| 『紫陽花』 梅雨の日のある朝、都筑は庭を見てつぶやいた。 (やっと咲いたんだ・・・。) 雨に濡れている花を見つめながら一年前のことを思い出していた。 その日はいつものように大好きなケーキを買おうと街に出かけた。 花屋の前を通り過ぎようとしたとき、一瞬目がくぎづけになった。 吸い寄せられるように店に入るとその花の鉢を手に取った。 ーーーーーーーーーこれって・・巽みたいだ・・・。 それは吸い込まれそうに鮮やかな青い紫陽花であった。 午後1時過ぎ。召還課。 都筑は自分の席で、複雑な表情を浮かべ思いを巡らせていた。 ・・・・いきなり溢れ出してきた自分の中の巽への想い・・・。 たった三ヶ月間でパートナーを解消されたあのときから、ずっと閉じ込めてきた自分の気持ち。 だが京都での一件以来、巽の自分に対する言動の変化に気持ちが少しずつ揺らいできていた。 そしてついに今朝あの紫陽花を見たことで心の一番奥底に閉じ込めてあった巽への想いが溢れ出して きてしまったのだ。 抱えきれないようなせつなさ。でも気持ちを伝えたらまた離れていってしまうかも・・・。でも・・。 「何ボーっとしてるんですか。アンタは。早く報告書出して下さい!」 いきなり後ろから巽に云われて都筑はビクッと身を震わせ振り返った。 「たっ、たつみぃ・・・。」 「そんなに私に残業させたいんですか、アンタは。まったく。」 額に片手をあて巽は深い溜息をついた。 「・・あの・・巽・・・。」 おそるおそる巽に声を掛けてみる。が・・・。 「何ですか?都筑さん」 「いっ、いや何でもない。ごめん。これがんばって早く出すよ。」 午後6時過ぎ。 「ごめん・・。遅くなったちゃったけど、はいこれ。」 出来上がった書類を巽に渡す。 「ご苦労様です。毎回こうだと私の仕事も滞らなくて済むのですがねぇ。都筑さん。」 そんな嫌味も耳に入らない都筑。おもむろに巽に向かって云った。 「巽っ!明日の休み巽ん家に行ってもいい?見せたいものがあるんだ。」 いつになく真剣な眼差しで自分を見つめる都筑に巽はふぅ〜と溜息をひとつ吐く。 「まったく、突然何を言い出すかと思えば・・・。その調子ではダメといっても来るんでしょう? あなたは・・。明日の午後2時頃ならばまぁ良いですよ。」 「ありがとう!巽。」 都筑は嬉しそうな笑顔を浮かべた。 翌日。 朝からどんよりと曇っていて、午後になって雨が降り始めた。 ピンポーンと巽のマンションのインターホンが鳴った。 「俺〜、都筑。巽いる〜?」 時計の針はぴったり午後2時を指していた。 (何であの人はこういうときに限って時間を通りなんだ?仕事のときもこうあってくれれば・・。) そんなことを思いながら巽は玄関のドアを開けた。 都筑は両手いっぱいに青い紫陽花を抱えて立っていた。全身ずぶ濡れで・・。 しっとりと雨に濡れた紫陽花はその青さをより鮮やかに見せていた。 「都筑さん!なんであなたまでそんなに濡れているんですか?傘はどうしたんですか?」 「だってさ、家を出たところで雨が降ってきたんだけど大したことなかったし・・・。 また戻んのも面倒だったんでそのまま来ちゃったんだ。」 「とにかく早くあがって下さい。いまタオルを持ってきますから。そのままでは風邪ひきますよ。」 巽はいつもと変わらない口調で云った。だが都筑はそこから動こうとしない。 自分が濡れているので部屋に上がると床がぬ濡れてしまい巽に怒られると思っているらしい。 部屋の中に都筑を招き入れた巽は、タオルを取ってくると都筑の濡れた髪を拭き始めた。 