笑顔のままで…

――おいしいね…――
そう、貴方が言ったから…。

「これほんまにむっちゃ美味いわ〜!相変わらずマメやな〜」
シクススエリアでの任務を終えて、課長に報告に来た亘理は席を外していた課長を待つという名目でちゃっかりと課長室に上がりこんでお茶とお茶菓子を頬張っていた。
「これ、このクッキーも巽が作ったんやろ?」
「ええ、買うより経済的ですからね。最近お土産物が減っているんですよ」
「さすがやな〜料理もそうやけど、生前からこないマメやったん?」
「料理は多少やってましたがね、物のない時代ですから、お菓子作りなんて贅沢な事をしだしたのは冥府に来てからですよ」

――これ、おいしいよね…巽が作ったの?――

[欲しがりません、勝つまでは]
そんな政府の掲げたふざけたスローガンを本気で信じていた時代もあった。
冥府に来て最初に驚いたのはその豊かさだった。
否。
決して、冥府が特別豊かだった訳ではないのだ。
冥府と人間界は常に表裏一体…。
戦争などという愚行がなければ、日本とてあれほど貧窮することはなかっただろう…。
贅沢と無縁に暮らしていた巽だったが、以外にもあの頃のあの人は、『物を食べる』という事に全くといって良いほど執着を抱いていなかった。
まるでそれが義務であるかのように食物を口に運ぶ。
死神であるから、食べなくても死ぬことはなかったが、それでも何度も自傷行為を繰り返す彼への監視の目は厳しく、人間であった頃と同じ生活ペースを守る事を強要されていたのだ。
仕方なく、彼は食事を取る。
そこには、何の喜びも見出そうとはしなかった。

――料理…出来るんだね…以外…。『男子厨房に入らず』っていう方針かと思ってた――
貴方が笑う。
――貴方はしないんですか?――
――俺は…したことないから…――
――食べたいと…思う物はないんですか?――
――食べたいと思うもの?――
――ええ――
――…さんの……――
――?なんですか?――


「巽〜!!お腹空いたよ〜〜!何かおいしいもの頂戴v」
「都筑さん!入る前にはノックをしてくださいとあれほど言ってるでしょう!」
「ごめん〜。あ、報告に来たんだけど、課長はどこ?いないの?じゃあ待ってるから何か頂戴vv」
「貴方って人は…」
「どっちが目的かわからんな〜」
人の事は決して言えないであろう亘理が冷やかしを入れたが、巽に睨まれ大人しく残ったクッキーを口に運ぶ。
「巽、俺にもお替りちょーだいや。同じもんでいいさかい」
「遠慮してるつもりかもしれませんが、十分図々しいんですよ」
「巽〜〜〜」
何か頂戴vと訴えかける都筑の大きな瞳に、巽が折れた。
「仕方ありませんね、掛けてください」
「ありがとうvわvスイートポテトだ〜v美味しそう〜vv」
「おい!ちょ〜待てや!なんやねん、この当たり前の様な待遇の差は!」
「都筑さん、紅茶で良いですか?」
「うん、紅茶大好きvスイートポテトも大好きvこれ久しぶりだよね。巽が作ったの?」
「ええ、昨日久しぶりにね」
「うわ〜いv嬉しいv」
「もしもし?もしも〜し??」
「美味しいねvありがとう、巽…」「お疲れ様でした。今回もよく頑張りましたね」
何故か(何故も何も)極々自然に都筑の隣に座った巽は、都筑を労わるように手触りの良い髪を梳かして僅かに乱れた髪を直した。
「走って来たんですか?」
「うん…すぐに報告に来たかったから」
「お茶がしたかったんやろ?」
「課長が戻るまでまだ少しありますから、それまでここに居ていいですよ」
「ほんと?ありがとうv」
……阿保らし……
亘理はひっそりを気づかれないよう席を立って、こっそり部屋から出て行った。
美味しそうな艶を放つスイートポテトに未練がない訳ではなかったが、確実に胸焼けを起こすであろうこの時間を長引かせる事を彼は辞退した。


――これ、美味しいね…巽が作ったの?――
――初めて作ったので、お口に合うかわかりませんでしたけど――
――久しぶり…だな。これ食べるの…――
――お姉さんの味には、適わないと思いますが…――
――…聞こえて、たんだ…――
――…すみません…――
――どうして謝るの?嬉しいよ…すごく…。もう一つ食べて良い?――
――ええ、沢山どうぞ――
――おししいね…――


「巽、今度あれ作って…?」
「ええ、いいですよ。今度の休み家にいらっしゃい」
「うわ〜いvありがとう巽!大好きv」
――おいしいね…――
そう、貴方が言ったから…。
義理でも義務でもない、彼のその言葉が、不思議と心に沁みた。
貴方の為に。
これからもずっと、貴方の為に…。


貴方が何時も、笑顔でありますように――…。



<Fin>
2003.07.07  



★お世話になっております水希さまのサイトが2周年を迎えられた記念のフリーSSですv
甘く、やさしい空気の中にも少しだけせつなさのテイストを感じてしまう・・・・そんな素敵なお話です。
いつまでも2人が幸せに、そして穏やかに時を紡いでいけたらいいね・・・・そう願うばかりです。
水希さま、おめでとうございます。

水希さまの素敵なサイトへはリンク部屋よりどうぞ。やさしい絵とお話に出会えます。