蛍
「あ、ほら、見て! あそこにもいる!」 ・・・と都筑は、暗い道を走り出す。 「待ちなさい!こけますよ!」慌てて後を追った。 まったく・・・子供ですね、いつも思いますが・・・ 川辺にしゃがみ込んでいる都筑の後でふう〜とため息をつきながらあたりを見渡す。 遠くに夜店が並んでいるのが見える。 蛍をよく見るために人混みを避けた川辺の所に来ていた。周りにはほとんど人はいない。 あとで、ねだられるのでしょうねえ・・・きっと・・・。 「ね、巽。これ行かない?」 「何です?」 忙しくモニターに向かって手を動かしていた巽は 報告書を出しに来たであろう都筑の声に振り向いた。 差し出した情報誌を都筑が指さした。 「ここ見てよ。今夜蛍祭りがあるんだって。綺麗だよね、きっと。」 「・・・今夜ですか?」あまりに急な誘いについ無愛想な言い方になる。 「そう、場所見たらさ結構田舎なんだけど、たまにはこういう所行きたいし。」 「蛍は綺麗な水の所でしか育ちませんからね。・・・でも今夜というのは・・・」 巽はあまり気乗りがしない、という風に言った。 「えっ!? 何かあるの? 行けない? やっぱり急すぎたかなあ・・・でもさっき俺も 見つけたんだよね〜。」 そっか・・・と残念そうに俯く彼を巽は見つめた。 「報告書、見せてください、都筑さん。」 「え? ああごめん、忘れてた。」 えへへ・・・と笑う都筑から報告書を受け取ると 「これの出来次第ですね。」 「出来次第?」都筑は目を見開いて、少し意地悪そうに笑う巽を見る。 「ええ、これが上手く書けているようでしたら、行きましょう。今から見ますので、そこで待っていてください。」とソファを指した。 「それって無理って事じゃん・・・・」 がっくり項垂れ、ソファに沈み込んだ都筑から巽は手元の書類に目を移した。 待たされて読まれている報告書は見る見るうちに付箋だらけになっていく・・・ それでも・・・もしかしたらと、少しだけの期待を込めていた都筑は巽が2枚目をめくるところから 手元を見るのをやめた。やっぱり・・・・だめじゃん。 はあっとため息をついて外を見る。 そこには季節に関係なく咲く桜の花びらが舞っている。 ぼんやりとそれを眺めながら、・・・いっそ一人で行こうか・・・と都筑は思った。 密を誘おうにもここのところの湿気の多さでちょっとまいっているようだし 何よりも彼は人混みが苦手だ。いくら田舎の蛍祭りとはいえ祭りなのだ、人出はある程度あるだろう。 無理につき合わすことも出来ない。 その点、巽は大丈夫だし、少々うるさく言われることを我慢すれば、夜店で何かおごってもらえるかもしれない。 そんな少々打算的な思いもあって、声をかけたけど・・・露骨に嫌な顔をされたような気がする・・・・ それにやっぱり、二人で蛍を見たいと思ったし・・・・でもなあ・・・ ちょっぴり悲しい気持ちになってくる。 声なんかかけずに最初から一人で行こうと思えば良かったと考え始めた時、声をかけられた。 「お待たせしました。」 見るとさっきよりもっと訂正箇所が増えていた。 付箋だらけで元の書類の形がよく分からなくなっている。 さすがに情けなくなる。 やっぱ、一人で行こう! そう思い、返される報告書を受け取る。 「これじゃあ、到底無理だね。ごめんね、もういいから・・・」なんか声が小さくなる。 出ていこうとした背中に声がかけられた。 「待ちなさい、都筑さん。おつきあいしますよ。」 「えっ!?」 なんで? こんなにいっぱいのやり直しがあるのに・・・ 訳が分からない、と首を傾げる都筑に巽はふっと笑った。 「訂正は多いですが、まあいつもよりかは誤字脱字が少ないようですしね。 あなたにしてはいい方でしょう。」 「えっ?これでいい方なの?嘘!マジで?」 俺ってそんなの普段ひどいんだ・・・今さらながらに落ち込む。 そんな都筑を見ながら 「始まりは8時ですね、7時頃迎えに行きますよ。」と巽は告げた。 