挑戦状の結末



閑静な住宅街。高級所得者の多いこの地域では世間体を気にしてか、大声で言い争う声等めったに聞かれない。
だが、ここ邑輝邸では只今夫婦喧嘩(?)の真っ最中だった。
「ですから、それは誤解なんです!」
愛する人から浮気の容疑をかけられた男は何時の世も必死だ。
「へーえ。そうなんだ。キスマークと香水が付いた『愛してる』って云うこのカードは何?俺ってそんなに馬鹿だと思われてたなんて、知らなかったよ」
事の発端は邑輝のジャケットから零れ落ちた一枚のメモ。
ブルガリの香水とピンク色の口紅の付いた挑戦状。
「私だってそんな物が入っていたなんて、知りませんでしたよ」
三十代独身で、女性の夢見る表向き理想の男性の邑輝はとてもモテるのだ。
そんな男を恋人に持った都筑は毎日が気が気でならない。
邑輝は都筑個人については明していなかったが、将来を約束した恋人がいると云う事は周囲に話していた。
しかし、以前から邑輝を狙っていた女性達は諦める事なく邑輝にちょっかいをかけていたのだ。
本当は携帯やパソコンのメールをチェックしたいと都筑は思っていたが、自分がやられたら嫌なのでそれだけはしなかった。
だが、あからさまに邑輝の周りに女性の影が見え隠れする様になって、とうとう都筑は我慢の限界を超えた。
「で、この人誰なの?病院の人?」
「同僚の女医です。言っておきますけど、付き合った事も肉体関係もありませんし、私から口説いた事もありません」
 いつも自分ばかりが都筑の交友関係に嫉妬や、ヤキモチを焼いて都筑を問い詰めていたので、少しは自分の気持ちを判らせようとさりげなく女性の影をちらつかせてみたのが大きなアダとなってしまった。
都筑と付き合う前は同時に複数の女性と関係を持つ事など特に珍しくもなく、相手の女性にその行為を責められても『私の行動が気に入らないのなら、もう終りにしましょう』とあっさり別れ、女性の方が別の男性と関係を持った事が判っても自分から問い正す事は一切しなかった。
自分の事を詮索して、あれこれ言われさえしなければそれで良かったので、数いる女性の一人が何処で何をしていようと全く気にならなかった。
浮気が露見した事を知り、邑輝に謝罪してきても『楽しめてよかったですね』と云う感じで終わっていたと云うのに・・・
そんな女性の敵が、普段なら考えられない程焦りと苛立ちを感じていた。
しかし、その焦り様が都筑にしてみればとても疑わしいものに感じられて仕方がなかった。
「じゃあ何で一貴の携帯番号知ってるんだよ。前に何回か掛けてきた人ってこの人なんだろ?」
「緊急連絡用の職員名簿に自宅と携帯の番号が記載されているので、職員は全員知っているんです」
「ふーん。あっそう。でもこの前掛かってきたの、仕事用じゃないやつじゃん」
邑輝は都筑との連絡用と、その他用と二つの携帯を使い分けていた。
なのに、都筑専用の携帯に電話が掛かってきたのだ。
「私が席をはずした時に調べたんだと思いますが・・・」
都筑にとっては邑輝が持っている『都筑専用』の携帯は特別な物だった。
邑輝は都筑から送られた画像やメールを保存していたので、ちょっとした日記代わりとなっていたのに土足で踏みにじられた気がしてとても気分が悪かったのだ。
「もういい。俺帰る」
これ以上邑輝の言い訳を聞いていたくなかった。何を言われても全てを疑ってしまうだろうから・・・・・・
「待って下さい。どうしてそんなに私が信じられないのですか?」
「じゃあ、何でこんなカードがあるんだよ!電話だってそうだし!何でだよ・・・・
・・」
本心を言えば邑輝が浮気した等と思いたくなかったが、こんな物がある以上冷静ではいられなかった。
「・・・以前この方に付き合って欲しいと告白された事があります。その時私は『医師としての能力以外何の興味も関心も無い』と断ったんです。容姿に自信があったようですし、それが彼女のプライドを傷付けたのかもしれません。今日あなたと会うと云う事をつい洩らしてしまいまして・・・・・・おそらく嫌がらせでしょう。全く、馬鹿な女だ」
邑輝は都筑の目の前で忍ばせられていたメッセージカードをライターで燃やした。
別に破り捨ててもいいのだが、彼女の付けた口紅に触れたくなかったからだ。
