―――ディナー!―――


かたかたかた。かりかりかり。
勤務時間もとうに終了した週末の夜。
しーんと静まり返った召還課室内にパソコンのキーを叩く音と、ボールペンを走らせる音が響く。
うんざりした表情で都筑と亘理が書類作成に勤しんでいた。

自主的に早めの昼休みを取り、昼食とデザート(むしろこっちがメイン)を堪能し、腹ごなしに近くの巽邸の庭で一休みしてからこっそり、且つさりげなく召還課にもどるつもり・・・だった都筑。
晩夏の爽やかな風と、大好きな場所の一つである巽の家の庭。
その二つのもたらす安らぎと満腹感に後押しされ、ひと時の午睡に身を委ねたのが運のつき。
夢の中で巽に穏やかに微笑まれ、見つめられ最高の気分で目覚めた都筑は、現実の世界でも穏やかに微笑み、自分を見つめる巽を目の前にして、自分がこれから奈落の底に突き落とされるのを悟った。

召還課に連行された都筑は、提出期限の迫った広辞苑並みの量の書類の処理を巽に命じられた。
期限に間に合わなければ来年のこの日まで、休みは一日たりとも存在しないと思いなさい、と言う台詞と共に。
巽の本気の笑顔に、都筑は観念した。
ガンバレよ〜、という台詞とともにさりげに召還課を出ようとした亘理も、都筑ほどではないにしろ私的研究に惚けて、ついないがしろにしていた書類束を突きつけられ、同じ運命をたどった。

「腹、減ったなあ・・・亘理ぃ、なんかない?」
「ない。金もない。どーしても欲しいコンピューターケーブルがあってな、ほとんどそれに注ぎ込んだ」
「はああああ〜・・・」
机に突っ伏す都筑。今夜から日曜にかけて、巽におねだりする計画はパーになり、給料日は来週の月曜。彼に食料も金もないのは言うまでもない。

         *********

「そろそろへたれている頃かな・・・」
自宅の台所で出汁巻き卵を作りながら、巽は薄笑いを浮かべた。
アスパラの牛肉巻き、白身魚フライの野菜あんかけ、ジャガイモと人参のきんぴら、水菜とパプリカ、アボガドと海老のサラダ、シャケ、おかか、梅干のおにぎり、デザートにオレンジゼリー。
お重の中身は食欲をそそる匂いを放っている。
都筑(と亘理)への差し入れであることは言うまでもない。

      *********

ぐううう。

「腹、減ったなあ・・・」
「言うなや・・・」
力なく会話する都筑と亘理。彼らの前には処理された書類の山と、その倍の高さの未処理の書類の山。そして唯一、タダで腹に入れることの出来る給湯室常備のコーヒーが入ったカップ。
飲めば一時腹は膨れるものの、胃液が増えて空腹は増すばかり。
冥府の住人は、飢えて死ぬ事はない。が、飢餓地獄というのがあるように、かりそめの肉体でも栄養をとらなければ動く為の力を得ることが出来ず、最終的には動けないままずっと、飢えの苦しみを味わい続けることになる。
霊力を使えばまた別の話だが、力と言うのはどんなものでも無尽蔵に在るわけではない。使い切ってしまえば魂そのものが消え失せてしまう。
正しい食生活を送るのは、冥府の住人にとって現世の人間以上に、健全な精神状態を保つのに不可欠な行為と言えた。
「こんな時に限って、だあれも出張土産持って帰らないしなあ・・・」
「家に帰ったら一応、食うもんは残っとるんやけどな〜」
「仕上げずに帰ったら次は影空間に監禁するって言われたじゃん。やるよ。巽は、やる」
「変態ドクターとはまた違った鬼畜やからな」
「二人とも基本的にサドだよね」

ぐううう。

「腹、減ったなあ・・・」
「言うなや・・・」
言うだけ無駄、不毛だと判っていながらそれでも言わずにおれない、そんな台詞もあるものだ。

         *********

『うっわああ・・・美味しそう。わざわざ有難う、巽!』
『本当に貴方はこういうの、心から喜んでくれますよね。作りがいがありますよ』

蛸のマリネを作りながら、巽は脳内で都筑の花の様な笑顔をシュミレーションして、口元が緩むのを抑えるのに苦労していた。その彼に現在、名誉を著しく毀損されていることも知らず。

