空に舞う雪


「今帰り?」

亘理は玄関を出たところで声をかけられた。

「おう、今からあっちや」

両手をポケットに突っ込んだまま顎を研究室のある別棟の方に顎を振る。

ふーん、と都筑もそちらを見る。

黒いコートに白いものがまだ残っていた。

「上、大雪やて?」

かなり濡れているのでは無いかと思うそのコートを見ながら言った。

何年かぶりの大雪で荒れた天気らしい、その影響からかこちらの世界もかなり冷え込んでいた。

「うん、すごい大雪。しばらく続くってさ」

「そうか、お疲れさん。で、どうしたん? 今日は直帰やって聞いたけど」

昼過ぎに任務完了の報告をしてきたのは密だった。

たまたまそれを亘理の側で受けた巽とのやりとりで、ふたりが顔を出すのは明日の昼過ぎだと思っていたのだ。

「密は帰ったよ」

「・・・・」

・・・じゃなくて、おまえのことなんやけど・・・という言葉はあえて言わなかった。

そんなことは聞くだけ野暮やった・・・と思い直す。

「ん?」

何?と聞き返す都筑に首を振り亘理は窓を見上げた。

「はよ、部屋行き。もうすぐ雪になるかもしれんわ。ま、部屋の方は秘書さんが早々に暖房切ったけどな」

研究室ではガンガン入れるで!と言葉を付け加えた。

都筑が笑う。

「また文句言われるよ」

そしてやっぱり窓を見上げた・・・・ほのかに明かりの漏れる窓。

・・・ま、大丈夫やろ・・・

亘理は都筑の横顔を見ていた。








時計の音と紙を捲る音だけが響く。

ふと顔を上げ時間を確認して・・・巽はドアを見つめた。

小さく溜息をつく。

「・・・何かの遊びですか? 帰ってきたのなら早く入ってきなさい」

そう言うと、しばしの間をおいてドアがゆっくりと開く。

「やっぱり分かる?」

「声をかけるまで続けるつもりだったんですか?」

「いや、別に・・・って、ここは温かいんだね」

「何か?」

「え・・・だって亘理が暖房切られたって」

「ろくに仕事もこなしてないのが一人いてもね、勿体ないだけですから・・・部屋も広いのに」

そう言って席を立つ。相変わらず容赦のない言い方だった。

巽はカップを取りだす。その様子をぼんやり長めながらソファーに座ろうとすると・・・

「ソファに座るならコートを脱いで下さいね」

後ろを向いたままでもまるで見えるような言葉をかけてきた。

その言葉に、慌てて都筑が上着をとる。水分を含んだコートは少し重く

残っていた白いものが舞って床に落ちた。

「雪だったんですね」

此方を見ていないのに、お茶の支度をしながら巽が言った。

「うん」

「もう少し暖かい格好をしなさいっていつも言っているでしょう?」

「うん」

「せめてマフラーくらいしていかないと」

「うん」

・・・・・・・・・

・・・・あれ?

訪れた静けさに都筑は目を瞬かせる。

次に当然出てくるであろう質問が出てこないことに首を傾げた。

「あの・・・」

「はい?」

湯気の出ているカップを手に巽が振り向く。

「えっと・・・」

どうして此処に来たのかって聞かないの?

頭の中で逆に問う。

来るのは明日で良いと言ったでしょって言わないの?

「なんです? ほら熱いから気を付けて」

「あ、ありがと・・・・ううん、何でもない」

「おかしな人ですね」

くすっと笑われる。

その笑みを見て都筑も苦笑した。

暖かいココアが身体に染みわたるようだった。







「戸締まりしました?」

「OK!」

ガタンと軽くドアを引っ張って確認する。

「俺達最後なのかな」

まだ7時前なのに、こんなに人気がないのも珍しいかも知れない。

庁内は静けさが満ちていた。

ふたりで廊下を歩く。

「正月の時とれなかった休みを取っている人が多いですからね。別に今が暇な訳じゃないんですが・・・仕方ないでしょう」

「俺も正・・・」

「都筑さんには休みはないですよ」

正月休みと、言わないうちに否定され、あんぐりと口が開いた状態になった。

「えーーー!でも密にはとって良いって言ったって!」

「黒崎君はね。アンタにある訳ないでしょう」

「なんでだよ!」

「・・・机の上見ましたか?」

歩きながらキッと睨まれる。

「うっ」

「あの溜まりに溜まっている物を片づけたら休みなんてなんぼでもあげますよ」

「そんな〜どれだけあると思ってるんだよ!」

「本当にね!下の方とか紙ではなくて石になってしまいそうですよ!」

「あぅ・・・そんないつまでたってもダメじゃん」

「自業自得・・・・それでも何もしないよりいいでしょう? 明日からちゃんと提出してきなさい」

「・・・・・」

都筑は返事の代わりに盛大な溜息をついた。

どうやってもあれがゼロになることなんて来ないような気がする。

明日からの日々を思い目の前が真っ暗になる。

・・・・そして前をささっと歩く巽の後を追った。





「おや、雪ですね」

ちらちらと舞う雪を見上げて巽が呟く。

後から出てきた都筑も空を見上げた。

「寒いね」

外の空気をもろに感じ、コートをまだ羽織っていない事に気付いた。

持っていたコートを広げる。

「ちょっと都筑さん、まさかそれを着る気じゃないでしょうね」

「え?だって寒いし」

「濡れてるじゃないですか・・・ってそれしかないんですよね」

「はい・・・」

呆れたように言われちょっと俯く。

「どうしてそんなに濡れ・・・ああ、とにかく」

そう言いながら自分がしていたマフラーをはずす。

そしてふわっと都筑の首にかけられた。

と、同時に慣れ親しんだ香りに包まれる。

「巽・・・」

「近道をしますから、それで我慢をしてください、少しは違うと思いますし」

「うん・・・」

マフラーに口元まで埋まりながら都筑は頷く。

コートの襟を立てる巽を見つめた。



いつも心が晴れない仕事・・・

季節なんて関係ないのに、特にこの時期の仕事はたまらなくて

ましてや白いものに包まれた木々や山や家は

記憶の彼方に追いやったはずの自分を思い出しそうで。

それでも昔よりかは落ち着いて対処出来るようになったと思う。

文句を言いながらも密が色々気遣ってくれているのは分かったし

もうあの頃の自分とは違うのだとも思っている。

けれど・・・

けれど・・・

どうしても消せないものが燻って密と別れた後、此処に来てしまった。



どうして?って聞かないおまえと

辛かったとまだ言えない俺と

この関係も変わっているのかどうかは分からないけれど・・・



甘えてもいいんだよね・・・・




「何笑ってるんです?」

都筑の表情を見て巽が不思議そうな顔をした。

「なんでもないよ。それよりも今夜は何?」

「・・・・うちで食べる気なんですね」

「え? だってコート乾かさないととか・・・さ」

どうして私が・・・とぶつぶつ言う巽の声が聞こえたけど

もう仕方ないと思っているらしい。

都筑だって長いつき合いだ、それは分かる。

・・・大丈夫、あの白さには囚われない・・・





都筑は空を見上げた。

ゆっくりと舞い降りる雪が優しく見える。

自分を呼ぶ声を聞きながら、手の平で雪を受け止める。

あっという間に溶けていくそれを見つめて、都筑は微笑んだ。



■2005・1・31■
日生 舞