幸せの証

「ねえ、わたりぃ、ちょっといい?」
自分の机の上の書類を片付けていた亘理はふいに後から声をかけられる。
振り向くと珍しく始業時間前に登庁してきている都筑がいた。
「なんや? えらい早いやないか・・・・あ、金ならあかんで」
俺も金欠や、と言う亘理にムッとしたような顔になる。
「ちがうって金の話じゃないよ!・・・・ちょっと相談したいことがあるんだ。」
「相談?」
少しだけ警戒した顔になる、都筑が相談といってあまり良かったことはなかったような気がする・・・。
「何の相談や?」
「うん、ここじゃ何だから・・・・こっち来て」
と、きょろきょろと周りを見回して亘理を休憩室へと引っ張って行った。

「で? 相談って言うのは?」あまり気は進まないが仕方がない。
亘理は都筑を促した。
「・・・・あのさあ、巽って何をして貰ったら嬉しいと思うかな?」
「そりゃ、金やろ。」亘理の即答に空気が固まる。
何を今更・・・というように都筑を見た。
「えっ!? い、いやあそうなんだけど、それ以外に何かないかなあって・・・」
「ない!」はっきり言いきる。
ふぇーと情けない顔をした都筑に追い打ちをかける。
「あいつが金が一番ということぐらい、おまえが一番良くわかってるやろ? 
何でそんなこと聞くんや?」
「うん、そうなんだけどさあ〜・・・・・俺ね、巽の手助けしたいんだよ。
あいつこのところすごい忙しくてさ、うちに帰れない時もあるみたいなんだ。
元々タフだとは思うけど、さすがにここ2,3日は疲れているようだし・・・・なんか少しでも役にたちたくて・・・・」
と話す顔を見ながら(おまえがちゃんと書類を出すことが一番やないの?)と思ったが口には出さなかった。
たぶん今、適切な言葉はそんなことではないのだろうから・・・。
「・・・・・・おまえがして貰って嬉しいと思うことをしてやれば?」
「えっ!? 俺が?」
「そう、それでいいと思うで。あんまり難しく考える事ないって。」
「そっかー・・・・じゃあ、料理とか? 今日夕食作ろうかな。」
「あ、あかん、それだけはやめとけ、な? 料理のうまいヤツに料理作っても・・・なあ。」
「そうかあ・・・・」
と考え込んだ都筑を見て、だから書類を書けって・・・という言葉を飲み込んだ。




キーボードを叩く手を止め巽は給湯室の方を見た。そして壁に掛かる時計を見る。
3時半だ。都筑が給湯室に入ってもう30分・・・・
『巽、3時のお茶の時間だよ、俺が入れてあげる!』と突然入ってきて
『私がします』という制止を聞かず給湯室に飛び込んでしまった。
で、いまだに出てこない・・・・
(だから私がするって言ったのに)
ため息と共に立ち上がり、都筑の所に向かう。

「都筑さん?」ひょっこりのぞき込むと紅茶の缶とスプーンを持ったままうーんと唸っている姿があった。
「何してるんです? ここに入ってもう30分も経っていますよ。」
「あ、巽、もうすぐ出来るから待っててよ!」
「もうすぐって・・・・そんな感じじゃ夜になりますよ。・・・ほら私がしますから、貸しなさい。」
都筑の手から取り上げようとする。
「ああだめだよ! だめ! 巽は向こうに行っててよ! すぐに持っていくからさ。」
さっと巽の手をかわすと、にっこりと微笑みかける。
「待っててね!」
うっ、とその笑顔につい見とれてしまう。


結局都筑に負けてそれから待つこと10分・・・
ようやく都筑が紅茶を持ってきた。
いそいそとテーブルに2つカップを置くと、どうぞ・・・とソファに招く。
なんかその顔を見ていると文句も言う気もなく、巽は素直に従った。
カップを手に取るとふわっといい香りがする。
てっきりいつもの紅茶を入れたものと思っていたので、意外な感じがする。
口を付けると、何とも言えない芳醇な味がする・・・・。
「都筑さん、これは?」横に坐った都筑に問う。
「どう? おいしい?」大きな目をくるくるさせて顔をのぞき込む。
「ええ、とてもおいしいですよ。葉が違うんですか?」
えへへ・・・と胸のポケットから小さなビニール袋を取り出す。
「これを混ぜたんだよ。」分量が難しくってさあと、付け加えながら。
「それは?」
「ハーブ! さっきお昼休みに摘んできたんだ、自家製だよ! 
良かったぁ巽の口に合って。」
うんうんと満足そうに頷くと自分もカップに口を付ける。
その様子を眺めながら巽もまた紅茶を味わった。


・・・・静かな時が流れる・・・・
最近仕事に追われここでこうやって、ゆっくりお茶をする時間も無かった。
今朝、会議の資料を制作して、ようやく一息ついたぐらいだ。
睡眠時間も削って家にまで持って帰りやっていた。
そのせいでとんと都筑にもかまってやれなかった。
最後に夕食に招いた日から2週間はたっているはずだ。
てっきり拗ねているかと思っていたが、そんな様子も見えないのでほっと一息をついた・・・・。


