Selfish

いつからそれに囚われたのか

何処で囚われたのか


私の心を揺るがす唯一の存在

目を背けられない想い・・・・・



もし・・・・・出会わなければ?

もし・・・・・触れることがなかったら?



そんなものは無意味な問いだ

どちらが不幸なのか

どちらが幸福なのか

もう判断する事は出来ないから・・・・・






「やっぱり・・・・明後日は雨かなあ・・・・」
背後で呟かれた言葉に仕事の手を止めた。
「・・・・そうですね・・・・」
今朝の天気予報でここ2、3日続くであろう雨のことを伝えていたが、余計なことは言わず、それだけ答えた。
「だよね・・・・・今日もずっと降っているし・・・・・」
「梅雨ですからね、仕方ないでしょう」
「でも・・・・・」
「今降らなくては夏に困ることになったりするんですよ?」
振り向きもせず会話を続ける。
「そりゃあそうだけど・・・・せっかくの七夕なのになあ」
そう言うと、小さく溜息をつくのが聞こえて・・・・黙り込んだ。

『七夕の日が雨』ということを嘆いている都筑に、現実的な話は効果無しのようだ。そんなことは分かっている。昨日今日に始まったつきあいではない。でも自分は、いつまで経ってもこういう答えしかできない・・・・・そう。いつまで経っても。



互いに何も言わない部屋の中・・・ペンの走る音と雨の音だけが響く。
本来ならば、明らかに仕事をさぼっている・・・・それも課長室で・・・・彼を叩き出し、文句でも言ってやるところだが、長雨の影響か、何もかもが鬱陶しく面倒くさくなっていた。

分かっている・・・・・都筑が待っていることを。
自分が声を発し、呼びかけることを。
時々感じる背中への強い視線で感じる彼の想い・・・・・願い・・・・・そして見たくない触れたくない闇を。
しかしそれを受け入れることを拒否した自分に、何が出来よう・・・・・彼の全てはあまりにも大きく・・・・・そして重かった。
それはとうの昔に味わったもの・・・・・とうの昔に得た絶望。


だから振り向けない・・・・・・・でも・・・・・




「ねえ、巽・・・・」
不意に発せられた声に、室内の空気が揺らいだ。
「はい?」
動揺を悟られないように返事をする。
「・・・・・・今年は飾らないんだね、笹・・・・」
去年はきれいだったねえ、と付け加えると座っていた椅子が軋む音がする。
「今年は忙しかったですからね・・・・今もみんな出払っていますし・・・・」
とってつけた理由のようだと思う。
でも事実、亘理も、若葉達も仕事で留守だ。唯一課室で残された彼のパートナーはとっくの前に図書館へと行ってしまった。
「そっかあ・・・・・残念だねえ」
そう言うとまた窓の外に目を向けた気配がした。



・・・・・・



・・・・・・



互いの沈黙は雄弁だ。
いまだに自分と繋がり続けたいと願う彼と
同じ思いでありながらその一歩が踏み出せない自分。
一言・・・・たった一言が言えれば、どんなにか楽だろうに・・・・・。
けれどそれは互いの苦しみの始まりでもある、今彼が掴む手は自分ではないのだ。
もう・・・・・・・二度とあんな想いはしたくない。

例えどんなに彼を求めていようとも・・・・・・



「そろそろ3時ですね・・・・」
そう言うと立ち上がった。
「うん?」
と見上げた彼と目が合う。
変わらない美しい色、そして底の見えない色・・・・・愛しい色。

「何がいいですか?」
心の中で波立つものを感じながらも、冷静にあくまでも冷静に話す。
「・・・・・・紅茶」
挑むような、誘うような目をそらさないままに彼が答えた。

今手を伸ばせば重ねられるだろうその手。
そして触れてしまえば、もう二度と自分は離せなくなる。
柔らかい髪も、しなやかな身体も、熱い吐息も何も変わってはいないのだろう・・・・・。
それは確かなこと。
けれどそれは傷つき、ぼろぼろになり血を流しても、けして癒されないあの関係をきっとまた繰り返す・・・・・約束された未来。


「・・・・わかりました」
そう答えて、視線を振り切ると・・・・視界の隅で少し笑ったような泣いたような彼の顔が見えた。


・・・・・・そして私は自分の心に幕を下ろした・・・。






このカップの中が茶色で満たされる頃には
きっとまた普通の時間がやってくる。
それが私たちの決まり事・・・・・・。
誰も理解してくれなくても構わない、これは自分が選んだ道だ。
自分を守るための。
そして彼を守るための。



囚われた心で

囚われた視線で



あなたを見つめることだけが私に許された唯一のことなのだ、と見えない鎖で自分を縛る。



今はせめて・・・・・晴れた夜が来ますようにと・・・・
溢れるほどの星が彼の頭上で瞬くようにと願いながら。



2003・7・7 
M・Hinase