雛の里



遠くに聞こえる子供達の歓声に目を細める。
可愛い着物姿の女の子がはしゃぐのを少し離れた所で見ていた。

都筑は目を周囲の山々に移す。
所々に緑に混じる山桜が綺麗だ。目を閉じて深呼吸をする。
新鮮な空気が体の中を通り抜けていくようだ。
そしてまた子供達へと目を戻した。
もうすぐ始まるのだろうか・・・・。



・・・いましたね。
色とりどりの着物を身につけた子供達の集団から少し離れた所に見慣れた黒のコート姿を見つけ、巽は安堵の息を漏らす。
さて・・・・どうしたもんでしょうか。
背中を向けた都筑の表情が見えないため、巽は少し考え込む。
そして・・・・彼の元へと足を進めた。



4月15日月曜日。
朝礼の時には珍しくいた都筑が始業1時間にして姿を消した。
仕事をさぼるのは珍しくないが、巽は何となく先週の彼の様子が引っかかっていた。
だからすぐに庁内を探し回ったのだが、何処にもいなくて・・・。
地上に出ていったのかも・・・と思いついた時には昼近くだった。
都筑の様子のおかしさに気づいていたのか心配する密を宥めて巽は一人やってきたのだ。




巽は静かに近づくと都筑の後ろ頭を指で突っついた。
「イテッ!」
軽く前のめりになった都筑は慌てて振り向き、背後ににっこり微笑む巽を見て息をのんだ。
「た、巽?!」
「平日のしかも週の初めの月曜日から、良いご身分ですねえ?」
休みの申請は出ていましたか?っと言葉を繋げる。
「な、なんで此処に?・・・・俺誰にも・・・」
頭をさすりながら聞いてくる都筑に息を吐く。
「机の上の雑誌、あるページだけが何回もめくられていてクセがついていましたからね。
それに先週旧暦の事ばかり聞いていたでしょう?だからピンときたんですよ。」
「・・・さすが」
ぼそっと呟く都筑を一瞥して、巽も子供達の方へと目を向けた。
「流し雛・・・ですか。」
「うん・・・」
都筑もその方向を見つめた。





「まだ水は冷たいね。」
川原にしゃがみ込み川の水に手をつけながら都筑が言う。
巽は傍らまで足を進め都筑を見下ろした。
心配をしたほど、気持ちの落ち込みはないようだ・・・。
手にしていた雑誌から都筑の目的が『流し雛』を見に行ったのだと思いついたときから心配していた。

子供が健康に育つようにわらで作った入れ物に紙で作った雛をのせ、川に流す。
子供にかかる穢れを払う行事。
旧暦の3月3日に行われるという。
自分のことを「穢れ」のように思っている都筑がこの行事を気にしていると知って、慌てて後を追った。
密を同行させなかったのは、もしもの時都筑に同調してしまうと・・・と思ったのだが。
思いの外穏やかな顔つきをしている都筑に、巽は気づかれないように溜息をついた。
心の中ではどう思っているかは分からないが、とりあえずは何とか大丈夫そうだ。
本当は早く都筑をつれて戻らないと・・・と思うのだが、何となく佇んでしまった。


「あっ!」
都筑のあげた声に巽は顔を上げる。
「始まったね。」
そうですね、と相づちをしながら上流から流される雛を見つめる。
次から次から幼子達が川へと雛を放す。
ゆっくりと目の前の川を流れていく雛を目で追う。
二人とも何も話さなかった。

いくつもの雛が流れていくのを見送る。
ゆらゆらと揺れながら下流へと向かう。
二人はただただその様子を見つめていた。

「おにいちゃん!」
突然呼びかけられた声に都筑が振り向くと、赤い花柄の着物を身につけた女の子が立っていた。
「これ、あげる!」
「えっ?」
都筑に差し出したものはわらの上に乗った雛。
「はい!」
元気のいい声に思わず手を出して、受け取ってしまう。
「あ、でも君のは・・・」
「私のはもう終わったの。これはおにいちゃんにあげる。」
にっこり笑う顔につられて微笑んだ。
巽を見上げる・・・そして頷いた。
「・・・ありがとう。」
そっと手の上の雛を撫でる。
えへへと、少女は笑って駆け出す。
その姿を見送る二人は離れたところにいる少女の母親に頭を下げた。





一連の行事が終わったのか、人々が散っていく。
そんな中二人はまだ川原に立っていた。
「良かったですね、やりたかったんでしょう?」
その言葉に都筑が照れくさそうに笑った。
「うん・・・・じゃあ、流そうかな・・・」
「頭が良くなるよう・・・いえ、書類をためないよう、願掛けしましたか?」
「・・・たつみ〜これ、願い事をするものじゃあないだろう。」
「同じですよ。子供が健康に育つように・・・と願う行事ですからね。
特にあなたの場合は健康よりも何よりもそれです。」
「ひどい・・・」
「ほらっ、早くしなさい!日が暮れるでしょう。」
「わ、わかったよう。」
都筑は身を乗り出す。
わらを水につける。



・・・・・叶いはしないけれど、それでも願わずにはいられない。
少しでも少しでもこの身に降り積もる汚れが消えないかと・・・・


都筑は目を瞑り息を吸う。


・・・・いつの日かこの身も流れていけるように・・・


そして手を離した。
夕暮れが近くなった空の元、雛は流れていった。





「・・・・・帰りましょうか。」
ずっと雛の流れた方を見続ける都筑に巽が声をかける。
「・・・うん。」
振り向いた都筑の前に、すっと巽が手を差し出した。
「巽・・・・?」
「今日は特別です。」
都筑はくすっと笑って巽の左手に自分の右手を絡ませる。
それだけ、たったそれだけで気持ちが落ち着いた、不思議な感覚だ。

「・・・・巽、ごめんね今日は。」
「もういいですよ。」
「ありがとう・・・・・。」
都筑はそっと身体を寄せた。温かい巽の体温が伝わってきた。



夕闇の迫る中、川原を歩く二人の足音だけが響いていた。

2002・4・26
M・Hinase

★ずっと棚上げしていた雛の話です。いい加減季節はずれなんですけどね。でもどうしても書いておきたかったのです。
当初はもっと真っ暗な都筑を考えていたのですが、すこし落ち着いた都筑になりましたね。
でも心に抱えるものは同じと言うことで・・・・。
私の考える都筑さんでもあります・・・v