「このハーブさあ、ゆったりとした気持ちになるんだって、巽、ここのところずっと忙しかっただろう?残業も多かったようだし・・・・俺、何か手伝いたかったんだけど・・・ほら夕飯とか作ってさあ。でも亘理に相談したら、巽は料理がうまいから止めとけって言われて・・・」
カップを両手で包み込みながら話を切りだしたのは都筑だった。
それを聞いて巽は亘理に感謝の言葉を胸の中で呟く。
こんな体調の時に都筑の料理を食べた日には命がいくらあっても足りない。
巽はカップを飲み干すとテーブルの上に置いた。
「ありがとうございます。疲れがとれていくようですよ。」
「うん!」嬉しそうに本当に嬉しそうに笑った笑顔が愛おしい。
そっと都筑の頭に手を置き子供にするように頭をなでる。
それが気持ちよくて都筑はちょっぴり肩をすくめた。

「・・・・巽、無理しないで少しは休んでよね。おまえのことだから有給は沢山あるんだろう?
それでも使って、どっか旅行に行くとかさ・・・あ、温泉とかいいんじゃない? 
九州にさあいいとこあるんだけど、今度パンフレットでも持ってこようか?」
別府がいいかな、雲仙もいいな・・・とぶつぶつ言いながら都筑は考え込んだ。
本当は旅行とかプレゼントしてあげれればいいのだけど、
年中お金のない状態の自分では到底無理だ・・・・。
都筑は何かいいとこはないかと、あちらこちらを思い浮かべる。
そんな都筑を巽はただ見つめていた。


・・・と、頭をなでていた巽の手がゆっくり頬を降りてくる。
「え? た、たつみ・・・」下を向いていた都筑の顔が巽の方に向けられた。
「都筑さん。旅行は一人で行っても楽しくないでしょう?」
ね?っと都筑の目をのぞき込むように巽が微笑む。
都筑は自分の顔がかーっと火照るのを感じる。
「あ、う・・・ん、そうだね、一人で行っても、面白くないかもしれなぃ・・・・」
最後の方は聞き取れないほどの声になってしまう。
巽の手はいつの間にか顎にかかっていて、どうしてもこれから行われる事を
連想してしまう・・・・自分の心臓の音が聞こえそうだ。
「・・・・年末にでも行きましょうか、温泉・・・・」
「お、俺と・・・?」添えられた巽の指が熱い・・・。
「私が他の誰と行くと言うんです?貴方に決まっているでしょう。」
そう言いながら顎に添えた指で肌をなでる。
「で、でも、俺金無くて・・・」
「ボーナスがあるかもしれませんよ?」あるとはっきり断言されないところが悲しい。
「そ、そうだけど・・・」なめらかな指の動きが体温を上げていく。
巽は良くキスの前にこうやって都筑の顎を撫でる・・・
条件反射のように反応し始める自分が恨めしい。
・・・もうダメだ・・・
身体を支えられなくなって都筑は巽の胸へと顔を押しつけた。
「どうしたんです?都筑さん。」涼しげな声が頭の上から降ってくる。
そして今度は両方の手で都筑の肩から背中を撫でてきた。
ゆっくりと、でも確実に感じるポイントをついてくる・・・・。
「た、たつみ・・・セクハラだぞ・・・・これっ。」
身体の奥から沸いてくる快感を必死で抑えながら、巽をにらみつける。
「そんな目で言われても、説得力に欠けますねえ。」
熱を帯びた瞳で見上げてくる様は何とも扇情的だ。
巽は都筑の半身を起こすとその唇を指でそっとなでる。
「・・・っ、たつみ・・・」
その声に、ふっと微笑むと巽は顔を寄せていく・・・。
やっと与えられた甘さに二人は時間も経つのも忘れ互いの唇を求め合った。
「お礼に夕食をごちそうしますよ・・・」
口づけの合間に囁かれた言葉に都筑は2週間ぶりの幸せを感じていた。



召還課の部屋・・・・
「あ、かちょーこれはどう書けばええの?」
「ああ? それは巽に聞いてくれ!」
と、うるさそうに手を振りながら部屋に戻ろうとする課長の腕を引っ張る。
「あー待って!そうそう、これも見て欲しかったんやー。」
次から次へと書類を出しては課長を呼び止める亘理に密は同情の目をする。
もうかれこれ20分以上足止めさせているのだ、もう限界だろう・・・。
(大変だな・・・・亘理さんも・・・)
はあ〜っと大きなため息をついて椅子の背にもたれかかる。
課長室のドアはまだ当分開きそうにない。
相変わらず繰り広げられる課長と亘理のやりとりに耳を傾けながらも、
こんな風景も幸せの証・・・かもしれない・・・・とぼんやり密は考えていた。

2001・8・21
M・Hinase

★・・・・巽って・・・・。なんか巽を労る話が、あらぬ方向へ流れてしまいました・・・・お茶の時間の度にこれだったら、たまりませんよね、わたりん、がんばれ(笑)。 人それぞれの「幸せの証」でした。