手のひらの中の
小さな女の子の手に握られている赤い風船が風に吹かれてふわふわと揺れている。
左手で父親の手をしっかりと握り、右手には風船。ねだってねだって、やっと買ってもらったのであろう。ニコニコと顔を緩ませ、時折、うれしそうに風船を見上げている。
きゃっきゃとはしゃぎながら弾んだ声で父親に話しかけているその姿をまぶしく思いながら見つめる。
一瞬、風がやや強く吹き抜けた。
「あっ!」
小さく声を上げた少女の指の間をするりとすり抜けるかのように、赤い風船をつなぎとめていた細い糸が離れていく。
風船はふわんふわんと上下動を繰り返しながら、再び穏やかになった風に乗ってゆらゆらと舞い上がる。
小さな手をいっぱいに広げ、かよわい腕を空へと向かって精一杯伸ばすも、彼女の手では届くはずもなく。
左手を何度か揺さぶり、瞳いっぱいに涙をためて父親に訴えるも、その父親にもなす術がなく、ただ首を左右に振るばかりで。
瞳からあふれ出た涙が、うっすらと桜色に染まった頬を伝った時、都筑は体を宙に浮かせていた。
「!」
腕に覚えのある強い力に振り向くと、巽がしっかりと都筑を捕らえていた。
「離してっ!」
巽はただ首を横に振るだけ。
「早く行かないとどんどん遠くに行っちゃうよ!」
途中でカラスにでもつつかれて、割れてしまったらそれこそもうお終いだ。だが、振りほどこうとしても巽が許してくれない。
「どうして?かわいそうだよ…あの女の子。あんなに嬉しそうにしていたのに………」
今度は都筑が泣きそうな顔をする。
「だめです」
本当は理由などわかっているはずだ。彼女の住む時間の中に割り込むことはできないのだ。自分たちは死神で、一度死んだ体だ。時を同じくすることは赦されない。
それでも、どうにかしてやりたい。その気持ちもわからなくもない。だが………。
「巽っ!」
悲鳴にも似た叫びが、巽の耳を劈(つんざ)く。と、同時に都筑をつかむ腕に力がこもった。
「風船を取り戻してきて、彼女にどう説明するんですか?」
「それは……そんなの、適当に」
巽はふうっとため息をつく。
「いいですか? 彼女たち生きている人間に降りかかる自然の事故を、私たちがどうこうするわけにはいかないのです」
自分たちが生きていたとしたら、飛んでいった風船を取り戻すことなどできないのだから。
死神だからなせる業だ。それが使えるのは死んでいる人間の魂に対してだけだ。
少女はまだ泣いていた。わんわんと遠慮することなく派手に泣き喚いている。困ったような顔で父親は少女を抱き上げる。少女は肩に顔を埋め、しがみつく。
「だいじょうぶですよ。彼女はすぐに泣き止みますから」
「でも……」
都筑はまだ納得いかないような顔をしていた。
「これで彼女もわかったでしょう」
巽は言いながら、彼女の手を見つめる。その小さな手は父親の腕をしっかりと掴んでいた。
「何を?」
「手に入れたと思って安心していると、いつの間にか手から零れ落ちてしまっているということ」
掴んだと思ってうかうかしていると、誰かにさらわれてしまうのだ。自分でも気が付かないうちに。
「だから―――」
ん?と都筑が見上げると巽の視線と絡まった。
「今度はきっと離さないでしょう」
しっかりと掴んできっと離さない。離れていく寂しさを、悲しさを覚えた彼女はきっとその手に掴んで離さないだろう。
巽は薄く微笑む。
それを不思議そうに都筑は見つめた。
「なに?」
「いいえ。何も………」
さあ、行きましょうと都筑を促して歩き出す。
同じだと思った。自分と。
あの少女は不慮の事故だったが、自分の場合は自らの意思で手放したという違いはある。
だが、失って初めて自分の心にどれほど大きな存在だったかを知った。
だからこそ。
もう、二度と離さないと決めた。
どんなことがあっても―――。
| ★美月さんのサイト「Nostalgia
Garden」様が1周年を迎えられました! おめでとうございます!! その記念のフリーSSですv うまくは言えないのですが、この一場面に都筑と巽の物の見方の違いが表されているようで、色々考えちゃいます。 2人の距離はこんな所にも起因しているのですが、それでもそれを乗り越えて歩んで貰えたらと願うばかり・・・・。 素敵なお話をありがとうございます。 こちらの話は続編があります。 下記からどうぞv 「そのぬくもりを」 |