Secret Garden


 
 はらはら、と風に煽られて舞う花弁に、甘い香りが漂って。
 瞳を閉ざしても、開いても。遠く、遥か彼方を見据えようと眇めても。
 そこに広がるのは同じ光景。闇と、鮮烈な輝きを放つ一面の白い花達。
 咲き誇るその花の一つに、都筑は指先を触れさせた。
 
 
 くすくす。
 くすくすくす。
 
 風の中に重なる、誰かの笑い声。

  
 その人の笑う声は、鈴の音のようで。
  
 咎める声さえ、優しかった。
   
「駄目よ。麻斗。…咲いた薔薇は、優しく触れなくちゃ」
 
 白い指先は慈しむように、大輪の華を抱いていた。
「花びらが破けてしまわないように、丁寧に…1枚1枚ほぐしてね」
 膝の上に広げられたレースのハンカチ。その上に摘み取ったばかりの薔薇の花弁の一枚一枚を集めて包み込み枕元に飾ってみれば、甘い香りに包まれて眠りにつく事が出来た。
 優しく髪を梳いてくれる、白い指先の温もりと共に。
 
 その人の指先は、いつも甘い薔薇の香りがしていた。
 
 
 
 
 くすくす。
 くすくすくす…。
 
 幼い笑い声は、楽しげに響く。

 
「また、来たの?…最近、よくこっちに来るね」
 
 無邪気で、そして無慈悲な冷たい笑顔を浮かべた大きな紫電の瞳の主は。いつものように、これから花開こうと膨らんだ蕾を、切り落としている。
「しかも、『あちら側』ではいつもと変わらないフリをしているんだろう?」
 数え切れない程に摘み取られた白い蕾は、そこに鮮血を宿し、積み重ねられて。
 幾重にも広がる、薔薇の屍を作り出していた。
「お前も対した役者だね、麻斗」
 幼い面差しにはおよそ不釣合いな嘲笑の笑みを浮かべる“自分”を見下ろして。
 都筑は瞳を伏せた。

 
 
 
 くすくす。
 くすくすくす。
 
 舞い散る花びらの一片一片までもが、笑っているかのようだった。
 
 何もない暗い闇の中から白い花びらは雪のように舞って。
 薔薇の屍の上に宙空を仰ぎ投げ出した四肢の上に降り積もり、固く閉ざした瞼の上に触れ滑り落ちていく。
 ふと、甘い薔薇の香りの中に、それよりも一層に蠱惑的な香りが入り交じり。覚えのあるそれに驚く事も逃げる事もせずに、瞳を閉じて横たわったままの都筑の上に、低く笑う声が降り注いだ。
 
 
 
「…ああ、やはり」
 カサリ、と音を立てて男が膝を付く。 
「貴方には薔薇の花がよく似合いますね」
 
 戯れるように、頬へと触れてくる指先からは、甘い花の香りと錆びた鉄のような香りが漂ってきた。
「白い薔薇に埋もれて…。これから葬送されるかのようだ」
「……また誰か、殺したのか…?」
 唇の形をなぞるように動く指先をそのままに、都筑は男に問い掛けた。
 
「貴方が、でしょう?」
 
 くすっ、と。男の笑う声が、耳をくすぐる。
 閉ざした瞼の向こうでは、見慣れてしまったシニカルな表情をきっと浮かべているに違いない。
「だから、ここにいるのでしょう?」
「………」
「心を慰める優しい思い出と、自らを追い詰める事実とを味わって…。壊れる為に」
 さらり、と前髪を梳く感触を与えてから男の指先が離れていく。
 それを追うようにゆっくりと開いた視界の中で、咲き乱れる薔薇の花よりもなお、白く輝く男が口元に笑みをたたえたまま都筑を見下ろしていた。
  
「…だったら、どうして。お前はここにいるんだ?…邑輝」
 
 つらくて。
 誰かの命を奪うことが、つらすぎて。
 
 思い出の中に逃げようとしても、罪深い自分には逃げる事さえ許されないような気がして。
 いっそ心が壊れてしまえば良い、と望みながら眠りにつけば。そこにはいつも、闇の中に咲き誇る薔薇の姿があった。
 
 
「…さぁ。どうして、でしょうね」
 
 ゆっくりと覆い被さってくる男の重みを受け止め。耳元で囁く声だけを聞いていた。
 
「それは貴方が一番、わかっている事ではありませんか?都筑さん」
  
 白いコートの肩越しに見える闇の中で、はらはらと、白い花弁が舞っている。
 
「……ここは貴方の望んだ世界なのだから」
 
 頬に触れる指先と、ゆっくりと重ねられた唇の冷たさに、けれど懐かしさと安堵とを覚えて瞳を閉じれば。
 遠いあの日の、雪の空を思い出していた。
 
 
 罪も何もかも、白く塗りつぶして。
 この姿も存在自体も白く覆い尽くして、消して欲しいと願ったあの日の事を。
 
 
「俺の…望んだ…?」
「ええ…、貴方が望んだ…」
 
 
 やわらかく触れるだけの口付けを交わしながら、遠くに聞く声に。
 
  
 
 ……ああ、そうだ。
 
 
 
「邑輝………」
 
  
 
 願っていた……。
 
 
 
「だったら、早く……」
 
 投げ出したままの両腕を、ゆっくりと上げて。
 唇を離し見下ろす男の銀の双眸を、間近で見詰めながら。
 
「早く、俺を――――――」
 
 懇願するように、その広い背中を抱きしめようとした腕は、しかし、虚しく空を抱き。
 そこには最初から誰もいなかったかのように、ただ、白い花弁が舞っているだけ。

 その様が、やがて滲んで見えて。
 都筑の眦から、一筋だけ涙が伝っていった。
 
  
 
 
 くすくす。
 くすくすくす…と、闇の中で誰かが笑いつづけている中で。
 
 ひらひらと、舞い散る花に埋もれて。
 
 このまま埋もれて。

 
 いつの日か、願いの叶うその瞬間まで――――。
  

 
 
 
 
 

−END−
 
 
 
  
 
 
 

〜 23000HIT! 日生 舞 様に捧ぐ 〜


あずま ゆみ様のサイトでキリ番を踏んで書いていただいたお話ですv
「花に埋もれる都筑」さんがリク内容でしたv
やっぱりこのシチュエーションは邑都ですよね!

あずま様ありがとうございます!