| 「ちょっと! 何しているんですか!」 大きな声が響く! それは病院中に響かんばかりの声だった。 その声に都筑の意識が戻る。 はっとなって、一貴を引き離した・・・・まるで夢から覚めたように頭がぼーっとしている。 まだ息が上がっていた 。 「つ、都筑さん! あなた一体・・・・!」 「あ、巽先生・・・これは、その・・・」 荒い息の中、巽の声で段々とはっきりしてきた都筑は、言葉がまとまらずおろおろするばかりだった。 そんな都筑を見て巽の益々眉間のしわがきつくなる。 「こりゃまた、都筑〜! 昼間からお熱いなあ〜。でも・・・」 巽の横に立っていた同じく医師の亘理が一貴の方を見る。 「子供はまずいやろ・・・・若すぎや・・・」 「ち、違う! 何言ってるんだ・・・・こ、これは」 「まあまあ、個人の趣味までどうこうは言わんけど? でもなあ・・・・」 と、今度は巽を見る。 ・・・・あらまあ、血管浮き出とるわ・・・・これはこれは・・・・・ 亘理は事が大きくなるのは避けられないことを予感していた。 「都筑さんを責めるのは間違っていますよ? 巽先生」 まだ、はあはあ言っている都筑の手を握りしめながら、一貴はまっすぐに巽を見た。 「僕が誘ったんです」 ・・・え?・・・・ 誘ったと言うよりもアレは突然で・・・と、都筑は思う。 「・・・・まったく何しているんですか、あなたは」 子供の言うことと思ったのか一貴を無視して巽は都筑に向かって話し出した。 「見損ないましたよ、都筑さん」 「え?」 「ミスが多いけれど・・・・患者さんの評判がいいから、それなりに・・・・と思っていましたが・・・・まさか」 「巽先生!」 「おいっ、巽、おまえ何言っとるんや!」 亘理が巽の肩を掴む。その手を巽が払った。 「都筑さん、仕事をこんな風にこなすのはどうかと思いますが?」 「巽先生、誤解です、俺は何も!」 都筑は立ち上がって訴えるが、巽の表情は変わらない・・・。 「おい何言ってるんや! おまえおかしいぞ!」 亘理が怒鳴る。 「先生!」 都筑が叫んだ。ふっと、巽が目をそらして・・・・・その仕草に都筑はショックを受けた・・・ 「あ、都筑!」 顔を歪ませて走り去る都筑の方へと足を踏み出しながら、亘理が巽を振り向いた。 「おまえなあ、言って良いことと悪いことがあるやろうが!」 そう吐き捨てるように言うと、都筑の後を追っていった。 その場には巽と一貴が残された・・・・。 亘理と都筑が走っていった方向を見ようとせず、巽は唇をかみしめていた。 いくらあんな場面を見てしまったとはいえ、確かに言い過ぎたとは思う。 そんなことを本気で思っていた訳ではなかった・・・・でも、あの場面を見た瞬間、都筑のあの表情をみた瞬間、 かーっと頭に血が上ってしまった。 別につきあっているわけでも何でもない、医師と看護士だ。 時々一緒に食事をすることもありはするが、それはあくまでも同じ職場の仲間として・・・・だった。 そう、そのはずだった。 仕事ではミスの多い彼だが、思いもかけず此処に潤いを与えてくれていることは誰もが認めるものだ。 そして今日この瞬間まで自分の中でもそういう存在だと思っていたのに・・・・。 「みっともないですね、巽先生」 顔を上げると、ベンチに座ったまま一貴が脚を組んで微笑んでいた。 「・・・・君も早く病室に戻りなさい。榊さんが待っていますよ」 「ふふふ、子供の僕には大人のふりですか?」 「何を言って」 「都筑さんは泣かすのに・・・・あんな言葉を言うなんて僕も予想外でしたよ」 「君は!」 「なんです?」 「・・・・ずいぶん大人びた口をきくんですね」 「僕は子供のつもりはないです、特に彼の前ではね」 「なっ・・・」 「巽先生、あなたは都筑さんを好きなんですよ。だから僕たちのあんなシーンを見て我を忘れたんです。でも彼はまだ誰のものでもない・・・・だから僕のものにします」 「何を言ってるんですか! 彼をモノのように・・・そんなことは君が決めることではないでしょう」 「僕が決めることですよ。すべては僕が」 にっこり笑う表情に、益々巽はいらついてしまう。 「・・・・そうですね・・・・勝負しましょうか?」 「何ですって?」 「勝負ですよ、僕と先生の。都筑さんを手に入れるという」 「馬鹿馬鹿しい。子供と本気でやり合うなんて私には」 「出来ないですか? それなら僕が彼を手に入れるまでです」 「だから、そんなことは」 「出来ますよ。僕はそのために此処に来たのですから」 「え?」 一貴が立ち上がる。 「彼と僕は5年前に会っています。