恋縛




まだ夜も明けきらない時間。
1台の車が広い川岸の側に静かに止まった。
助手席から聞こえる安らかな寝息を聞きながら邑輝は煙草に火をつける。
窓を開けるとひんやりとした空気が入ってきた。
持ってきたコートを身体にかけてやり、髪をそっとなでる。
・・・まだ少し時間がありますからね、寝かせてあげましょう・・・
昨夜は少々無理をさせてしまったから・・・。



ふと目が覚める。
「ん・・・?」
車の中だ。ぼんやりした頭で考える、何故ベッドではなく車の中にいるのか・・・。
・・・・昨日は見せたいものがあるとか言われて呼び出されて、ホテルで食事をしたよなあ。
でその後部屋に行って・・・いつものように・・・っと、そこまで考えてガバッと起きあがる。
生々しい感覚がよみがえってきそうで、ぶんぶん頭を振った。
時計を見ると4時半だ。
そうだ、ぐっすり眠っていた自分を無理矢理起こして
『いい物をお見せしますよ』とか言われて車に乗せられたんだっけ。
運転席を見るとそこに彼の姿はなかった。


「おい、邑輝一体こんなとこまで連れてきていったい・・・・わああ・・・」
あとは言葉にならない。
車の外に立っていた彼を見つけ駆け寄る都筑の目は大きく見開かれる。
「なに!? これ・・・・すごいねえ・・・霧かな?」
「川霧ですよ。この時期早朝に見られるんです。」
目の前の大きな川いっぱいに霧がかかっていて、そこはまるで雲が降りてきたようだった。
まだ明け切らないこの時間では白と言うより、少し灰色がかっているのだが。
「見せたいものってこれだったんだ。」
「ええ、あなたはこんな風景が好きだと思いまして・・・どうですか?」
「うん、すごいよ、俺初めて見たもん。」
ちょっと近くまで行ってみよう・・・と都筑が土手を駆け下りていった。


目前の景色は神秘的で、儚くて・・・。
少しだけ出てきた太陽の光に、ほんのりオレンジ色に輝いている。
そんな霧の中を出たり入ったりしている都筑を見ながら、
どうしてこれを彼に見せたかったのか、考えていた。
彼がこういうものが好きだろうとは思っていた。
綺麗な星空や空に架かる虹や全てを染める夕焼けに過剰なまでに反応し
邑輝に同意を求める事が常だったから。
今まで自分はそんなものに心を止めたことが無かった・・・だから気づきもしなかったし、
どうでもいいと思っていた・・・。
先日通りかかったこの道で偶然見たこの風景、見た瞬間すぐに都筑を思い出していた。
見せてあげたい・・・ごく自然にそう思えた自分に驚いた。
「・・・らしくありませんね・・・」小さなため息。
都筑を絡めて動けないようにして側におきたいと思っていたのに、
気がつけば自分が彼に染められていく。
「毒されているのは、私かもしれません。」


「気が済みましたか?」
さんざん霧の中を駆け回って戻ってきた都筑に声をかける。
見れば、服も、髪もしっとり濡れている。
「うん、ありがと。こんな綺麗なもの見られるなんて思わなかった、うれしいよ。」
にっこり笑った顔が、朝日に照らされる。
「では、戻りましょう。シャワーを浴びて服も着替えないと。」
そう言って運転席に乗り込もうとした邑輝の腕を都筑がすっと掴んだ。
「・・・?」
邑輝の首に手を回し胸に顔を押しつけて都筑は囁いた。
「・・・邑輝・・・・今度は一緒に霧の中に入ろう・・・」
一瞬見開いた目を、すぐに細めた。
「・・・・・そうですね、あなたとなら何処にでも行きましょう・・・・一緒に・・・。」
小さく頷く都筑を抱きしめる。・・・・目を閉じた。
そう、何処へでも、あなたが望むなら・・・・。


川霧はもう消えていた・・・・。



2001・7・19
M・Hinase

★何故、なんかそこはかとなく暗い話になるのか・・・・この甘いドクターはドクターなのか・・・・読んでいて疑問の多い作品とは思いますが、これで一連の「川」シリーズ完了。またいつか書けるといいな、今度は密あたりで。ちなみに川霧は今の時期ではないです。6月始まり頃見かけたものです。