
昼の食事が終わり中庭に出ていた子供達がナースステーションの前に立っている青年に向かって
走り出した。
「あーさと先生! あそぼ!」
ばふっと、1人の男の子がその脚にしがみつく。他の子達もわらわらと青年にしがみついた。
「こ、こら〜廊下は走っちゃいけないってあれほど言っただろう?」
最初にしがみついてきた子供の頭に手を置いて顔をのぞき込む。
「えーだって・・・」
「だって・・・じゃないよ? 転んで怪我したらどうするの? 他の人にぶつかるかもしれないだろう?」
ん?と青年は首をかしげた。
「うん・・・」
「わかった? ほら、君たちも同じだよ、もう走っちゃいけないからね!」
3人の子供達を並べて青年はしゃがみ込んだ。
「はーい・・・」
3人が声をそろえて返事をする。
「よし!いい子だね!」
優しく頭を撫でてやると、少しだけバツが悪そうに子供達はもじもじする。
「・・・・じゃあ、後でお部屋に行くから、その時にこの前のゲームの続きをしよう?」
「え? ホント?」
「うん」
にっこり微笑むと、子供達は嬉しそうに笑って
「やったー!!」
と、抱きついてきた。
「わあっ」
1度に3人の子供が飛びついてきたためにそのまま後ろへと尻餅をつく。
「もう、注意したとたん、これなんだから・・・」
「約束! 約束だよ!?」
もう遊ぶことしか考えていない彼らには何を言っても無駄だ。
「わかった、約束だ」
「じゃ、後でね! 麻斗先生!」
ばいばーいと、また病室へと駆け出す!
「おい、走るなって今言ったばかりじゃないか〜! それに俺は・・・あ、行っちゃった・・・」
廊下に座り込んだまま3人の姿を見送った青年は、ふう〜っと溜息をつく。まるで嵐が去った後のようだ。
でも・・・と思い直す。
騒がしいのは困るが、病院で元気のいい子供達を見るのはやはり元気づけられる。
どうしても笑いが少なくなる場所だから・・・
「後でもう1回、ちゃんと言っておかなきゃな・・・」
その時、くすくすとカウンターの向こうで笑い声が聞こえた。はっとして立ち上がると、他の女性の看護士達が皆笑っている。
「あ、あの・・・」
「モテモテね、都筑さん?」
「ホント、あのやんちゃな3人組にあんなに気に入られるなんて」
「どんな魔法を使ったのかしら? 麻斗先生?」
巡回から戻ってきた婦長が笑う。
「あ〜もう止めてくださいよ〜」
顔が赤くなる。
「婦長さん(士長さんとは呼びにくいのでまだこの呼び方をしている)までからかわないでください、先生だなんて!」
「あらあら、ごめんなさい。でもあの子達も何回言っても先生って呼んじゃうのね」
笑いながら、他の看護士達を見渡す。
「無理もないかな、今まで此処には男性の看護士はいなかったし・・・」
「男の人=先生って感じかしらね」
「俺も困っているんです・・・何度言ってもつい呼んじゃうみたいだし・・・」
「でも特に実害はないでしょう?」
若い看護士が言う。
「う〜ん、でも本当の先生の前でも呼んじゃうのは止めて欲しいなあ、なんて」
「呼んだの?」
「昨日も呼ばれて・・・・回診の時だけど・・・・睨まれちゃった」
「誰に?」
「・・・巽先生」
「ああ・・・」
みんな納得、と頷く。それだけでお互いに思っている事が通じ合ったような気がした。
「巽先生は堅物だからなあ」
「・・・・」
特にそれには返事をせずに曖昧に都筑は笑った。
何となく思い思いに仕事に戻り出す。以前ある医師の噂話をしていたら偶然にもその医師が通りかかって非常に気まずい思いをした経験があった。みんなそのことを思い出したのだ。
「あ、じゃあ俺あの子達の所へ行ってきます」
「はい、お願いね。あ、都筑さん!」
「はい?」
「その前にその巽先生の所へ行って貰えると・・・・さっき内線であなたを探していたわ」
「え? 俺をですか?」
「なんかしたんじゃないの?」
1年先輩の看護士がにっこり笑う。婦長が「ほら、もうからかうんじゃないの!」と声をかけた。
「えっと・・・・と、とにかく行ってきます!」
呼び出されるような失敗は覚えがないが、探していたというなら行かなくてはならないだろう。
ぺこりと礼をすると早足で巽のいるであろう部屋へと向かった。今日は外来の当番ではないからきっと部屋にいるに違いなかった。

