水中花

朝の挨拶と共に元気よく課長室に入ってきた都筑は嬉しそうにガラスの器を抱えてきた。
ちょっと待ってね、の言葉を残して奥に入っていく。
その後ろ姿を巽はただ黙って見つめていた。



連日の暑さにイライラしていたのかつまらないことで都筑と口喧嘩をしたのは昨日。
きっかけはいつもの通り仕事のことだったのだが、言葉を交わすうちに
クーラーの設定温度が高すぎるとか、経費の無駄遣いとかまで出てきて、
もうお互い訳の分からない言い合いになってしまった。

『もういいよ、巽のバカ!』

という捨て台詞を最後に都筑が飛び出して・・・。
仕事が終わった帰り支度の時だったので、その日約束をしてあった巽の家での食事もなくなった。
家に戻っても巽の怒りは収まらなかったが、風呂に入って一息をつき、
都筑のために用意した食事の下ごしらえをテーブルに並べる頃には随分と落ち着いてきた。

思えば自分の言葉もきつかったのかも知れない・・・

巽は『夏祭りに行きたいね』と言ってきた都筑の顔を思い出して溜息をついた。
余裕がないな・・・
それはいつも自分に思うこと。
目の前のことに追われて、つい都筑に辛くあたってしまったことなんてこれが初めてではない。
その度に後悔して、自分を責めてしまう。
もうそんなことこの繰り返し。
長いつき合いになるからこそ、色んな事に目がいってしまう。
遠慮もなくなる。
その分きっと傷つけていることも多いとも思う。
それでも共にいることを望む自分は我が儘なのかも知れない。




「はい、これ!」
トンっと軽い音を立てて器が置かれる。
「・・・・・水中花・・・」
水の中でゆらゆらと揺れる赤い花に巽が呟いた。
「綺麗だろう? 持っていたこと思い出して昨日探したんだ。」
水の揺れがおさまるまで見つめていた巽が顔を上げる。
「どうして・・・これを?」
少しだけ照れくさそうに都筑が笑う。
「ん?・・・何となく。涼しいでしょう?」
俺大好きなんだよね、これ、と言いながら器にひとつだけ流れる水滴に指をあてる。
巽は黙ってその動作を見ていた。


「あのさ・・・昨日、ごめんね。」
「え?」
「昨日・・・酷いこと言っちゃったね、俺。巽だって色々考えて仕事しているのに、勝手なことばかり言って。」
「いえ・・・・そんな・・・」
上手く言葉が繋がらない。
あなたは悪くないのだと素直に言えない自分が歯がゆい。
「これから忙しくなる時だもんね。・・・・ごめん。」
「都筑さん!」
ガタッと席を立つ。
これ以上、謝る言葉は聞きたくなかった、聞きたい言葉はこんなものではない。


突然立ち上がった巽に少し驚いたのか都筑が目を見開く。
「巽・・・?」
「あ、あの・・・夏祭り、いつです?」
「は?」
思いもかけないことに都筑が聞き返す。
「昨日言っていた・・・」
巽自身、自分でも何を言っているのか分からない、でも他の言葉も浮かばなかった。


「・・・いいの?」
しばらくの沈黙の後、ぽつりと都筑がまた聞き返す。
「せっかくの祭りですから・・・」
その答えに都筑がゆっくりと微笑む。
毎日暑い中、仕事をする巽に少しでも、見た目でも涼しくなってもらおうと水中花を持ってきたのだけど
昨日邪険にされた夏祭りのことが出てくるとは思わなかったから。
顔を真っ赤にして話す巽を見つめる。
巽は巽なりの気遣いをしてくれているのかも知れない。
そのことが都筑には嬉しかった。



「ありがとう。」


小さな事で喧嘩して、落ち込んで
そして
小さな事で幸せになって・・・
恋なんてそんなものかも知れない。
頬に触れる巽の手が冷たくて都筑は目を細め
そして・・・・・
近づいてくる巽の瞳を見ながら都筑も目を瞑った。





少しだけ揺れる水の中。
赤い花も静かに揺れた。

2002・7・26
M・Hinase

★暑中お見舞い申し上げます★
で書いたものですv
連日の暑さに体調を崩しがちになりますが
くれぐれもお気をつけて・・・・(*^_^*)。    
日生 舞