闇にふわりふわりと飛ぶ光を見ながら 巽は昼間のことを思い出した。 今夜することはあった、でもせっかくの都筑からの誘いだ、 断る気など毛頭なかったのだが、急な誘いをすんなり受け入れるのは なにか気恥ずかしかったし、嬉しいと素直に出せない自分がいた。 だからちょっと意地悪をして、もってまわった言い方をして いつもと変わらない報告書をいつもよりはいいと言った。 何でもないやりとりに必要以上に構えて素直になれない自分がいる・・・・ 格好ばかりを気にして、この人を時には傷付けているのかもしれない・・・ そう思うと、自分というものがたまらなくなる。 淡い光を見つめながら、巽は少し唇をかんだ。 「やっぱ浴衣が良かったかな?」 下から声がして巽はハッと我に返る。 「・・・まだ早いでしょう? もっと暑くならないと浴衣は着れませんよ。」 「んーでも雰囲気でないよね。」 「すぐに暑くなりますよ。そしたら着る機会は増えるでしょう?」 巽はさっきまでの考えを押しやるように都筑をからかった。 「それに雰囲気といっても、あなたには夜店の光も気になるのでは?」と微笑んだ。 「えーっ、酷いよ、巽。俺だって情緒を楽しむってとこはあるんだから!今日は蛍祭り! 蛍の光を楽しまなくっちゃ、そうだろう?」むーっと頬をふくらませる。 「そうですよね、言い過ぎましたね。では風流な都筑さん、蛍の光を充分楽しんだらここから冥府に戻りましょう。」 どこにも寄らずに・・・巽はにっこり笑う。 「えっ!? どこにも寄らずに?」 それは・・・・蛍も大切だけど、やっぱり少しは夜店も寄りたいなあ・・・・ そんな声が聞こえてきそうな、都筑の慌てた目の動きに、巽は吹き出しそうになった。 「あ、これもうまそう! ああ、イカ焼きもいいなあ。巽!早く〜。」 立ち並ぶ夜店の間を行ったり来たりしている都筑は、振り返り巽を呼ぶ。 ・・・やれやれ、蛍の光のことはもう忘れているんじゃないでしょうねえ。 まったく食べ物のことになると・・・・ ちょっと離れて都筑を見失わないように歩いていた巽は少し速度を速めた。 案の定、なんやらかんやら買わされている。 都筑は両手にいっぱい食べ物を持って幸せそうに巽の横を歩いていた。 相変わらず目はまだ夜店を物色中である。 そんな彼を見ながらまた巽は自分の思考が後ろ向きになっていくのを感じていた。 都筑は可愛いと思うし、側にいたいとも思う。 でも、いまだに自分の感情に素直になれず、自分でもどうしていいか分からなくなる時がある。 守ってやりたい、傷付けたくないと思うのに、いつも反対のことをしているのではないか。 そう思うとたまらなくなった。 ・・・やっぱり来ない方が良かったのか・・・ 蛍の光なんて見ていたら考えがどんどん悪い方に流れていく。。 今夜は普段は考えないようにしていることが次から次へと沸いて来て、それは巽を苦しめた。 たこ焼きやらイカ焼きやらチョコバナナやら・・・・ 考えるだけで気持ちが悪くなりそうなぐらいいっぱい食べたあと 都筑は帰途についていた。 「あんた、よくそんなに食べられましたね。 気持ち悪くないですか?」 「大丈夫だよ、こういうのは別腹っていうじゃん。」 「・・・まったく蛍の光が一番って言いながら、結局夜店にも誘われたじゃないですか。」 「だって、せっかくだもん。それに巽、まっすぐ帰るなんて言い出すし。」 「蛍の光を見るのが蛍祭りって言ったのはあんたでしょ!」 「それはそうだけど・・・・・」都筑は不服だったが、口をつぐんだ。 家の近くの角が見えてきた。 ここで巽と都筑は別れ、それぞれの家へと帰ることになる。 ふと横を歩いていた都筑が立ち止まった。 「?」 「・・・・ねえ、巽・・・・なんか怒ってる?」 ずっと聞けなかった事を都筑は聞いてみた。今日夜会った時から感じていたこと。 「はい?」 「楽しくなかった? やっぱり誘ったのがいけなかったのかなあ。急なことだったし・・・。」 