都筑麻斗 26歳 この職について2年目のまだまだ新米の看護士だった・・・。



「それにしても・・・・広すぎだよ、此処」
病棟を出てからいくつもの渡り廊下を歩く。いくら考えても理由が何も浮かばない。
でも医師に呼び出されるなどあまり好ましくない状況のように思う。特にあの巽だ。
此処に来てから2年、それなりに職員とはつきあうようなった。特に巽とは彼の診察に付き添うことが多く、他の職員に比べて話も多くした・・・・しかし彼はよく怒るのだ。ましてや仕事上では厳しかった・・・・。彼の怒った顔が浮かぶ・・・・段々と足取りが重くなってきた。
「でもなあ・・・行かないといけないだろうしなあ・・・」
立ち止まり、はあ〜っと溜息をつく。呼び出されるほどの大事は起こしてはいないが、小さなミスはたくさんしている。
「まとめて怒られるのかな・・・」

けして看護学校でも成績がいい方ではなかった、いや、どちらかというと悪かった。
卒業後はそれでも・・・・と何とか小さな診療所に勤めたものの、そこが閉鎖になり・・・・路頭に迷いかけたところに運良く此処の勤務の話が入ったのだった。


はあ〜っともう一度深い溜息をつき、再び歩き出そうとした都筑の耳に微かながら誰かが歌っているような音が聞こえた。ここの建物は主に資料室になっており普段から人気のないところだった。
窓から身を乗り出して、耳を澄ます・・・どうやら建物の裏側の庭から聞こえてくる。
歌・・・と言うよりもメロディーだけを口ずさんでいるようだ・・・。
「誰だろう」
どうしても気になった都筑は巽のところを後回しにすることに決め、庭に回ってみることにした。


表や病棟の中庭に比べ、色はないがこの庭には緑を中心とした落ち着いた雰囲気が漂っていた。都筑は花が咲き乱れるあの庭も好きだが、実は此処もこっそり訪れている場所だった。考え事をするにはもってこいの場所だ。

庭の真ん中当たり、ぽつんと置かれたベンチにその声の主はいた・・・
「こんにちは」
都筑は少し迷って・・・離れたところから声をかけた。するとその少年は大して驚いた風もなく都筑の方へと顔を向ける。
・・・・うわあ、綺麗な子・・・・
思わず都筑は息をのむ。白い肌に白い髪、そして冷たいほどまでに整った顔立ち・・・年はいくつだろう・・・
きっと実年齢よりも上に見えているに違いない。
「あ、あの・・・ごめんね、邪魔して。声が聞こえたから・・・誰かなって」
「・・・・」
じっと見つめる視線に咳払いをする。
「えっと・・・もしかして・・・新しい患者さんかな? 入院するの?」
「・・・・」
「あ、あの・・・」
黙ったまま自分を見つめてくる少年は、何も答えない。そして少しの間の後、ふっと目を伏せた。
俯いた少年の口元が何かを語るように動いたのだが、それは都筑からは見えない。
それどころか、都筑は下を向いてしまった少年が急に心配になってきた。急いで駆け寄ってみる。
「どうしたの? 何処か悪いの?」
ベンチに座り顔をのぞき込む。

