そのぬくもりを
風に吹かれて高く高く舞い上がっていく風船を、ただ、見守るしかできなくて、強く掴まれたままの腕を強引に振り解く。
巽の言い分もわかる。都筑も長く死神をやっているのだから、それくらいのこと百も承知だ。だが、少女の顔から笑顔が消えてしまったことが哀しかった。
「何で止めたの?」
「わかりきったことを聞くもんじゃありませんよ」
それはそうだけど……と都筑は口を噤んだ。別にあの風船を取り返してきたんだよと言わなくてもいいのだ。たまたま手に持っていたんだという振りをして少女の手に持たせてやることも出来る。
「だめですよ。そういうのも」
都筑の安っぽい考えなど、すべてお見通しだと巽が釘を刺す。甘やかしている訳じゃない。本当に可愛そうだと思っただけだ。
「その場限りの同情なんて、酷なだけですよ」
彼女のためでなく都筑の自己満足のためだけだ。そんなものは。
相変わらず巽はクールだ。だが、そんなこと言われても素直に都筑は頷けない。
「じゃあ、どうすればよかったんだよ!」
何も出来ないのだ。何もすることがない。出来ることなど何もないのだ。
「見てるしか……出来ないの?」
答えはそれしかなかった。見てるだけしか出来ない。だから、せめて…と見つめ続けるのだ。
巽はずっとそうしてきた。彷徨わせた視線が、いつのまにかいつも決まってある場所にたどり着く。その場所は、いつだって都筑だった。そしてそんなになるまでにいつも見つめていた。
「亡くしたものが、簡単に手の中に戻ってくるのなら、誰も苦労なんてしやしませんよ」
それは嘘でもなんでもない。経験に基づく真実だ。巽自身、いやというほど実感した。
ここであの少女のために、父親が新しい風船を買い与えたり、また、都筑が取り戻して来たりしていたら、どうなるのか?
彼女は失っても簡単にまた自分の手に同じもの、新しいものを手に入れることになる。小さな子供のことだからと情けをかけるのも悪いことではない。だが、巽にはどうしてもできなかったのだ。
本当に欲しいと思うのならば、自らの手で掴み取らなければ意味がない。他人に与えられたものなど、きっとうれしいと思うのはその時だけだ。
自分の手で、力で掴んだものは、きっと一生手放さない。
手にした時の喜びやうれしさを忘れることがないのだから。
一度手放した自分がこんなことを考えるのはおかしなことで、彼女に対してえらそうなことは言えないのだが…と、巽は思う。
だが、初めは都筑にあてがわれたパートナーだっただけだ。やはり、"与えられたもの"という認識に近かったのかもしれない。
「巽が言うと、なんか……重みがあるなぁ」
他人事のように言う都筑に、軽い苛立ちを覚える。この人は、わかっていないのだろうと思う。わかってくれないだろう……とも思う。
手を伸べたくてもそうしようとする自分が許せなくて、だけど、感情を排除することは不可能で、そんな時間をずっと過ごしてきた。
「俺は、掴みなおそうと思ったら、もたもたして失敗したクチだけどね……」
あの子と同じようなものかもしれない…うっかりしてたんだと都筑は呟く。
一体何のことを言っているのだろうか?
「きっと、すごくうれしくて……周りが見えていなかったんだろうね……」
雑踏にまぎれて小さくなっていく父親と少女の姿を、都筑は目を細めて見つめる。
手の中にいつもあると、空気のように感じてしまって他とそう区別がつかなくなる。
そしてある時気がついた。いつもそこにあると、あるはずだと思っていたものを失ってしまっていたことに。
当たり前のように感じていたもの。
そのぬくもり。
もう一度、確かめる。
このぬくもりを二度と忘れはしないと。
だから―――
「絶対に離さないから」
都筑は薄く微笑んでいた。
| ★こちらが続編です。 あまり多くの事を語らなくていいと思います。 とても静かなのに巽の心情や都筑の想いがあふれ出ていて・・・・。本当に素敵な話をありがとうございます。 切なく優しいお話で綴られるお話が読める美月さんのサイトはリンク部屋よりどうぞ。 |