残暑

「あ、巽! 見て花火だ!」
その声に巽は顔を上げた。
遠く少し離れた河川敷で上げられている打ち上げ花火がちょうど木々の間から見える。
「本当に・・・」
「綺麗だねえ〜。」
次々と上げられる花火に都筑が目を細める。
少しだけ花火に照らされるその横顔を、巽は愛おしそうに見つめる。
勿論、都筑には気づかれないように・・・。



一泊だけの近場の旅行。
ようやく取ることの出来た休日に巽は都筑を誘って、老舗の旅館を訪れた。伝統があるにも関わらず、けして華美ではないその造りにふたりして感嘆しながらも、慣れない食事に都筑は目を丸くして、巽はその様子に微笑んだ。

そして食事の後、月が見たいな・・・と言った都筑の言葉に旅館の庭へと出てきたのだった。



「もう夜は過ごしやすくなったね!」
浴衣姿の都筑がすうっと息を吸い込む。
「この前まであんなに暑かったのにね。」
まるで子供のように浴衣の袖を振り回す様が可愛くて、巽はまた微笑んでしまう。



「もう夏が終わるんだね・・・。」
ひとしきり騒いだ都筑はふと立ち止まって、振り向いて・・・少し小さな声で呟いて・・・・・空を見上げる。
巽も側に行って・・・・・空を見上げた。
そしてまたふたりは黙った。
いくつもの華が夜空に咲いていた。






昔は・・・・沈黙が来ることが怖かった。
都筑の闇に怯え、引きずられることが多かったあの頃。
今でも・・・・まったく無いとは言えない。


けれども今ならふたりで歩んでいけるのではないかと巽は思う。
歩んでいかなければならないと・・・。
この人をけして悲しませないために。
この人の笑顔を見続けるために。




やがて花火が終わって・・・・静けさが戻ってきた。
団扇を口元に持っていき、ふうっと溜息をつく都筑の声が聞こえた。
「戻りましょうか・・・・」
月明かりの中で巽はそっと肩を引き寄せる。
「うん。」
小さく頷く都筑が身体を寄せてきた。





・・・・・ふたりの下駄の音が小さくなり、虫の声だけが庭を包んでいた。




◆残暑お見舞い申し上げます◆
日生 舞