向日葵
「これは・・・・・」 巽は思わず声を出した 夏のある日 都筑のアパートの庭に一歩足を踏み入れたまま立ち止まる 満開の向日葵 黄色い波 一輪一輪が太陽に向かい風にそよぐ風景 何処か違う世界に迷い込んだかのような感覚に巽は包まれた・・・・ 「あ、巽〜!」 その波の中から手が上がる 「こっち、こっち」 聞き慣れた声の方向を見ると 黄色の合間に麦わら帽子がひょこひょこ動いていた どうやら花の世話をしていたようだ その様子に微笑んでしまう 笑った瞬間、元の世界に戻ったようにも感じた・・・・・・ 「早かったね」 土が付いたままの軍手で顔を拭きながら 近づいてきた巽を都筑は見上げた 「ちょうど此処へ来ようかと思っていたもので・・・・」 出かける間際の都筑からの呼び出しだった 都筑の側に立って、周囲を見渡す 「それにしても・・・・すごいですね」 都筑が笑う 「えへへ、すごいだろう〜。ちょっと自慢!」 「いつの間にこんなに・・・・」 「去年沢山種が取れたからね、大家さんに言ってアパートの敷地貸してもらっちゃった。こんなに咲いてくれて・・・・近所でも評判なんだよ」 でしょうね・・・・と答えながらもまた辺りを見渡す 1人でこれだけの広さを管理したのか・・・と感心する そういえば・・・このところ都筑が巽の家に来るばかりだったことを思い出した あの頃から育て始めていたのだろう いつもは2泊3泊する週末に1泊で帰っていったり 珍しく仕事を早めに済ませて早々に帰ったり・・・ 巽は腰を下ろす 「本当に・・・・この情熱のほんの一部分でも仕事に向いてくれればいいのに」 このところ頑張っていたことはあえて承知でいつもの台詞を言う 「もう、巽はそればっかり! こういう事と仕事は全然違うじゃん」 少しだけ頬を膨らませてぽんぽんと土を叩く でも花を見つめる目は優しくて・・・・ 「・・・・・ええ、そうですよね・・・・・そういうことにしておきましょう」 そう軽く答えた その言葉が持つ意味を十分すぎる程分かっているから・・・・ でも・・・・ 花に埋もれながら 土いじりをしている都筑の横顔を見つめる 汗をぬぐいながら愛おしそうに土を掘り返している 穏やかな満たされた顔をしている彼にそっと安堵の息を吐く 出来るならこんな時間をずっと彼に与えてあげたい 出来るなら・・・・出来るなら・・・・・と、いつも願う想い 「向日葵の花言葉・・・・知ってる?」 近くの葉を触りながら都筑が言う 「花言葉ですか・・・・いえ」 「あこがれ、熱愛、愛慕・・・・えっと光輝に・・・・・敬慕かな」 指を折り曲げながら都筑が空を見上げた 「・・・・そうですか・・・・・」 いい言葉ばかりだね・・・・と都筑が付け加えた 「そうですね・・・・・・」 くすっと都筑が笑う 黄色の世界で都筑が空を見ながら笑う・・・・その姿に少しだけ見とれた 「・・・・・・それは・・・・私のあなたへの気持ちそのままですね」 「え?」 思いも寄らない巽の言葉に都筑が振り向く そこには優しく微笑む巽の顔があった 「な、何言うんだよ、びっくりするじゃんか!」 「そうですか」 「そうだよ!もう・・・・」 真っ赤になった顏をタオルで覆う 時々聞いている方が恥ずかしくなるようなことをさらっと言う巽に戸惑ってしまう 「それにさ・・・・」 都筑は顔をタオルに押しつけたまま呟く 「あこがれなんて・・・・俺が巽に持っているものでさ・・・・巽がなんて・・・・・」 「・・・・・・」 「それに敬慕なんていうのもさ・・・・・」 「・・・・・・」 風がさっと吹いた 巽はそっと都筑の頭に手を置く 「あこがれなんですよ・・・・あなたは私の」 その手でそっと髪を梳いて 「私に持っていないものを持っているあなたが・・・・・ね」 都筑が顔を上げた 「・・・・・・それって、何?」 ふっと巽が笑う 「・・・・・内緒です」 私だけが知っていればいいことだから・・・・ 「内緒?」 「そう・・・・」 「・・・・・巽のけちんぼ」 言ってくれたっていいのに・・・・・ むうっと、した顔をすると巽が笑った でも いつもは聞けない 覗けない所に少しだけ近づいた気がして・・・・嬉しい そう都筑は感じていた この空間だからこそ・・・かもしれない・・・・ 「ねえ・・・・・巽」 「はい?」 「また・・・・」 「・・・・・」 「また来年も、俺この向日葵咲かすよ。そしたらさ・・・・」 「ええ」 「そしたら・・・・・・」 「またこうやってふたりで眺めましょう」 「うん・・・・・きっと」 後半月もすれば夏も終わる そして秋が・・・・冬がやってくる どんなに季節が移り変わろうとも 変わらずに・・・・変わらずに・・・・ 残暑お見舞い申し上げます From 【桜紅葉】 2003・8・16 M・Hinase |