扉を開けるとひんやりとした空気が身体を包む。
都筑は思わず目を瞑り冷えた空気の感触を味わった。いつもは寒く感じる冬の空気もお酒と人の熱気に火照った体には気持ちがいい。
後ろ手で静かに扉を閉めると奥の方から漏れてきていた音は消え静かになった。
「ふう〜」
都筑が甲板を歩きながら蝶ネクタイを取る・・・・首に冷たい風が触る。
少しだけ酔いの入った体を休めようとしばらく歩くと遠くに見える街の光が見渡せる場所に来た。
手すりに腕をのせ都筑はその光を眺める。



船員も含めてのパーティはとても賑やかで人気のない甲板には会場から漏れる僅かな光と波の音しかなかった。
「こんな所にいたんですか。」
邑輝は月明かりに照らされる姿を見つけ声をかけた。
ゆっくりと都筑が振り返り、邑輝を見るなりくすっと笑った。
「いつまでたっても戻ってこないから探しましたよ。」
再び海の方へと顔を向けた都筑の横に立つ。
「パーティー・・・・・いいのか?」
「かまわないでしょう、一通りの義理は通しましたから。」
その言葉に都筑が笑う。
「何かおまえの口から義理なんて言う言葉聞くのって妙な感じ。」
「これでも一応医者としてやってますからね。人脈は大切にしておかないと。特に今日のような財界の方々とはね。」
「確かにすごい面々だよな・・・・世界が違って見えたよ。」
ふう、と都筑は息を吐いて目を細める。
「・・・・疲れましたか?」
「少しね。料理は美味しいけど。」
「でも貴方は評判でしたよ。K財閥のお嬢様とワルツを踊ったでしょう? とても優雅な身のこなしをされるので、私は貴方のことを聞かれて大変でした・・・・『あの青年は誰かね』とね。」
「ああ、あれね。俺がワインのお代わりをもらおうとしたら声かけて来たんだ。まあ踊るのは嫌いじゃないしね。彼女も上手かったし。」
久しぶりに踊ったよ、と都筑が前を向く。
「私も貴方があんなに綺麗に踊るとは思いませんでした。」
「そう?」
「ええ。」
なら今度踊ろうか?ふたりでさ・・・・、都筑が小さく呟いた。
月に照らされる横顔はとても儚げで・・・・・。
邑輝はそんな都筑を見て少し・・・・笑った。



月は出ているのに星が少ない夜。
空を見上げれば海とは違った暗さがそこに広がっていた。
「会場に戻りますか?」
「うーん、俺はいいや。もう部屋に戻っていい?。」
「それはかまいませんが。」
ちょっと冷えちゃったかな、と両腕をさする様子に邑輝が上着を脱いで都筑の肩にかけた。
「いいよ、おまえが寒いだろう? 俺、すぐ部屋に入るし。」
「私もお供しますから。」
「え?パーティーは?」
「あとはどうにでもなるでしょう。さ、行きましょう。」
そう言うと邑輝は都筑を引っ張るようにして船室へと足を向けた。





「今日は貴方をここに連れてこなければ良かったと思いました。」
邑輝は都筑の髪を手で梳きながらもう片方の手で頬を包み込む。
「・・・・何で?」
やっと息が整ってきた都筑が目を瞑ったまま問う。
先程の火照りとは違った熱に身体を任せながら髪を梳かれる心地よさに眠ってしまいそうになる。
程良いアルコールが身体をより刺激に敏感にさせていたのか、快感に翻弄されたあとの気怠さはいつもよりも強く感じた。
「皆が貴方のことを見つめるからですよ。」
「気のせいだよ・・・・それ。」
眠気と闘いながら都筑が答える。
邑輝は知らないのだろうか、会場に入った時にいっせいに向けられた羨望の眼差しを。
特に会場にいた多くの女性達の目は間違いなく邑輝を追っていたのだ。
それを見たくなくて、早々と彼の元を離れ料理を食べるのに専念していたというのに・・・・。
「本当です・・・・みんな貴方を見ていました。」
私のものなのに・・・・と言う邑輝の言葉に都筑は目を開ける。
いつの間にか顔のすぐ上に邑輝の顔があった。
「もしかして・・・・ヤキモチ?」
どう考えても邑輝の方が注目を浴びていたと思うのだが、反論するのも面倒くさくなって戯れ言につき合う気持ちになった。
「そうですね・・・・・あえていうならそういう感情かもしれませんね。」
「素直じゃないなあ・・・おまえって。」
「貴方もでしょう?」
ふっとふたりで目を合わせ笑い、そして都筑は邑輝の頭を引き寄せた。

重ねられた唇からは、また熱い息が漏れ出す。
与えられる快感に必死でついていく内に都筑は自分の中に再び熱を感じて背を反らした。
頭の上にある枕に手をかけて引き寄せ、次々とわき上がってくる波を受け流そうとする。


もう何度肌を合わせたことだろう。
あとどれくらい肌を合わせられるのだろう。
邑輝の熱を感じるたびに考えること・・・・。
”自分のもの”と言った邑輝の言葉が世間一般の恋人達の言うセリフと同じ事なのか、それとも違うのか、分からなくなってくる。
『愛している』とは言わない関係。
でも誰よりも近くに感じて、引き寄せあう関係。
不安定なバランスの上に成り立つ関係をどう名付ければいいのか都筑にも分からなかった。


「都筑さんっ・・・・」
より深く邑輝が入り込んでくるのを感じて都筑はもう何も考えられなくなった。
抱きしめられる力と熱さだけは確かに此処にある。
「あ、あっ・・・・む、らきっ・・・・!」
こんなにも求められ、求める相手・・・・・例えそれに愛という言葉が当てはまらなくてもかまわない。
今、願うことはこの一瞬だけでもお互いの瞳の中に相手しか存在しないように・・・・・と。



船窓から見える月を眺めながら都筑は邑輝の腕の中で眠りへと落ちていった。
明日になればまた別々の空間でお互いの時間を刻む。



いつの日か共に闇に落ちていくことを願いながら・・・・・・。

2002・1・11
M・Hinase

★甘いのか、シリアスなのか、よく分からないSSになってしまいました。今回も言わせたい言葉とシチュエーションがかみ合わず、泣く泣くセリフを切りました(苦笑)。ああ、新年最初の邑都がこれでは今年1年思いやられますね・・・・。一応豪華客船に乗っているお二人のつもりですが・・・・。
ああ、精進、精進!