短冊



ぼんやりと行く先もなく歩いていると視界の隅にひらひらと揺れるもの。

・・・あれは・・・

赤・黄色・白・・・そして金色が枝を飾っている。

・・・そうか 今日は七夕だ・・・

今の今まで思い出しもしなかった。

都筑は庭先にあるそれに近づいて・・・かけられた短冊を手に取った。


『花屋さんになれますように』

『綺麗なお嫁さんになれますように』

たどたどしい文字が可愛らしい

つい微笑んでしまう。

ふと目を向ければはっきりした文字が書かれているのもあった。

「皆が幸せになれますように」

父親のものだろうか・・・・大きく書かれたその短冊が揺れた。



皆が幸せになれますように・・・

それは都筑もいつも願っていることだった。

悲しむ人がいなければいいのに

穏やかに皆が過ごせればどんなにいいのだろう・・・・と、願って願って・・・。

でも・・・と、都筑は自分の手を見る。

数時間前の出来事が感触に残っていた・・・・



“あなたには分からないわ!”


強く、そして激しく自分にぶつけられた思い。

強い口調と比例するように目には深い悲しみが宿っていた。


とうの昔に亡くなっている恋人をずっとずっと待ち続けて・・・・

戻ってきてまた自分を抱きしめてくれる事を信じ続けて・・・

とうとう自分の存在が分からなくなってしまった女性。

もう肉体は朽ち果てたのにそれを認めない心。

それが今日出会った対象だった。


”あなたには分からないわ!”


繰り返し思い出される言葉に目を瞑る。

自分のせいではないということも分かっている。

『すべての対象の気持ちを理解する必要はないんだ・・・・』

と、事後、密が言ってくれたことも。

引きずられてはいけない・・・・それもよく分かっていた。

でも・・・それでも割り切れない思いはどうしたらいいのだろう。

いつも心の奥底に横たわる思い・・・それに思いがけずに触れたとき

自分でもどう処理していいか分からなくなる・・・。

都筑は目を瞑り耳を塞ごうとした・・・・




ちりりん・・・・

その時、小さな音が聞こえた・・・・・微かな鈴の音色。

・・・?

その音に目を開けて顔を上げる。

深いオレンジ色に染まった空を背に誰かが立っている。

ちりりん・・・・

もう一度音が鳴った。

「・・・・巽?」

逆光ではっきり見えないけれど、その姿を間違えるはずがない・・・巽だ。

その影は近づいてきて、都筑の前で止まった。

「巽・・・」

ぼんやりと見つめる。

「何してるんですか」

少しだけ呆れたような感じで言われた。

「何って・・・別に」

考えていたことを口には出せないままに答えてしまう。

「っていうか・・・どうして此処に?」

予定では帰りは明日だった。今回は偶々対象者に早めに出会ってしまったけれど。

閻魔庁には俺が連絡しておくから・・・・と言った密と別れて自分は明後日にでも顔を出すつもりだった。


「黒崎君の報告でまだ地上にいるっていうことだったので」

巽が言う。

「・・・・・・心配してくれたの?」

おずおずと尋ねると・・・深いため息が返ってきた。

「ええ、心配しましたよ。1人にしておくと無駄遣いしますからね、あなたは」

「・・・・・は?」

意外な答えに思わず聞き返す。

「何、それ?」

「そのまんまですよ、あなたは目を離すとろくな事をしない」

「ちょっとなんだよ!その言い方!子どもじゃないんだからな!」

「本当に・・・・子どもだったらどんなに楽か・・・・」

そう言ってまた溜息をつく。

何なんだよ一体!・・・・都筑は突然現れた巽の態度にムッとして、視線を彼から外した。

すると先程の笹が目に入る。

一瞬忘れていた思いが心をよぎった。

都筑のその様子を見て巽も笹に気付く。

「七夕・・・ですか・・・」

都筑はそれに答えなかった・・・・そうだと答えるのもなんか違うような気がして。

さっきの色紙がまだ風に揺れているの見た。

あれは自分の願いだ。

何となく・・・・・2人でそれを言葉もなく見つめた。





「・・・・あなたが笑っていれば・・・それでいい」

小さく巽が呟く。

「え? なんか言った?」

言葉良く聞き取れないと都筑が聞き返すと、巽がふっと笑った。

「なんでも。 さあ、帰りましょう、夕食ご馳走しますよ」

巽の提案に都筑が目を見く。

「え? 本当に?・・・・なんか珍しい」

「いっつもうちで食べてるじゃないですか」

「だってあれは俺が押しかけて・・・・巽から誘ってくれるなんてどれくらいぶり・・・・?」

空を仰いで記憶を辿る様の都筑を見ると少しだけ疲労が見えた。

「ま・・・たまにはいいでしょう? 今日は七夕だし・・・水羊羹もつくってありますし」

すると最後の言葉は強烈な魅力だったらしい、都筑の機嫌が急に良くなる。

・・・ったくゲンキンなものですね・・・・

呆れながらも・・・それでも自分がいいタイミングで都筑を見つけられたことにほっとしていた。


少し心配をしていた・・・・密からの報告とまだ戻ってこない事に・・・・

前ほどの揺らぎはないとはいえ、どこでそれが出るか分からない。

そんな危うさがまだ彼にはあるのだということを巽は忘れてはいなかった。

だから気を辿って急いでやってきた。

幸い近くに邪な気はない・・・・。



「あ、そうだ・・・」

帰ろうと向きを変えた都筑が巽を振り返る。

「なんです?」

「さっき・・・・鈴の音が聞こえたんだけど・・・」

「鈴?」

「うん、なんか小さな音・・・・って、あ、それ・・・」

その言葉に巽がポケットから出した物を見て言葉を止めた。

「・・・・それ・・・」

「覚えてませんか? 以前あなたが綺麗だと買い求めて・・・なくしたと言っていた・・・」

「あったの?」

「ええ。 課長室の書棚の後に」

「なんでそんな所に・・・」

と言いかけて、あっと口を押さえる。

その様子に巽もくすっと笑った。

どうやら思いついたらしい・・・・。

「さ、帰りますよ。あなたの出勤予定は明後日ですから今日はゆっくり出来るでしょうし」

「・・・・・・うん」

恥ずかしくなったのか俯いてしまった都筑の腕を取る。

「ほら、都筑さん」

「わ、分かったって・・・」

引っぱるようにして歩き始めた巽の背中を都筑が見つめる。

あの時聞こえた鈴の音・・・自分を掬い上げたあの音色は巽の気持ちを語ってくれているようで・・・。



「巽・・・」

「はい?」

「その鈴・・・巽の庭にある笹につけてもいいかな・・・今日だけでも・・・」

「・・・・・いいですよ」

「・・・・・ありがと」


短冊ではないけれど、それに願いをこめたい。

もっと強くなれるように・・・

もっとみんなが幸せを感じられるようにと



あの人の言葉は消えないけれど、でも・・・・それでも自分は今、この触れたぬくもりと歩いていきたいのだと。



都筑はそっと巽の腕に自分の腕を絡めた・・・・・。




季節ネタでひさしぶりにこんにちは;;
って感じですか(^_^;)
ちょっと思いついたもので・・・暗くってすみません;;;
で、この巽、冷静だ・・・冷静すぎる!
こんなの巽じゃないやい!
(え)

2005・7・7
Mai・Hinas
e