Memory
静寂。 この風景を一言で表すならこの言葉が一番適当のような気がする。 もうあれから何日経ったのだろう。 遠い・・・・遠い昔のような・・・。 都筑は両手を見つめていた。 覚えているのは炎に包まれた鳥が目の前に現れたこと。 そして誰かが自分を呼んだこと。 目と耳に残るのは真っ赤な色と懐かしい声、ただそれだけ・・・。 自分の中の何かが警告を鳴らす。 でも何も覚えていない、何も出来ない。 頭の奥の方で自分を呼ぶ声が聞こえる・・・あれは誰だろう・・・。 ぼんやりと窓辺に佇む都筑の姿を邑輝が見つめる。 「都筑さん。」 呼びかけられふと我に返った都筑は後ろを振り返る。 「あ、お帰り。」 ドアの所に立つ白い影。 思いにふけっているうちに日が暮れていた、部屋の中が薄暗くなっていることに今気づいたようだ。 「また、湖を見ていたのですか?」 上着を椅子にかけながら邑輝は窓際に佇む都筑の元へと足を進めた。 「うん。」 近寄ってくる邑輝に淡く微笑みながら、再び外へと目を向ける。 さっきまでキラキラと輝いていた湖も陽の落ちた今では薄暗い色へと変化していた。 「気に入りましたか?」 横に立ち邑輝も外を眺める。湖の向こうに見える森の緑がどんどんと濃くなっていく。 その問いに都筑は首をかしげた。 「・・・・・別に・・・気に入ったってわけじゃないけど・・・」 ゆっくりと言葉を繋ぐ都筑を急かすことなく、邑輝は黙っていた。 「・・・なんていうか・・・・・なんか・・・思い出せそうな気がするんだ・・・・・それだけ。」 今日もダメだったけどね、と小さく呟く。 「焦ることはありません、あなたは病人なのですから・・・。」 そう言うと邑輝は都筑の肩に手をかける。 「下で食事の用意が出来ているそうですよ、さ、冷めないうちに。」 軽く押すように扉へと促すと都筑は頷く。 自分は着替えてから下りると都筑を先に行かせて、邑輝はソファに座り込んだ。 大きく息を吐く・・・・・もう何日目だろう、そして後何日だろう・・・・。 紅く燃える鳥・・・・・そして声・・・・・。 都筑が目覚めてから最初に言った言葉。 目を開いた都筑は記憶を失っていた。 自分が誰であるのかも、何があったのかも、そして邑輝のことも。 最初に呟いた言葉、それは朱雀のことだろう。 声は・・・・そう、彼を大切に想うあの者達の。 都筑が自我を失い暴走し、自分の手に堕ちた。 羽のように軽く感じた彼の身体を抱き上げ冥府の者を見下ろした時から 自分の中の時間が止まったような気がする。 やがて追っ手がかかるだろう。 ここもそう長くはいられないのかもしれない。 全てはこのために、都筑を手に入れ長年の望みであった計画を実行するために生きてきた。 そして・・・その時はやってきた。 全ては静かに終わるはずだった。 しかし・・・・ 邑輝は立ち上がり窓へと目を向ける。 別荘から漏れる灯りがうっすらと湖を照らしていた。 邑輝は知っていた。 都筑が昼間の湖よりも夜の湖を多く見つめていることに、あの暗く何も映さない湖面に自分の闇を見つめていることに。 それが無意識の行動だとしても、自分の中の何かに気づいていることだろう。 全てを失った今でも都筑は都筑なのだ。 いや、だからこそ都筑なのかもしれない。 「ご馳走様。」 食事が終わると手をちゃんと合わせる。 都筑はワインの入ったグラスを手にした。 「ねえ、また明日も仕事?」 少し寂しそうに聞こえるのは気のせいだろうか。 「いえ、少し休みをとりました。しばらくはこちらでゆっくりしますよ。」 「本当!?」 嬉しそうに笑う都筑の顔に先程の影はない。 「ええ。」 「じゃあ、じゃあ俺、散歩に出たい!」 子供のように身を乗り出す都筑に邑輝は微笑んだ。 今の彼にとって自分はどんな存在なのか。 そして・・・・。 「いいですよ。」 何処かあてでも?と邑輝が問えば、 「窓から見えるところ全部!・・・・湖にも行ってみたいし、森の方にも。小さな動物とかいるかな?」 目を大きく見開いて都筑が答える。 「ええ、たぶん。」 そう言いながら、何をしているのか・・・・という声が聞こえてくるようだった。 食事が終われば風呂に・・・・そして寝室へ。 都筑は記憶を失ってからは邑輝の指示のままに生活をしている。 以前からやっていたことだと言えば、素直にそれに従っていた。 時々何かを感じるのか小首をかしげて考え込んでいるが、特に変化はない。 結界によって遮断された世界で、限られた者の接触しかないこの生活を都筑がどう捉えているのかは邑輝にも分からない。 けれど今、確かに都筑は自分の手の中にある・・・・ 闇を見つめながら闇を怖がる都筑を子供のように同じベッドへ寝かせながら邑輝は既に寝息をたてている都筑を見つめた。 いつでも終わらせる事は出来るのに、何がそれを阻むのだろう。 こんなにも無防備な都筑を前に何を躊躇うことがあるのだろう・・・・。 残された時間は多くはないのに。 「俺・・・・邑輝のこと嫌いじゃない。」 数日前、食事の後に都筑が言った。 微笑みながら、少し照れたように発せられたその言葉に邑輝は戸惑う。 以前では絶対聞くことは出来なかった言葉。 間をおいて、ありがとうございます、としか言えなかった邑輝に都筑は花のように笑って。 「好き」だと言われたわけでもないのに、何故かその言葉以上のものを感じてしまい黙り込んだ。 「ん・・・」 小さく声を出して自分へと身を寄せてくる都筑をそっと抱き寄せる。 温かいぬくもりは自分のそれと何も変わらない。 こんなにも身近に他人のぬくもりを心地よいと感じたのは初めてかもしれない。 邑輝は都筑の額に口づけを落とす。 憎しみと同じ愛しさで・・・ 憎んで憎んで・・・・・誰よりも何よりも愛しい存在として。 どんなに抗っても、やがては幕が下りる。 邑輝は少しだけ腕に力を入れる。 下ろさなければならない。 すべてはこの手の中にあるのだから。 今は閉ざされたその美しく儚い瞳に魅せられたときから決まっていた筋書き、そして舞台の終焉はもうすぐ。 「愛しています・・・」 都筑の心には届かないだろうけど そして届く事もけして望みはしないけれど・・・・。 邑輝は目を瞑る。 このまま眠って、湖を包み込む闇の中に溶けてしまえれば、 この人と共に目覚めることなくずっと・・・ずっと・・・。 それだけが残された唯一の道ならば、迷うことなく選ぶだろう。 静けさだけが2人を包んでいった。 終わりは、もう其処に・・・・。 |
| ★えーもうおわかりかと思いますが・・・・ もし仮に邑輝が都筑さんを連れ去った後、すぐ計画を実行せずにいたら・・・という設定で書いております・・・・; で、都筑さんが中途半端に目覚めたら・・・って感じで(苦しい;)。 用意周到な邑輝に限ってこういう事はないですけどね、それはそれ、想像・・ということで。 書き表さないものを表現する・・・・まだまだ未熟です。 |