花景色

「やっぱりあの色がいいな」
ベランダに面する窓に座り込んで都筑は呟いた。
少し早く帰った夕方。
目の前には色とりどりの花が咲くプランター。
その一角に目を遣っては、もう同じセリフを何度も呟いていた。
「でもなあ・・・・」
巽のことを思い浮かべる・・・。
また今日もこれと言った解決策もないままにがっくりと肩をおとしていた。



下宿しているアパートの前の土地が手狭になったきた都筑は、植物の栽培場所を探し、交換条件の元、巽の家のベランダの内、一つを借りることになった。
巽のマンションは都筑の所とは比べ物にならないくらい広く南と東に広めのベランダ設置されており、日当たりも風通しも良い。何かを育てるにはもってこいなのだ。でも仕事に多忙な巽が何かを育てるということも特にせず、広いスペースがそのままになっていた。
もちろん何事にもそつのない巽がただ貸すだけのことするわけもなく・・・・話し合いの末、都筑は野菜も作ることも伝え、ちゃんとその分け前を巽に差し出すことで場所代とさせてもらうことに決めた。そのための夏野菜の苗もばっちり植えている、今年の夏はトマトやキューリ、ピーマンを収穫することが出来るだろう。
実際野菜とは別に、もう葉が使えるハーブ類は料理に使われているようだ。
都筑は一昨日見たよりも少し背が低くなったバジルを見て微笑んだ。
(なんだかんだ言っても巽も嫌いじゃないんだよね〜)
最初の取り決めの通り、世話は都筑が通ってきてやっているのだが、出張等で長期間留守の間は巽がその代わりをしていた。
もちろん戻ってきたら、毎回、
『あれが大変でした』
とか
『あそこはこうしたらどうです?』
とか文句混じりで報告してくれて、少しだけ恩着せがましく
『ちゃんとしましたからね!』
と付け加えられるのだが。
それでもきっと嫌いではないのだろうな、と思う。
心でどんなに面倒くさいと思っていても、手を出さずにはいられない・・・・きっと巽はそんなところを持っていると思った。
「つくづく巽は世話焼きさんだよね・・・・」
風にそよぐマーガレットにそっと話しかける。
花が頷くように揺れるのを目を細めてみていた。




「ただいま帰りました」
離れたところから声をかけられて、慌てて都筑が振り向くと、買い物を途中でしてきたのかスーパーの袋を2つも下げた巽が立っていた。
「お帰り! すごい荷物だね〜」
立ち上がって近づく。
「ちょっと特売日でしたからね」
そう言いながら、玉子や牛乳、そして数々の食材を取り出しては冷蔵庫に収めていく。
「・・・・特売日って・・・・巽、主婦みたい・・・・」
「同じ物が安い時に買う、これは生活する上で必須ですよ! 男も女も関係ないでしょう?」
「うん・・・・まあ、そうだけど・・・・」
定価でそのまま買ってしまう誰かさんとは違います、というセリフが聞こえてきそうで都筑は口をつぐんだ。
「本当は朝1番でも行きたいぐらいだったのですが、流石にそれは・・・ね」
残念そうに言う様子に神妙に頷く。
「うん、それは幾ら何でも・・・。あ、俺、今日は直帰で良かったんだろう?」
「ええ、それは構いませんよ。仕事の方は大丈夫でしたか?」
「うん、仕事はね。でも・・・・今回行っている間天気の変動が激しくて、密が少し身体崩したみたい・・・・」
「黒崎君が? それで大丈夫なんですか?」
「うん。家まで送っていったから、ちょっと熱が出ているみたいだけど・・・」
「そうですか。それじゃあ、食事が困るかもしれませんね」
そう言いながら巽は買ってきた食材を見渡す。
「何か・・・・それでも食べやすいものを作って後で届けましょうか」
「そうだね、俺も心配だし。本当は何か作ってやろうかなと思ったんだけど、断られたし・・・・花も気になったし・・・」
そう言いながら都筑はベランダに目をやる。
「ありがとう、ちゃんと世話してくれたんだ」
「もう花が咲いていますからね、水をやることしかしていませんよ」
ガサガサと袋から残りの物を出しながら、少し照れたように巽が言った。
「でも・・・・ありがとう」
都筑は振り向かずに言う。こういうときは面と向かって言わない方がいい、それは長い時を重ねた相手だから分かる小さな事だった。
そしてまたベランダへと近づく。
自然にさっきまで見ていた場所を見てしまう。
(別にないならないでもいいんだけど・・・・・思いついちゃうと気になっちゃうよね・・・・)
全体のバランスをつい考えて。
(あの色が綺麗だったなあ〜)
同じような花で同じような色があったけど、あのお店のあの花が一番綺麗で・・・・店先で思わず立ちつくして見てしまった。
(あんまり数がなかったし・・・・もう売り切れちゃっているかもしれないけどね)
カレンダーをちらっと見てため息をつく。
それに何より自分の庭ならともかく、巽のベランダにそれを植えるのも・・・・と迷ってしまう都筑だった。