・・・・『どうしたの? 何処か悪いの?』・・・・あれ?・・・・

ふと都筑は昔にもこんな事があったような、似たような場面が頭をよぎる・・・。でも今はそれどころではない。
「大丈夫?」
そっと小さい肩に触れる。すると意外にもその少年はすとんと都筑の方へ頭を預けてきた。
「しばらくこうしていてください」
美しい姿に違わず綺麗な声で呟くと、身体を寄せたまま都筑を見上げてきた。
「だ、大丈夫? 何処か苦しいのなら・・・」
「いえ・・・こうしているだけでいいです」
「そ、そう?」
至近距離で見つめられるといくら子供でもドキドキしてくる・・・ましてやこの美しさである。
「名前・・・あ、そうそう名前何て言うのかな?」
「一貴です」
「一貴君か・・・」
本当は名字から聞きたいところだが、慌てないようにしようと思い直す。
「で、どうしたのかな、こんなところで。おうちの人は? 一緒じゃないの?」
「榊と・・・執事ですけど、榊と来ました」
「えっ、執事?」
(心の中でわああ、と思ってみる。此処に来る患者さん達は確かに裕福な人が多いが、未だにそういうのに自分が慣れない)
「そ、そう・・・じゃあ、榊さん呼んでこようか」
「いえ、此処にいれば大丈夫ですから」
相変わらず見つめ続けてくる目を見ていられなくて、ついそらしてしまう。
「どうしたんですか?」
その行動が気に障ったのか、さっきよりも少しだけ低い声が発せられる。
「え? ああ、ううん何でもないけど・・・」
あまりにも居心地が悪い。相変わらずじーっと見つめてくる顔を少し体を起こして見た。
「ははは、俺ちょっと照れちゃうな・・・・そんなに見つめないでくれるかな?」
その言葉に、はっとなったようだ。一瞬子供の顔になったような気がする。
「あ、ごめんなさい・・・つい・・・あなたの顔がとても綺麗だったもので・・・」
「は?」
思いがけない台詞に都筑は前を向いて目を伏せた一貴を見た。
「ねえ、君はいくつかな?」
「・・・・12歳です」
「12歳か・・・」
その年でそんな台詞が出るなんて・・・・とびっくりしてしまった。それもごく自然と・・・。
ましてや綺麗だと言われたのは初めてだった。
「あなたは26歳ですよね。名前は都筑麻斗さん、看護士になって2年目」
「うん、そうだけど・・・何で知ってるの?」
「さっき聞いたんです、看護士さんたちに。僕今度入院するので」
「あ、そうなんだ、やっぱり新しい患者さんだったんだね」
「ええ」
それから少し話をした。今日から此処で過ごすと言うこと、幼い頃から心臓が少し弱く何度も手術を繰り返していること、もうほとんど完治しているが親が心配して、空気のいい静かなこの場所に療養目的のために入れたこと・・・・。
話してみると思ったよりも饒舌で、都筑はほっとした。最初は難しい子かな・・・・と何となく構えてしまったが、
時折微笑んだ顔がとても可愛かった・・・・というよりもやっぱり綺麗だった。
「どれくらいいるの?」
「さあ・・・親が満足するまでじゃないですか」
「そう・・・」
何となく親の話をする時に微妙に変化する話しぶりが気になった。
でも今はあえてそれには触れずにいようと都筑は思う。


「あ!」
「どうしたんですか?」
突然、都筑は声を上げた。一貴も驚いて顔を上げる。
「ああ、どうしよう〜巽先生に呼ばれてたんだ!」
「巽先生?」
「うん、とても厳しい先生だよ。俺、呼び出されてたんだよね」
また怒られちゃうよ・・・・と、情けない声を出す。頭を抱え込んだ都筑を一貴は見ていた。
「都筑さん? そんなに気にしなくても僕も一緒に行って・・・」
そこまで言って、一貴ははっと息をのむ。
「ん? なに?」
一貴の言葉に顔を上げた都筑の目は少しだけ潤んでいた・・・・綺麗な綺麗な瞳の色・・・・そこに自分が写っているのことを一貴は見た。
「綺麗だ・・・」
そっと都筑の頬に両手を伸ばす。
「え?・・・あ、あの・・・一貴君?」
「黙って・・・・」
「えっ・・・」


何が起こったのだろう・・・・・都筑は理解出来ない頭で必死に考える。
分かるのは、今話をしていた一貴が自分の頬に手を当てていること・・・・そしてその顔がすぐ間近に・・・・
・・・わああっ・・・・
口が塞がれているために心で叫ぶ。分かった、今分かった! 一貴は、この少年は自分にキスをしているのだ!
「ちょっ・・・・んっ」
無理矢理離して止めさせようとしたのがまずかった、開いた口から彼の舌が入り込んできたのだ。
子供なのに、10いくつも下の子供なのに・・・力がすごく強くて・・・・というより段々都筑の力が奪われていくようだった・・・
・・・・・ちょっと何、上手すぎ!・・・・・ってそれどころじゃ・・・・・
色んな言葉が頭をよぎる。
こんな事はまずい・・・・と思いながらも、眠る快感を引き出されるような口づけに意識が朦朧としてきていた・・・。
理性では分かっているのに感覚が麻痺してくるようで。
顔を押さえる力は弱められたが、既に都筑は少年の与えるぬくもりに捕らわれていた。
それは甘い甘いもので・・・・・。
息が上手くできず、苦しくなってきながらも都筑は少年の身体を押しのける事が出来なかった。
「都筑さん・・・・やっと見つけた」
少しだけ唇を外し、呟いた言葉は都筑には届かず、一貴はふっと微笑みながらまたその唇を塞いでいった。
自分のすべても思いを注ぎ込むように・・・・。

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2003・6・5
M・Hinase