秋霖





一昨日から降り始めた雨は強くもなく、
かと言って弱くもなく、しとしとと降り続いていた。
月に何日か勤務する総合病院での仕事を終え、邑輝は帰宅するために地下の駐車場へと向かっていた。
とその時、ふと何気なく目をやった窓の外に黒い影が中庭の病院の花壇の縁にあるのを見つけた。
「あれは・・・・」
見間違えるはずがない、あの人だ・・・・
邑輝は中庭へと続く階段を下りていった。




「酔狂で濡れるには少し雨が強いようですが・・・・」
頭上からかけられた声と同時に白いコートが頭にかけられる。
「・・・・・傘くらい使えよ・・・」
振り向きもせず答える都筑に、ふっと口元を緩ませる。
「こんな所でずぶ濡れになっている貴方に言われたくないですね。」
「・・・・」
邑輝の言葉を聞いているのか聞いていないのか都筑は
無表情のまま足元を見つめている。
いつからここにいるのだろう、コートもびっしょり濡れている。
前にも似たようなことがあったな・・・と邑輝は思いつく。

「・・・・都筑さん、貴方は濡れたいのかもしれませんが、私はごめんですよ。
・・・さあ車の方に行きましょう。」
そう言って都筑の肩に手をかけ立ち上がらせると、思いの外簡単に邑輝に身体を寄せてきた。邑輝は濡れて冷えたその身体を自分のコートの中に包み込むようにして歩き出した。




傾けたワイングラス越しに向かいに座る都筑の表情を見つめる。
都筑は相変わらずの無表情でグラスを見つめている。
あの場所から車に乗せ、行く先を逡巡したが自宅よりもホテルの方がリラックスできるかと思い都筑を連れてきた。
その間何も話そうとしない彼をシャワーで体を温めるように促し、バスルームから出る頃を見計らってルームサービスまで用意した。
・・・・至れり尽くせり・・・ですね・・・
自分らしからぬ世話の焼きように自嘲の笑いを浮かべる。
「今日はお酒が進みませんか?」
声をかける。
するとやや俯き加減だった顔をこちらに向けた。
「別に。」
そう一言気怠そうに答えて、グラスを一気に傾ける。
結構な値段のワインなのだから味わって飲めばいいものを・・・・と
邑輝は次々とグラスへと流し込まれるワインを飲み干す都筑を面白そうに眺めた。

3,4杯飲んで気が済んだのか、ようやく都筑の動きが止まる。
「なんで何も聞かないんだ?」
「何がです?」
間を置かず聞き返すと、ちょっとムッとしたような表情をした。
「何って・・・・どうしてあそこにいたか・・・・とか、何があったのか・・・とか・・・・」
ふっと邑輝は笑う。
「な、なんだよ!」
「聞いて欲しいのですか?・・・・お仕事だったのでしょう? また人間の命を刈り取って行ったのでしょう?」
「・・・っ」
さっと傷ついた色が目に宿る。
その目を見つめながら邑輝は言葉を続けた。
「また人を殺したと泣いていたのでしょう?貴方は。・・・・ああやって雨に打たれて、罰でも受けているつもりになって、それで自分を慰めていたのでしょう?」
「邑輝っ!」
「違いますか?」
思わず立ち上がった都筑をまっすぐ見つめる。
「貴方はいつだってそうなんですよ・・・・自分一人が全ての悲しみを請け負っているように振る舞う。」
「違う!俺は、そんなっ・・・・」
「そうなんですよ、貴方は。」
邑輝は立ち上がって窓際に立つ。
ガラスに映る立ちつくした都筑をじっと見つめる。
自分の放った言葉に都筑が傷ついていくのは心地良さを感じる。
綺麗事を言い続ける彼に現実を突きつけるのは快感だ。
その美しい紫の瞳が悲しみの色に覆われれば覆われるほど自分もまた彼から離れられなくなる・・・・それが彼と自分の関係。


すとんっと都筑が椅子に腰を下ろす。
何を思っているのか椅子の背に身体を預け目を瞑っている。
その様子をしばらく見守っていた邑輝は持っていたグラスにワインを注ぐと
都筑の側に立った。

一口ワインを含むと都筑の顎を掴む。
「えっ?」
突然のことにはっと目を開けた都筑に邑輝は口づけた。
「んっ・・・」
口移しに与えられたワインは温かい液体となり口の中に流れ込む。
飲みきれない液体は都筑の口から喉、そして胸へと赤い線を刻んでいった。
互いの呼吸を吸い尽くすように、舌が相手を求め絡み合う。

「はぁ・・・」
少しだけ離した唇に都筑の吐息がかかる。
「俺にはおまえがわからないよ・・・・」
目を瞑ったまま呟くように都筑は言った。
「そうですか?・・・ならもっと私をお教えしましょうか・・・・」
邑輝は都筑を抱き上げると真っ白いシーツの上にゆっくりと落とした。
潤んだ瞳で手を伸ばしてくる都筑の上に覆い被さる。

おずおずと首に回される腕に口づけながら都筑の耳にそっと囁く。
「愛しています・・・・」と。
呪文のように繰り返し繰り返しその言葉を与える。
都筑がそれに縛りつけられるように
絡みとられ動けなくなるように・・・・。



窓の外では雨が降り続いていた。
腕の中で静かに寝息を立てる都筑の肩をそっと抱き寄せる。
そう愛している、誰よりも。

だから貴方を傷付け、壊すのは私だけでいい。
私だけを感じ、私だけを見ればいい。
貴方の願いを叶えるのは私以外に誰も存在しないのだから・・・。
「誰にも渡しはしませんよ・・・」
大切な大切な、愛しい人・・・・・・。

2001・9・17
M・Hinase

★ふっ・・・・何を書きたかったのか、不明です。ただ無性に邑都が書きたいと思ったもので、つい。
お目汚しになったのではないでしょうか・・・・?ちなみに秋霖とは秋の長雨のことを言います。