花とあなたと・・・

チーン!
焼き上がりを知らせる音と同時に甘い匂いがキッチンに広がる。
テーブルで新聞を読んでいた巽はその音に顔を上げ、そして時計を見た。
朝10時。
春らしい穏やかな休日の朝だった。





多忙だった昨日までの疲れが出たのか、巽にしては珍しく目覚めたのが8時過ぎ。
隣で頭までシーツの中に潜り込み、すやすやと眠り続けている人を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、身支度をして朝食の準備を始めた。

どうせ今からの時間では昼食とほぼ同じになるだろう・・・・いつもよりも少し多めにパンを用意する。
添えるジャムは特製の手作りのストロベリージャムだ。

『これすごく美味しいよね!』

そう言われて以来、欠かしたことのない一品。
何でも美味しそうに食べる顔を思い浮かべながら棚から瓶を取り、そしてカップと一緒にテーブルの上に並べた。

・・・・もう少し寝かせてやりますか・・・・

起こしに行こうとした足を止める。
昨日は自分に付き合って随分遅くまで残業をしていた。
時々大きく首が揺れながら・・・それでも睡魔と戦いながら必死に書き上げている様子は見ていて飽きなかった・・・と思い出し笑いをする。
その努力だけでも認めてやろうと、マフィンくらいつけてやろうかと思い直した。






・・・・それでも・・・・
と、巽は新聞を折りたたみ立ち上がる。
いくら休日でも昼間で寝かせるのはあまり好ましくない。
やれやれ・・・と、エプロンを外しながらキッチンを出ると、窓辺に座り込んでいる都筑を見つけた。


「都筑さん?」
いつの間に起きたのだろう・・・・と思いながら声をかけると、
「おはよう!」
と振り返る。
「・・・・何しているんですか?」
「ん? ほらこれだよ。」
と顔を元に戻す。
巽は背中越しにベランダを見ると、綺麗な色に染まったチューリップの鉢があった。
「ね、今朝咲いたんだよ、これ!」
「ついこの前まで緑で蕾も堅そうだったのに・・・」
「昨日はバタバタして見られなかったからね〜気になっていたんだ」
「毎日見に来てましたからね・・・・お疲れ様です」
「だって芽が出てからはいつ咲くか楽しみだったんだもん!」
鉢を抱えて笑う都筑に巽もつられて笑った。




そう、毎日だった。
巽は2,3ヶ月前の出来事を思い出す。
まだ季節が冬の時、大きな鉢を持って都筑はやってきた。
どうしたのかと思えば、自分の所じゃ日当たりが悪いから、此処のベランダにこの鉢を置かして欲しいと言われて。
置くのは構わないが仕事で充分な世話は出来ません・・・と答えると、自分がするからいいよと返されて・・・・・結局このために合い鍵まで作ることになってしまった。
今となってしまえばそれはそれでお互いのために良かったのだと思うのだが。

芽が出るまでは2,3日に一度だった通いが、芽が出だしてからは本当に毎日やってきた。
雨の日も風の日も・・・・仕事で遅くなった時も・・・出張に出なければならない時だけは巽に頼んで、戻ってくると直行でやってきて。
ある日なんてドアを開けるなり、挨拶も無しにベランダへ一目散に駆け寄られたことも・・・。
・・・・その熱心さが少しでも仕事に向けば・・・・・
と、何度も思ったものだ。




「巽? どうしたの?」
声をかけられ我に返る。
「いえ・・・手をかければそれに応えてくれるものですね・・・としみじみ思っていたんですよ」
目の前に咲く数本の花はどれも美しくて・・・・。
「うん、本当に植物は正直だよね」

巽は都筑のにっこり笑う横顔と花を見比べる。
本当は少しだけ・・・少しだけ・・・花に嫉妬している自分がいたことをこの人は知っているのだろうか・・・・いや、たぶん思いつきもしないだろう。
その欲して止まない愛情を無償で手に入れられる花たちが羨ましくて・・・・・こんな気持ちを抱いていることはけして知られたくはないけれど。
それでもこんな感情はどうしても生まれてしまう。