ごめん・・・・小さい声でつぶやいた都筑を見て慌てて言葉をつなぐ。 「怒ってなんかいませんよ。行くと決めたのは私ですし、何言ってるんです。」 「だって・・・・」 「だって・・・?」 「だってなんか巽、蛍見てる時も難しい顔してたし、夜店廻っている時も俺ばっかりはしゃいで・・・・それに・・・・それに、祭りに来てから俺と目を合わそうとしない!」 「都筑さん・・・・」 気づいていたのか・・・・いや、いつもこの人はそうだった・・・ とろいとかなんだかんだ言われながら、人の心の動きに敏感な人だ。 おそらく祭りの間中気にはなっていたのだろう。それなのにあんなに楽しそうに振る舞って・・・。 自分の心をもてあまし、どうにも出来なくなる自分よりよっぽど都筑の方が強いのではないか・・・巽は時々そう思う。 「・・・・すみません、正直なところ心から楽しんではいませんでした。」 「たつみ・・・・」自分から切り出したことなのに、こうやって本人の口から聞くと悲しくなった。 「でも、怒っていたのではないのです。・・・・反省です・・・・」 「反省って何?」声が震えてしまう、巽の姿がぼやける・・・。 「あなたに素直になれないことを・・・ね。あなたの幸せを望んでいながら私はその欠片さえもあなたに与えることはできない・・・そのことへの反省です。」 そういうと巽は辛そうに目を伏せた。 「与えてくれなくてもいいよ・・・・」 重苦しい沈黙を破ったのは、思いがけない言葉。巽は目を開いた。 俯き加減の都筑がいた。 「与えるとかそんなんじゃなくて・・・作っていこうよ、二人でさ・・・・小さい欠片から作っていこうよ。」 「都筑さん・・・」 「簡単じゃないことは分かっているけど、俺、巽となら出来ると思うんだ。一緒に・・・」 「私と・・・なら・・・ですか?」 「うん・・・」顔を上げる。 俺の目を見てよ!言葉にならない思いを巽にぶつける・・・・ 都筑は涙で濡れる目で巽を見つめた。 少し横を向いていた巽の目が、ゆっくりと都筑の方に向けられた。 「俺とじゃ・・・嫌?」 少し首を傾げた様に、巽の胸の中は愛しさでいっぱいになる。 「・・・都筑さん!」 ギュッと都筑を抱きしめる。 「巽・・・・」 好きだよ、言葉にしない思いを込めてそっと巽の首に手を回すと もっと力強く抱きしめられた。 心地よい力・・・何でもやれそうな、何があっても乗り越えられそうな・・・今なら何でも信じられるような気がした。 「・・・・たつみ・・・・」 もどかしい思いをぶつけるかのように何度も情熱を交わしあった後 眠い目をこすりながら都筑はつぶやいた。 「またどこかに行こうね・・・・」 うとうとする都筑の肩を抱き寄せ 「ええ、行きましょう。必ず・・・」 そっと耳元でささやく。 約束だよ・・・そう言って都筑は寝入ってしまった。 ・・・蛍祭りから、こんなことになるなんて・・・・ 巽は思わず苦笑した。都筑につられて珍しく自分の感情を吐露してしまった。 やっぱり蛍の光のせいかもしれない。 穏やかな寝息を立てている都筑の髪をそっと梳く。 きっとこれからもこの人を傷つける事があるのだろう。悲しいけれど・・・ でも、それでもお互いがしっかり相手を、そして自分を見つめていれば 一緒に歩いていける・・・歩いていきたい。 何一つ確かなものはないはずなのに、今はそれが信じられる・・・不思議だ。 巽もそっと目を閉じた・・・愛しい人と同じ夢を見るために、そしてこの思いが消えないように、 この腕の中の人を見失うことのないように・・・・ 目を閉じた瞳の奥で、小さな光を見たような・・・そんな気がした・・・。 |
2001・6・25
M・Hinase
| ★季節的にはどうなんでしょうか? ほんの少し前に近場で「蛍祭り」があったので、それを元にしてみました。 ちょっぴり(ほんのちょっぴり何ですが、しかも本人は無自覚)計算をしている都筑さんがいるようないないような・・・・感じですね。 |