もう彼は忘れているかもしれませんが・・・・でも僕はその時からずっと彼を探していた」 「・・・・じゃあ、此処に来て都筑さんを担当に指名したのも・・・」 「そう、全部僕の計画ですよ。僕は欲しいモノは必ず手に入れる、誰にも渡さない」 宣戦布告だった・・・・。子供からの・・・・・でも誰よりも手強い人間。 「そうですか・・・・・わかりました、たった今から私はあなたを子供扱いしませんから・・・・かまいませんね?」 その言葉に一貴が笑った。 「ええ、望むところです。必ず僕が勝ちますけれどね」 「それはどうでしょう・・・」 自分の心を知った限り、もう後へは引けない巽だった。何よりもあの人をこんな男(の子)には渡せない。 白衣に突っ込んだ手を握りしめて、自分を奮い立たせる巽であった・・・。 「なあ、都筑〜もう泣くな、な?」 亘理が庭から走り出した都筑を捕まえたのは、病院の敷地外だった。 眼下には街が広がる丘の上。 「うえっ・・・うっ・・・・」 膝を抱えたまま泣き続ける都筑の頭を撫でる。 「巽も・・・本気やないから・・・な?」 流石にさっきのはまずいが・・・。 「でも・・・・普段から嫌いって思ってるからあんな風に・・・・少しは仲良くなれたと思ったのに・・・・うっ」 「そんなことないって! 巽はあれでも都筑のこと気に入ってるんやから・・・」 「そんなこと・・・・ないもんっ」 「都筑ぃ〜」 もう慰める言葉も見つからずにただ頭を撫で続ける。 ・・・まああの堅物の巽が相手やからなあ、実際友人関係でも衝突も多いしなあ・・・ 今までのことを思い浮かべる。そのほとんどが仕事がらみではあったが、巽の小言好きは今に始まったものではなかった。 たとえミスがなくてもなんだかんだ言ってしまう性分なのだ。それは学生時代からの腐れ縁だった亘理だから分かること。 几帳面な巽に、大雑把な都筑、正反対の2人・・・・。もう何度も喧嘩の仲裁に入ってきた。 意識はしていないが心の底ではお互いを求め合っている・・・・とも感じていた。 でも待てよ・・・・この上、もし2人が恋人関係になったとしたら・・・・と、亘理は考える。 もっともっと都筑が悲しむことが増えるかもしれない。 今まではおもしろ半分に傍観してきたが、今日のことはあまりにも巽が酷かった。 ・・・本人もパニックになっていたとは、思うけどな・・・ でも都筑が傷つき苦しむのは見たくない。まだ知り合って2年あまりだが、その性格は愛すべきものだった。 ・・・俺やったら、こんな風に泣かせんのに・・・ 肩を震わせて泣いている姿に心が締め付けられる。 それに今回の騒動の原因、あの生意気なマセガキはどうやら本気で都筑を狙っているらしい。 ・・・あんなのに取られるくらいなら・・・ 「な、もう元気だせや! 今日夕飯奢ってやるさかいに・・・」 「・・・・・うん」 顔は上げないけれど、小さな声で返事を返す。 亘理は何度か都筑の髪を梳く・・・・その顔はたぶん亘理本人さえも思いもよらないほどの甘いもの・・・。 「亘理さん! 都筑!」 しばらくして都筑の泣き声が収まった頃、1人の青年が駆けてくる。 「おう、坊!」 「もう亘理さん、その呼び方しないでくださいって言ったじゃないですか」 そう言いながら膝を抱え込んでいる隣の都筑を見る。 「・・・・どうしたんですか?」 都筑がビクッと動く。 「あ、いやあ〜ちょっとなあ。坊こそどうしたんや、こんな所に」 「どうしたもこうしたもないですよ。病棟大騒ぎですよ? 亘理さん会議あったでしょう、みんな亘理さん来ないから始められないって文句は言うし、都筑がいないって例の子供達は騒ぎ出すし・・・・看護士さん達も振り回されちゃって・・・」 「ああ、そうやったなすっかり忘れとったわ・・・」 「亘理さん・・・・」 信じられないという顔で首を振った。彼の性格では考えられないのだろう。 事務の黒崎密。若いながらもその手際の良さで事務長のお気に入りだった。年は都筑よりも若いけれど勤務年数が長いため、都筑を友達のように扱う若者だった。 「ちょうど窓から2人が駆けていくのが見えた後、この騒ぎですから・・・・呼びに来たんですよ」 「そっか、サンキュー!」 亘理が立ち上がる。 「じゃあ、俺戻るわ、都筑」 都筑が小さく頷く、顔は伏せたままだ。 「ま、元気だし。後で俺の研究室でな!」 ぽんぽんと都筑の頭を叩く。 「じゃ、坊、世話かけついでにこのお兄さんの面倒も見とって? もう大丈夫やから」 「え?」 「ほんじゃあなあ〜頼むで〜」 「ちょっ、ちょっと亘理さん!」 訳の分からない密は塊のような都筑を押しつけられて慌てた。