花が香る道

「あれ・・・?」
大きな紙袋を抱えた都筑はふと立ち止まった。
周りを見渡す。

やわらかな心地よい風に運ばれてくる香りに花を探す。
・・・・あった!・・・・
都筑が立っている所から少し離れた家の庭に橙色の花々。
「秋だな・・・」
そっと呟く。
雑事に追われている間に、すっかり季節は秋色になっているようだった。


「どうしたんですか?」
先を歩いていた巽が戻ってくる。
てっきり後ろをついてきていると思っていた都筑が、振り向けばずっと後ろの角に佇んでいて・・・・。
「あ、ねえ、ほら・・・・・・・分かる?」

戻ってきた巽を見て都筑が嬉しそうに微笑む。
「あ・・・・金木犀ですか。」
少しの風にでも、その強い香りで存在を示す花。
「うん、あそこ。」
荷物で両手が塞がっている都筑は顔を花の方に向けた。
「ああ、本当に・・・。」
鮮やかな色が緑に映える。
何となく・・・・ふたりして言葉を交わさないまま花を眺めた。




あれはいつの頃だろう・・・・・。
ふたりでこの強い香りの中、花を見つめたことがあった。
仕事が終わった後、どうにも浮上できない気持ちを抱え都筑は俯きながら歩き、巽はそんな都筑を気遣って・・・・の帰り道。
さーっと吹いた風にやはりこの香りがのってきて・・・・。
ふたりで同時に顔を上げ見つけたのが金木犀だった。
その綺麗な色が逆に悲しみを増すようで、都筑は涙に滲んだ花を見つめていた。
そんな都筑に巽はかける言葉もなくその姿を見ないように花を見つめ・・・。


遠い・・・・遠い・・・・昔・・・・・忘れるくらいの小さな出来事。





「銀木犀・・・」
ふたり同時に呟く。
途端顔を見合わせて・・・・ぷっと吹き出した。
どうやらふたりとも同じことを思い出していたようだ。


あの後、急に巽が
『銀木犀があるのを知っていますか?』
と、話し出した・・・・
『金木犀よりも香りはやわらかいんですよ。』
とか
『白い花をつける』
とか・・・・。
花が好きな都筑は突然始まった巽の話に目を見張りながらも、徐々にその花の話の方に気が向いて・・・・・。気がつけば心が少しだけ元気になっていた。
そんな会話・・・・もう忘れていた出来事。


「巽・・・・・ありがとう。」
笑いがおさまった頃、都筑が巽に向き直る。
「なんです?急に。」
「ううん、なんとなく・・・・。今日もご馳走になっちゃうし!」
・・・・あの時、お礼を言わなかったから・・・
えへへ、と腕の中の紙袋を揺らす。
「お鍋が食べたいとか言ってきかないからでしょう? 他のなら材料はあったのに・・・。」
溜息と同時に持っている紙袋を持ち直す。
「だってずいぶん冷え込んできたんだもん。やっぱりこれからはお鍋でしょう。」
「ま、誰かがいる時でないと鍋なんてしませんからね。」
やれやれ・・・と肩を竦める巽に都筑が微笑んだ。
「ね、密と亘理も呼ぼう? みんなでわいわい騒いでさ。」
お酒も用意して・・・・都筑の言葉に、巽も頷く。
「そうですね・・・・。」
みんなで楽しく秋の夜長を過ごすのも悪くない。



こうやって微笑みあう時間が何よりも大切だ。
あの時があったから、今があると思うのは勝手だろうか・・・・。
涙を流した夜と心を痛めた日々を越えてきたからこそ今、こうやって穏やかに時を過ごせると・・・。
長い時を経て変わる物もある。
そして・・・・きっと変わらない物もある。


「さ、帰りましょう。準備が大変ですから。」
「あ、待って!」
歩き出した巽の横に慌てて都筑も寄り添う。
金木犀の香りで思い出した。
それは遠い場面。
ふたりの心がまだお互いに届いていない頃・・・・。
それを自分だけでなく巽も思い出したということが、都筑はとっても嬉しかった。
少しずつだけど確実に変わったふたりが今、此処にいる。
変わらない花の香りで感じた・・・・・・変わったもの。





・・・・巽・・・・
・・・・はい?・・・・
・・・・空が高くなったね・・・・
・・・・秋ですからね・・・・





・・・・都筑さん・・・・
・・・・ん?・・・・
・・・・ありがとうございます・・・・
・・・・・・・・・・・・・





秋の香りが舞う道、ふたりの姿は小さくなっていった・・・・・。

Copyright(C)2002 日生 舞 All rights reserved


★心からの感謝を込めて・・・・皆様にこのSSを贈ります。
『ありがとうございます』
BY  日生 舞