         *********

「おじゃまします〜、出来た分の書類もらいに来ました〜」
召還課のドアが開き、馴染みの事務局の女の子が入ってきた。三者の視線が交差し―――

「「「何か食べるものない?」ないか?」ありません?」

一瞬、間。
リハーサルなしに見事な三重奏を奏でた感動に酔いしれたわけではむろん、ない。
「ここならなんかあるって思ったのに〜・・・」
へなへなと崩れ落ちた彼女を、都筑と亘理が切なく見つめる。
事務局で最終確認、認証しなければOKにならない書類も多かった。
「ごめんね。俺達のせいで君まで居残りなのにさ。コーヒーならあるけど」
「もう水気だけでおなかたっぷんたっぷんなんでいいです・・・。書類遅れのメンバーも都筑さん達だけじゃないですから。保安課とかも居残り組いますよ」
「な〜んだ〜、仲間けっこういるんじゃん♪」
「未処理の書類の量は都筑さんがぶっちぎりトップですけどね」
「すいません・・・」
犬耳と尻尾を下げる都筑。うなだれる姿は愛らしく、巽が見れば反射的に抱きしめ、邑貴が見れば
反射的に首輪を付けるだろう。
「知っとるか?召還課だけやなくてな、他の課の書類遅れ組にも巽のヤツが圧力かけとるらしいで」
必要もないのに声を潜め(巽の圧力はかなりの威力だ)、亘理が言った。
「そうそう!そこの課の課長なんかが言っても効き目薄いから、巽さんに代わりに言ってもらってるみたいですよ。効き目は抜群で」
「謝礼、いくら貰ってんだろう・・・」
「着々と閻魔庁を支配しつつあるな、ヤツは」
三人の脳内では、どす黒い笑みを浮かべさらにどす黒いオーラを背負った巨大巽に恐れ慄き、地べたに頭を擦り付ける哀れな自分達民衆の姿が浮かんでいた。(さらに言うと亘理の脳内では、自分達は時代劇の極貧農民で、巽はお代官様、その上、町娘姿の都筑が帯をくるくると解かれ「堪忍してくださいませ」「よいではないかよいではないか」という展開に発展していた)

         *********

『ごめんね巽、いつも仕事溜め込んじゃって・・・』
『ほんとに仕方のない人ですね。あなたまさか、差し入れ目当てにわざと仕事を溜め込んでるんじゃないでしょうね?』
『ちっ、違うよ〜!そりゃ巽の作ってくれるものは何でも美味しいし、大好きだけど・・・』
『私の作る料理だけ、ですか?』
『え、ええっ?!そんな、ことは・・・』都筑の頬がぽっ、と紅に染まる。
『ん?』こつん、と額を都筑のおでこにあて、柔らかく返事を促す巽。
『・・・巽が一番、好きだよ』
蒼い瞳の真摯な光に思わず瞳を逸らしながらも、都筑は小さく、だがはっきりと答えた。

もう一つのデザート、マドレーヌをラッピングしながら、巽の脳内ではめくるめくラブロマンスが展開されていた。もはや彼の脳内に亘理は存在していない。

         *********

「あ!そういや巽さんにお届けものがあったんだ」
そう言って彼女は廊下に出て、すぐに戻ってきた。かなり大きな箱を二箱、台車に乗せている。
「夕方に事務に届いたんです。巽さんもう帰ってたし、どうしようかと思ったんだけど」
「なんやこれ」
「伝票になんか書いてあるけど・・・」
「えっとですねー、・・・『北海道の味覚・最高級セレクションプレゼント』?」
「味覚?!」鋭く反応する都筑。表情が男前になっている。
「ああ!あれか!」何かを思い出し、亘理が叫んだ。
「知ってるんですか?これ」
「某飲料品メーカーのプレゼント企画や。缶なんかに付いとる応募券を集めたら抽選で貰えるやつ。
確か巽も送っとった」
「巽が〜?あんまり缶とかの飲み物飲まないけどなぁ」
「味の好み激しそうですしね」
「っていうよりさ。閻魔庁に居る時は召還課にあるコーヒーやお茶だけなんだよ。自腹切らなくて済むから」
「なるほど」
「それや。召還課にあるコーヒーの粉もそこのメーカーでな、袋にも応募券は付いとるんや。それを送ったところを見た事あんねん」
「当たるかどうかわかんないものに切手を使うかな、巽が」
「休憩エリアの自販機に箱あったやろ。応募用紙の入った。あれに応募券貼って箱に入れといたら、業者が後で回収に来るから切手はいらんねん」
「完璧ですね」
「もし当たったら召還課メンバーでバーベキューでもしますか、とか言うとったけど・・・」