「もういい加減に止めませんか?こんな下らない事であなたと言い争いたくはありません」
「そうだね。もう、うんざりだよ。だから帰る」
最愛の人を疑って毎日イライラさせられるのはもうコリゴリだった。いい加減にして欲しい。こんな毎日に都筑はもう耐えられなかった。
都筑は玄関に向かおうとしたが、腕を捕まれ引き止められた。
「麻斗さん。あなたに謝らなければならない事があります。聞いて下さい」
ついに聞きたくなかった言い訳をきかされるのだと都筑は覚悟した。冥府での友人の恋人の浮気した理由は『魔がさした』『酒のいきおい』『何となくしてしまった』『ちょっとタイプだった』その他色々・・・
全く理由にならない事だらけの羅列ばかり。邑輝でさえもこう云う場合は平凡な言い訳をするのだろうか、と思った。
「最近私の周りに幾つか女性の影があったでしょう?あれはあなたにヤキモチを焼かせようとしたんです」
「は?」
邑輝が喋りだした事は都筑が全く予想していない事だった。しかし、これが浮気の理由なら最低だ。
「そーゆー馬鹿げた事して情けなくなんない?ああ、そっか。やってる内に本気になっちゃったんだ」
「違います!本当に彼女とも、誰とも浮気なんてしていません!
あなたの携帯番号は榊以外に教えていないので、何故彼女が知っていたか後で問い詰める必要はありますが・・・・・・とにかく、私は潔白です」
うなだれていた都筑は泣きそうになった。邑輝がどうしてこんなにも自分を傷付けたいのか判らなかった。
以前に邑輝が自分自身の手で都筑を壊したいと言っていた事があったが、今度は口を変えたのだろうか?
信頼と裏切りを何度も繰り返して、徐々に自分を崩壊させようとしているのかもしれない。悲観的になっている都筑は自分自身の想像に涙が溢れてしまった。泣くまいと思っていたのに。
しかし、都筑の中にはそれでもいいと思う自分がいた。騙されていてもいい。人形のように動かない自分を観賞用として愛でていたいと邑輝が思うなら、それでもいいと思った。
一貴の側にいられるのなら・・・・・・
「麻斗さん。また悲観的になっていますね」
「え?別に俺は・・・・・・」
「奢らないと云う点では貴方の美点でもありますが、それが貴方の欠点でもあります。どうしてそんなに自分を卑下するんです?私は貴方の容姿だけを愛した訳ではありません。貴方の欠点を含めて全てを愛しているんです。いつになったらそれが判って頂けるんです?」
都筑にしてみれば、こんな自分を愛してくれる人物に会った事が無いのでどうしても疑心暗鬼に陥ってしまっていた。
邑輝が自分の過去を知っていると判っていても、どうしても臆病になってしまう。
「ねえ、本当に信じてもいいんだよね?」
おそるおそる節目がちに邑輝を見つめる都筑に邑輝は極上の笑みで答えた。
「貴方の全てを愛しています。だから、恐れないで言いたい事があったら遠慮なく私に言って下さい」
「うん・・・じゃあ、今度こんな事があったら絶対許さないからね!」
「ええ。十分気を付けます。だから、機嫌を直して・・・ね?」
「キスしてくれたら許す」
邑輝は深く深く都筑に思いを込めて口付けた。
「愛しています。心より、誰よりも・・・・・・・」
 いつも自分からせまっている立場としては、こんな甘いおねだりをしてくれる都筑もいいなと感じた邑輝は時々は都筑に嫉妬させようとした自分の判断に間違っていないと確信した。
都筑にしてみれば「こんなのはもうコリゴリだよ」だった。
「今度またこんな事があったら浮気してやるから」
邑輝にとっては最悪で、都筑にとっての最終兵器は発動されるのやら、されないのやら・・・
こんな二人の非日常的な夜。



★上今井 替佐様のサイト「FICKLE MIND」にて333のキリ番を踏んで書いていただいたお話です。
リクエストは邑都で痴話げんかだったのですが、こんな素敵なお話を書いてくださいました。
まあ、邑輝はもてるでしょうから本当に付き合うとなると大変だと思います、都筑・・・・; でも実は都筑の方が無意識な分、質が悪いかも知れませんよねv 都筑が泣く何倍も邑輝が陰で泣いているかも・・・・v(笑)

上今井 替佐様ありがとうございます。大切に飾らせていただきますv