しかしもう亘理の姿は小さくなって・・・ 「なんて勝手な・・・で、おまえは何してんだ?」 「・・・・」 「サボリじゃないのか、こんな所にいるなんて。おいっ、顔上げろってば!」 しゃがみ込んだ密は都筑の頭をガッと上げさせた。 「い、痛い・・・」 「おまえが悪いんだろう、さっさと・・・・・・・・泣いてたのか?」 上げさせた顔はまだ涙の跡が残っていた、目も腫れぼったい。 観念したのかもう顔を隠そうとしない都筑は頷く。 「どうしたんだ、一体。何があったんだ?」 「別に・・・・たいしたことじゃないけど」 「たいしたことじゃなくて泣くのか、おまえは」 「・・・・・」 黙ったまま俯く。 その様子を見て、まただ・・・・と、密は空を仰ぐ。 普段よくしゃべる都筑は、時々本当に話して欲しい時は口を閉ざしてしまう・・・・悪い癖だといつも密は思っていた。 「分かった・・・もう何も聞かねえから・・・・」 そう言うと密は都筑の隣に腰を下ろす。 「・・・・・戻らなくていいの?」 「そんな顔で戻るつもりか・・・・ま、大丈夫だろ?」 泣いていることを気にしてくれているらしい・・・・突き放したような言い方をするのはいつものことだ。 都筑は少しだけ笑った。 「ありがと・・・・密」 「べつに」 と、答えて2人して眼下の街を見下ろす。風がそよいでいた・・・。 「今日・・・・色んなことあってさ・・・・ごめんね。いつも迷惑かけて」 「まったくだ」 「くすっ、不思議だね」 「何が?」 「密といると心がなごむな」 「そりゃ良かったな。俺はなごみ系か? どこぞのアイドルみたいだな」 「そういう訳じゃあ・・・・でも本当だよ?」 「・・・・分かってる」 密は複雑な気持ちのまま答える。自分が心の安らぎになっているのは嬉しい。でも・・・・ 「さてと!」 気持ちを入れ替えるように立ち上がった。これだけしゃべれればもう大丈夫だろう。 「戻るぞ! ちび達がうるさいからな。」 「うん・・・そうだね」 にっこり笑う都筑の顔を眺めながら、密も少しだけ微笑んだ。 あの日から1週間・・・・少年が火蓋を切った騒動は今も続いていた。 「都筑さん、今度2、3日別荘の方へ行くんですが一緒に来て貰えませんか?」 サイドテーブルの花瓶を取ろうとした腕をしっかり捕まれる。 「え? なんで・・・」 「だって都筑さんは僕の担当でしょう? 病院の方へは僕から話しておきますから」 「え、そんな、困るよ」 「なぜです? それとも・・・・僕が嫌いですか?」 「あ、そうじゃないよ、そうじゃなくて仕事がね・・・」 「だから、お休みをとれるようにするって言っているじゃないですか」 「そんなに別荘に行きたいなら、このまま退院して貰っても良いのですが?」 突然割り込んできた声に一貴は舌打ちをする。 「先生、部屋に入る時はノックくらいしたらいかがですか?」 「ああ、それはすみません。中で騒いでいるようだったので聞こえないかと思ってしませんでしたよ」 「あ、じゃあ俺はこれで・・・」 まだ巽と顔を合わせられない都筑は一貴の手を振り払い、俯いて出て行こうとする。 「都筑さん!」 今度は脇を通り抜けようとして巽に腕を捕まれる。 「まだ・・・・許しては貰えないのですか」 「・・・・離してよ、巽」 「都筑さん・・・」 「先生、診察するんでしょう? 看護士にセクハラする間があったら早く済ませてください。」 「セクハラ? それは君の方でしょう。都筑さんの嫌がることばかりするのですから」 バチバチッと、火花の音でも聞こえそうに2人が睨み合う。 「もう、2人とも止めてよ! 変だよ、こんなの」 そう言うと、巽の腕も振り払って、部屋を飛び出してしまった。 「都筑さん!」 「ほら、あなたのせいでまた泣かせてしまったじゃないですか」 「・・・・・誰のせいです、誰の。とっとと退院してしまいなさい」 「あなたの指示は受けません」 「なっ」 「さっさと勝負をおりてくれるといいのですが?」 ・・・・・本当に12歳なのか、この人をなめきった態度は!・・・・ 巽はもう幾度と繰り返される言い合いに嫌気がさしながらも、都筑のことを思うと止められなかった。 ふふん、とベッドの上に座り自分を馬鹿にしたように見る少年を巽は睨み返す。 そして一貴もまた最後の一歩を踏み出せない臆病な男の顔を見ながら、絶対この勝負は勝つ!と心に決めていた。 そして・・・ 「もういやだよ〜」 誰もいない廊下の片隅で、壁に手をつき泣きじゃくる都筑がいた。 セントフラワー病院の花騒動。 可憐な花を巡る男達の戦いは今始まったばかりだった・・・・・。 |
2003・6・5
M・Hinase