ぐううううう。

「みかく・・・さいこうきゅう・・・」都筑の瞳が、キュピーン★と、かなり危なげな光を放っている。

ぐううううう。

不自然な沈黙に支配された召還課内に響くのは、腹の虫の音のみ。

「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」

三人の視線が微妙な気配を含んで絡み合った。

ぐううううう。

「よっしゃ開けたれ」亘理が箱に手をかけた。
慌てて後の二人が止める。
「止めとけ!監禁じゃすまないぞ?!」
「何考えてるんですか?!巽さんの恐ろしさは亘理さんが一番良く知ってるでしょうが!」
「これの存在を知っとるのは、俺達だけやろ?」
「確かに、巽さんが当選したって知ってるのは・・・」」
「『当選者の発表は発送をもって代えさせて頂きます』っていうことやった。つまり俺らが黙ってこの箱を巽に見せん限り、ばれる事はない」
「じゃ、開けよっか♪」
「都筑さん・・・」
「やっぱ、だめ?」
「開けましょう」
「決まりや」

         *********

「新しい缶を開けるか・・・」
巽が手に取ったのは、未開封のフォーションのアールグレイ。これのミルクティとマドレーヌの組み合わせが、都筑のお気に入りだ。
むこうで淹れてあげよう。
私はストレートで。そして貴方はミルクを入れようとして、よく溢すんですよね。
恥ずかしげに、指先に付くとろりとした白い液体を舐めとる都筑。
ちろちろと動く舌は薔薇の花びらに似て、やや伏せられた瞳が艶かしい。
誘っているようだ。いや、誘ってくれ。
その指先を取って、腰に腕を回すタイミングを冷静に狙いだす。熱情を曝け出すのは最後の最後だ。
「悪い男だな」
勤務時間外とはいえ、職場でなんて不埒な。
背徳的な想像に、巽は自分に苦笑した。
 
         *********

「悪いやっちゃな〜」
「勤務時間外ですからおっけーおっけー」
「ほっかいどーばんざーいっ!!!」

じゅうじゅうじゅう。

亘理がラボから持ち出してきた古い鉄板(綺麗に洗ったが本来何の用途で使用されていた物かは不明)の上では、箱から出された北海道の最高級の味覚―――牛肉、ハム、ウインナー、バターの乗ったホタテ、毛ガニの足、トウモロコシ、ジャガイモ、カボチャなどなどが、美味しそうな匂いを放ち焼きあがっている。
部屋に鍵をかけ、机を片してカーテンを締め切りエアコン全開、亘理特製消臭剤&汚れ除去剤で証拠隠滅の準備は万全だ。

「おいし〜よ〜、チーズがとろとろだよ〜」
そこで目を半眼にした亘理が都筑の顎をくいっ、とあげる。
「貴方もとろとろですよ都筑さん・・・って邑貴のマネ〜!」
「あははは!そっくり〜!でも似たような台詞、こないだ巽にゆわれたんだ〜」
「うっわ、まじっすか!そのへんもっと詳しく」
「え〜?どっしよっかな〜、それがね〜(以下自主規制)」
「巽なあ・・・やっぱりアイツ、色々やんの好っきゃな〜」
「しつこいんだもんな〜、オヤジっぽいっていうかさ〜」
「でも趣向を凝らされるの好きでしょ〜?楽しいって表情してるじゃーないすか〜vにゅふふ〜v」
「え〜〜〜?・・・・・・うんv」
「一番、わたりん北海道記念(?)で「北の国から」歌うで〜!る〜る〜る〜る〜♪」
「「それは由紀さ○りッ!!!」」

北海道地ビールに、どこから調達してきたのかウイスキーや日本酒まで開いている。
ささやかな宴会は、狂乱の宴に変貌しつつあった。

         *********

『巽・・・』
『また、おねだりですか?』
課長室のソファの上では、前を肌蹴たシャツ一枚の姿の都筑がしどけなく横たわっている。
治まらない欲望に羞恥を感じ、慄きながらも素直に従ってしまう美しい人。
潤んだ瞳に誘われるまま、巽は再び彼の皙い肌に手を伸ばす。
薄い生地のシャツはまるで羽化したばかりの蜻蛉の羽のようで、都筑は本当は妖精だったのではないかとさえ思う。
震えたのは触れられた都筑の頬か、触れた自分の指先か。

