| 「お別れしましょう」 巽の目の前の「恋人」は食後の紅茶を飲み干した後、そう 言った。 「・・・何故ですか」 問うてはみたものの、巽はこうなる事は数日前から予測し ていた。もしかしたら、彼女と付き合い出したその日か ら。 恋人達が語らうに相応しい、洒落たレストラン。ほんのひ ととき、綺麗な夢を提供してくれる場所。 彼女と食事を楽しむ時はいつもこうした所ばかりだった。 自宅に招く事はあっても、自分の手料理を供した事はな い。 ねだられた事はあったが、「あなたにはもっと気の利いた ものを」と断った。 その時の巽の心境を彼女はきっと、ちゃんと感じ取ってい たのだろう。 「今の巽さんには私、魅力を感じません」 きつい言葉。でも、眼差しは真摯だ。 「巽さんの事、本当に好きでした。最初は一目見てかっこ いい男性だなって思って・・・それからあなたの事調べた り、噂を聞いたり・・・何でも出来る人だとか、厳しい人 だとか、意地悪な人とか、身内を大事にする人とか・・・ 都筑さんとの事とか」 彼女は少し成長したのだと巽は思った。 いつも若い娘らしい甘え方で接してきた。少し舌足らずで 無邪気な口調。可愛らしく、解り易い娘だと思っていた。 「都筑さんを見る巽さんは・・・とても綺麗でした。男の 人に綺麗って変かもしれないけど。色々なものが篭められ た綺麗さでした。優しさ、愛しさ、激しさ、切なさ、哀し さ、辛さ・・・もっと他にも色んな、人の持つ全ての感情 が」 「そこまで深くは・・・」 薄く笑う巽。彼女は首を振った。 「巽さんがわかってないだけですよ。だって、私はそんな 巽さんが一番好きだった。その綺麗な瞳が私に向けられな いかと、ずっとそう思ってた。あなたが都筑さんと別れ て、綺麗な瞳を伏せるようになって、私と付き合うように なった時、私、頑張ろうと思った。今はまだ無理でも、そ のうちあの綺麗な瞳が私に向けられるようにって」 彼女の声が少し震えた。泣きそうな表情を静めようと努め ている。巽は、今自分がどんな表情をしているのかわから なかった。 「・・・頑張ってどうこうなるものじゃなかった。私じゃ ダメだった。きっと、他の人でも。巽さんは優しくしてく れるけど、それだけじゃイヤなんです。でも今の巽さんに は、それしかない」 心臓を撃ち抜かれた気がした。そんなにも、そんなにも自 分からたくさんの物が零れ落ちていたのだろうか? ―――穏やかな愛情を作る事が出来たとすら、思っていた のに。 いや。作る、などという考えがすでに間違っていたのだ。 彼女は席を立った。 「今までたくさんご馳走になったから、今夜は私に払わせ てくださいね」 「いえ・・・」 「恐れ多くも巽さんを振ったおわびです」 ウインクして見せたその笑顔は愛らしかった。決して、彼 を忘れる為だけに付き合っていたのではなかった。 「振られたんですね、私は」 「ええ、そうです」 零れそうな涙を人差し指でそっと拭う。 「都筑さん、巽さんの事今でも大好きですよ。賭けてもい いです。女は感が鋭いんですから」 颯爽と歩き出し、彼女は店を出て行く。一度も振りかえら なかった。 「・・・だから女性は苦手なんですよ」 振られた男は温くなった紅茶を飲み干し、苦笑するしかな かった。 |