「・・・・ねえ、巽・・・・」
抱えていた鉢をそっと置きながら都筑が呟いた。
「はい?」
「・・・・・ううん、いいや」
少しだけ微笑んで、ちらっと巽を見る。
「都筑さん・・・」
巽は溜息をつく。
「言いかけて止めるなんて失礼でしょう? 気になるからしないようにってあれほど・・・」
「でも・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・はい。・・・えっとね・・・・その・・・・俺、巽に世話ばっかりかけているでしょ、いっぱい。ちゃんとそれに応えているかな・・・・って思ったんだ、この花たちのように」
思いもかけない言葉に巽は黙り込む。
「俺、こんなんだから気づかないところで巽に負担一杯かけていると思うんだ・・・わざとじゃないけど・・・・でも巽は文句言いながらもちゃんと面倒見てくれて・・・・沢山感謝している。でもそれをちゃんと表せているか・・・・って思ったら・・・・」
つい俯いてしまう。

「・・・・・・・何を言い出すかと思えば」
2度目の大きな溜息をつく。
「え? だって・・・・」
「そうですね・・・・・完全に・・・・と言えば語弊があるかもしれませんね」
巽は身体ごと都筑の方へ座り直す。
「でも・・・・・今あなたは此処にいてくれる。私の側に・・・・そうでしょう?」
うん、と都筑が頷く。
「今はそれで充分です。長い間遠回りをしましたから・・・・ね。」
それは・・・・きっと自分自身への言葉。
焦らずに焦らずに歩んでいきたい・・・・。

そっと都筑の髪に触れる。都筑が目を細めた。
「それに・・・・・あなたをちゃんと躾るのも私の仕事ですから」
その言葉に、都筑は目を瞬く。
「躾・・・・なんかペットみたい」
くすっ、っと巽が笑う。
「あー、俺真面目な話してんだよ!」
ぷうっと頬を膨らませる様は子供のようだ。
「私だって真面目ですよ。・・・・さてもうお昼近くなってしまいましたね、ブランチはいかがですか?」
そう言って立ち上がる。上から見下ろす花と都筑のコントラストに微笑んだ。
都筑の面倒を見ることが自分を何処か支えている。
その事を最近は実感している。
勿論そんなことは何があっても口にはしないけれど・・・・。


くんくんと都筑が鼻をならす。
「・・・あ、良い匂い! マフィン焼いたの?」
「ええ」
「やったー!」

・・・おやおや、本当に食い気は全てに勝りますね・・・

少々呆れたように首を振りながら、キッチンへ戻ろうとする巽のズボンの裾を都筑が引っ張った。
「?」
「忘れてる・・・・」
「え?」
少しの間ふたりは見つめ合う。妙な間が白々しい。
「巽の意地悪・・・」
「あなたには特別なんですよ」
そして巽はもう一度都筑の横へと膝をついた。
頬に手を添えると嬉しそうにする顔に額からそっとキスを落とす。
これは最近の都筑のお気に入りだ。
泊まった朝、目覚めたら必ずしている行為。

額、瞼の上、鼻そして・・・・・唇に・・・・順番に与えられるくちづけは何よりも甘く感じて。
「おはよう・・・・・巽」
耳元でそっと囁く。
「思いっきり遅い挨拶ですね」
優しく返しながら、もう一度・・・・・。

・・・・・ほら、こうやって、あなたは応えてくれる・・・・だから・・・・

腕の中にすっぽりと身体を包み込みながら、巽は都筑の唇を味わった。
この幸福がいつまでもいつまでも続くようにと・・・。


そんなふたりを見ているのは風に揺れるチューリップだけ・・・・・・・。
テーブルの上では甘い香りがふたりを待っていた。



2003・4・11
M・Hinase

久しぶりに花ネタかな?
穏やかな時間を書いてみました・・・・・ふたりにはこんな風に日々過ごして欲しいなあ〜と思っているのですが・・・・。
一応アンケートのお礼SSですが、この所更新が遅くなってしまった事へのお詫び、そしてそれでも来てくださっている方への感謝込めています。

いつも本当にありがとうございますv
これからもよろしくお願いします。     日生 舞