脳内妄想に浸りながらも巽の運転は危なげがない。
閻魔庁の駐車場にセダンを止め、風呂敷に包まれたお重や何やらが入った紙袋を片手に、足取りも軽く巽は召還課へ向かった。
警備員室で入室許可を得て、廊下を進む。
途中、外に買出しに出かけていたらしい残業組の職員とすれ違い、やや引き攣った笑顔で挨拶され
た。巽の圧力で残業した犠牲者の一人である。
もちろんそんな犠牲者の微妙な心境など巽は完全無視する。
第2ラウンドを終え、くったりとした都筑をそのまま休ませようか、それとも自宅にお持ち帰りしようか悩みながら召還課の扉に手を掛けた・・・が、開かない。
不審に思うと同時に、扉の向こうから香ばしい匂いと、濃密なアルコール臭が漂ってきた。影をしのばせ、かかっていた扉の鍵を開ける。
いやな予感・・・いや、確信に眉間にしわを寄せ、扉を全開にすると。

「俺とろとろ〜vvv」
「うふふふふチーズフォンデュならぬ都筑さんフォンデュだ〜うふふふふ・・・」
「よおっしゃ〜〜チーズプレイの次は毛ガニプレイや〜」

どっからどう見ても完全に酔っ払ったアホ3人が、醜態痴態をさらしていた。
都筑にいたっては、前をはだけたシャツとパンツ姿、胸や腹に溶けたチーズをこびり付かせ、何故か頭に毛ガニの甲羅をかぶっている。

「・・・何やってるんですかあんたら・・・」
地を這うような低音を響かせ、巽が言った。
「あ〜vvvたぁつみぃ〜vvv俺とろとろ〜vvv」
「とろとろじゃありません!仕事もせずにこんな・・・ああもう、腹に何つけてるんですアンタ!」
「だぁいじょうぶですって巽さ〜んvだって巽さんがきれ〜に食べちゃうんでしょお〜?」
「・・・はい?」
「『貴方をとろとろに溶かして、食べつくしてしまいたい・・・』やったっけなあ〜?」
「・・・・!」
ふにゃふにゃへらへらと笑う3人。
何があったのか、何が暴露されたのか、巽は瞬時に理解した。
ゴゴゴゴゴ・・・と不吉な音が聞こえそうな勢いで巽の影が巨大化していくのに気付いていない。
「わかりました・・・そういうことなら遠慮せずいただきますよ・・・」
「「「どーぞどーぞ〜vvv」」」

         *********

「今日の予定は以上です。各自、仕事に励んでくださいね」

巽が月曜の朝礼の終わりを告げた。
召還課職員達は不思議に思い顔を見合わせた。都筑だけではなく亘理まで遅刻しているというのに、その事について巽が一言も言及せず、不機嫌なそぶりも見せず、まったく平然としているからだった。
週末に二人が残業を命じられていたことは知っている。やはり、何かあったのか。
むしろある意味さっぱりした表情の巽に、聞くだけ不毛と思いながら思わず密が尋ねた。
「あの、巽さん、都筑と亘理さんが・・・」
言いかけたところで、扉が開いた。
「おはようございます・・・。あの〜、うちの職員見かけませんでした?先週末の残業の時から行方不明なんですが・・・最後の目撃証言が召還課に向かっていったということなので・・・」
事務局の職員がおそるおそる尋ねてきた。

「ああ、ご心配なく。皆さん特別室で今も仕事に励んでおられますよ。予定のノルマが終わり次第開放しますから」

普段どおりの笑顔で、さらりとした口調で、巽が答えた。
「・・・わかりました・・・失礼します・・・」
青ざめた顔で事務局の職員が退出する。
「今月は久々に全員、書類遅れが無くなりますね。実に清々しい気分ですよ」
朝の涼やかな風に髪をなびかせ、巽は自分の机に向かって行った。
「じゃ、俺たちも仕事始めましょうか・・・」
溜め息を一つついて密が言い、他の職員も各々の仕事に取り掛かり始めた。

都筑たち三人が皆の前に幽鬼のような姿を現わすのは、それから三日後のことになる。


                                       おわりv


夏の終わりの爽やかな空気を完全に破壊し尽くした自信があります。おまけに巽さんがアブナイ人と化してしまいました(笑)
話の都合上、以前自分のSSに出てきた事務局の彼女に出張ってもらいました。他のキャラであそこまでアホアホな行動をさせられそうな人っていないので・・・。
よろしければ彼女と御自分を重ね合わせ、都筑さんたちとの宴に参加した気分をお楽しみ下さいませv(楽しめるのか・・・?)

広夢
 



きゃははは〜都筑さんったら!
そんなことをばらしちゃダメよ!(o^^o)
美味しいけどv(そうか・・・巽ってばそんなことを!)
いやあ、その場に居合わせたい!命はないと思うけど(笑)
もう最高です!広夢さん傑作なお話ありがとうございます〜v
もう大笑いさせてもらいました〜!妄想も素晴らしい!!