「はい、これ」
「え?」
視界に突然飛び込んできた淡くもなく濃い過ぎることもない美しいピンクの塊。
「え?」
顔をひいて目の前に出された物を受け取った。
「巽・・・これ・・・」
「欲しかったんでしょう?」
小さな黒いポットに入った20cmもない小さな苗が2つ。
幾重にも重なった花びらがとても綺麗だった。
「これ・・・・・」
「おや、これが何かわかりませんか?」
驚いて、口を開けば同じ言葉を繰り返す都筑に巽は少し微笑む。
「え?・・・・でもなんで・・・」
巽には話していない。
欲しいなんて言わなかった。
言っちゃいけないと思った
今目の前にある花は確かに欲しいと思った花で欲しいと思った色だけど・・・。
「寝言です」
「え?」
思いもかけない言葉に都筑は目を瞬かせた。
「あの・・・・それって・・・」
「あなたが出張に行く前に此処に泊まったでしょう? その晩に寝言で呟いていたんですよ」
「へ?」
寝言・・・?
「ピンクのカーネーションって」
「嘘・・・・」
「こんな事で嘘ついてどうなるんですか。言っておきますが一度じゃないですからね、もう煩いくらいだったんですから!」
まいった・・・・という表情でため息をつく巽に都筑はただ花と巽を交互に見つめることしかできない。あんなに気にして、あんなに考えているつもりだったのに、よりよって寝言で言うなんて・・・・ちょっと自分でも想像のつかなかった展開についていけない。
「あ、あの・・・」
「欲しかったんでしょう、それ。違うんですか?」
苗を持ったままの都筑に巽は首をかしげた。
「あ、ううん、これ、これだけど・・・・! でもどうして? ピンクのカーネーションなんていっぱいあるのになんで・・・・」
「あなたがよく立ち寄っていたからですよ」
「へ?」
「買い物途中で何度かあの店の前に立っているあなたを見かけましたから・・・・」
「巽・・・俺の後つけてたの?」
「都筑さん・・・・・人の話をちゃんと聞きなさい。私が買い物途中であなたを見かけたんです! わかります? 偶然ですよ、偶然」
「じゃあ、話しかけてくれれば良いのに・・・」
「私にも私のスケジュールっていうのがあるんですよ。うっかり話しかけたら全部崩れるじゃないですか」
「わっ、なんかそれって・・・・」
なんかすごい言われような気がするが・・・・それでもそんなに気にならないのはどうしてだろう。
「・・・・・・ありがとう、巽。これ欲しかったから・・・」
「高い物ではないのだから、そんなに思い詰めなくても・・・・」
「あ、うん・・・・それはそうなんだけど・・・」
気にしたのは値段じゃない・・・・でも・・・・。
花の苗を見つめて目が泳いでいる都筑を巽は見つめた。
そして・・・・・小さく息をついた。



「さ、黒崎君に食べさせるものを作らなくては・・・」
少しの沈黙の後、巽が口を開く。
「あなたはどうしますか? それ植えちゃいますか?」
「え? ああ、今日はこのままで・・・・明日の朝にでも植え替えるよ・・・・・でもいいの?」
・・・・いいの?
もう一度心の中で問いかける。
「それは構いませんよ、私は花のことはよく分からないですから」
「じゃあ・・・・・そうするね」
そう言って、都筑はそっと花の苗をプランターの横に置いた。
可憐な色が風になびいた・・・・。



「巽・・・・」
「はい?」
「いいのかな・・・・」
どうしても気になって・・・・。
「これ植えてもいいのかな・・・・」
ちゃんと聞けなくて、それでもこのまま植えてしまうことは少し怖くて。
「・・・・・・綺麗な色じゃないですか」
ふわっと後ろから頭に手を置かれる。
「そこにこの色が入ると、もっと映えますね。素敵な場所ですよ」
「・・・・・ホントにそう思ってくれる?」
「はい」
「・・・・・・」
2人して花を見つめる。


言えない、聞けない想いが互いの間にはまだあるけれど、今は信じても良いのかもしれない。
その言葉を信じて・・・・。
ぽんぽんと軽く頭を叩かれることで
「大丈夫ですから・・・・」
と言ってくれているようで・・・・。
「巽が良いのなら、嬉しいよ」
都筑が微笑んだ。
巽の手の温かさが伝わってくる。
「ありがとう・・・・・巽」
「いえ・・・・」
そっとおとされたぬくもりに都筑は目を瞑った。




花が揺れる。
優しく・・・・・
5月の爽やかな風が2人を包みこむ。
・・・・・・もう、いいのだと囁きながら・・・・・・

2003・5・9
M・Hinase

・・・・・・わかりにくいでしょうか?(オロオロ;;)一応母の日ネタなんですけど・・・・・はぅ;;
わかりにくいですよね・・・・(^^;)。
いや、巽は何か思うことはあるんじゃないかなあ〜とか思ってね、この日。
そんなこんなでこんな話を書いちゃったわけです、ええ。それだけなんです・・・・・。
失礼しました・・・・・ぽりぽり(^^ゞ。

願わくば・・・・このまま2人が密のことを忘れなければいいなあ〜とか?(爆)