「まったく何に気を使っているんですか。床は濡れたら拭けばいいんです。それより都筑さんが 風邪をひいたら困りますから。」 「あの・・巽、自分でやるから先にこれ受け取ってよ。」 都筑は抱えていた紫陽花を巽に差し出す。 髪を拭く手を止め、巽はその花を受け取った。 「ありがとう、都筑さん。綺麗な紫陽花ですね。」 「本当に?本当に綺麗だと思う?巽。」 「ええ、綺麗だと思いますよ。なんでそんなこと聞くんですか?」 「だって・・巽はもっと実用的な物の方が良いのかと思ってたから。花なんて・・・。」 「この紫陽花は都筑さんが育てたのですよね。それを私のために持ってきてくれたんですから、 すごく嬉しいですよ。」 都筑の表情がパァ〜っと明るくなっていくのを優しく巽が見つめていた。 「さあ都筑さん、シャワーを浴びて着替えて下さい。本当に風邪ひきますよ。」 その後・・・・。雨はまだ降り続いていた。 ガラスの器に生けられた紫陽花がリビングの出窓に置かれていた。 床もきれいに拭かれ、都筑の洋服は洗濯機の中にあった。 ダイニングではホットココアを飲んでいるバスローブ姿の都筑があった。 向い側の席には巽が座っている。 「暖まりましたか?都筑さん。」 「うん、ありがとう巽。なんか迷惑かけちゃったね。」 「あなたが私に迷惑をかけるなんて、いつものことじゃないですか。」 その言葉に冷たさはなく、むしろふんわりとした温かみがこもっているようだった。 都筑はココアの入ったカップに視線を落としたまま俯いていた。 「たつみ・・・。あの花さ、すごく綺麗な色してるだろ?あれ初めて見たときに俺・・ 巽の色だって思っちゃたんだ。だから・・巽に見せたくて・・巽にだけ見て欲しかったから・・。 ・・・好き・・ナンダ・・。」 それ以上言葉が出てこないのか都筑は黙り込んだ。頬はうっすらと朱色に染まっていた。 「お話はそれだけですか?都筑さん。」 突然の巽の問い掛けに都筑はハッとして顔をあげた。 巽は何事もなかったかのような表情でこちらを見つめている。 サァッと身体中の血が引く感じがして、都筑は唇を切れるほど噛み締めていた。 ・・・・・拒絶された。 (アァ、ヤハリ云ウベキデハナカッタ・・・。) 絶望感が都筑の心を覆っていた。 もうこの場に居ることさえも息苦しくなった都筑は席を立とうとした、が。 次の瞬間ふわりと包み込むように巽が都筑を抱き締めた。 「・・・・・・!?」 「私の返事は聞いてくれないのですか?」 「・・・たつ・み・・?」 「私も愛しています。都筑さん。初めて会った時から・・。私があなたの気持ちに気づかないわけ ないでしょう。私は覚悟を決めたんですよ。ずっとあなたの側にいることを・・・。」 どこか夢の中で聞いているような言葉に都筑は呆然としながら巽の腕の中でそっと顔を上げた。 優しい穏やかな微笑みを浮かべた巽が自分を見つめていた。 (夢じゃないんだ・・・・。) 巽が都筑の唇にそっと触れるような口付けを落とした。 「大好きだよ。巽・・・。」 都筑は巽の背中に手を回すとしっかりと抱き締めた。二度と離さないように・・・。 長い年月を経てやっと想いが通じ合った二人を窓辺の紫陽花が優しく見守っていた。 |
| ★杜若様よりいただいた巽都です。 不器用なふたりの恋心が紫陽花の花に助けられて、見守られて今形になろうとする・・・・そういう優しいお話です。 都筑がとても可愛くてvv 紫陽花という花はふたりにとって特別な花なのかもしれません。 杜若様、素敵なお話ありがとうございましたv こんな優しい巽都が読めて幸せです〜♪ |