甘い時間

「ねえ、まだあ〜?」

もう何回目かのその問いに、巽は溜息をついた。

「まだです! もう少し待っていてください!」

「えーっ!」

という声が聞こえてくる。

その声を背中で聞きながら巽はオーブンの中をのぞき込み、焼け具合を確かめた後、生クリームをかき混ぜる手を止める。

・・・・もう飽きたんですかねえ・・・まだ1時間しか経ってないのに・・・・

時計を見ながら再度溜息をつく。

ケーキ作りが気にならないようにと与えた仕事は本の整理。

その多くが巽の本だが最近家で仕事をすることも多く、資料になりそうな本を出してはしまわないまま積み上げていた。

それを他の物と一緒に片付けるように言っておいたのに、さっきから気になるのはこちらの事らしい。

あの調子じゃ大して片づいていませんね・・・

巽はふう、と息をつくと、もう一度オーブンを確かめて、都筑がいる部屋へと向かった。



「あんたねえ、そんなにこっちばかり気に・・・おや?」

開け放したままのドアから部屋に入って巽は足を止める。

「何?」

ぺたんと絨毯に座り込んだままベッドに頭を乗せた都筑が振り向く。

「・・・・もう片付けたんですか・・・?」

巽は部屋を見渡す。

あの山のように積み上げた本は綺麗に棚の中へ収まり、

バラバラにしてあった資料の紙もきちんとファイルされてあった。

「もうとっくの前に終わっちゃったよお。」

だから聞いているのに・・・・と都筑は頬を膨らます。

片付けるまでキッチンには入るなと巽にきつく言われ、片付けた後も一応聞いてみてから行こうと都筑は思っていた。

一緒に暮らすようになって大体のことは都筑に甘く接してきた巽だが、ことキッチンに関しては、完全に主導権を握っている。

以前それでも・・・と勝手に調理をしてこっぴどく怒られたことがあった。

美味しい食事が保証されるのならば、納得のいかないことでも仕方ないか・・・都筑はそう考えていたのだ。

「終わったなら終わったと言えばいいじゃないですか・・・。」

「言ったよ、俺。」

「聞いてませんよ。」

「もう、言ったてば!現に片づいてるだろう?」

どうだい!と言わんばかりに座ったまま見上げてくる都筑に巽は頭を撫でる。

調理に夢中で聞こえなかったかもしれないと巽は思い直した。

「はいはい、良くできました。」

「それだけ?」

ん?と巽が首をかしげれば、都筑が目を瞑って指を唇にあてる。

「ここにも欲しい。」

まったく仕方ないですね・・・と言いながらも肩に手を置いてそっと口づけを落とす。

「ん・・・・」

都筑が腕を廻してきたところを巽が押しとどめる。

「ほらっ、今途中なんですから、これ以上はダメですよ。」

「えーっ!」

触れただけで離れた唇に都筑は不満を漏らした。

「あんた、さっきからそればっかりですね・・・・。いいんですか?黒こげのケーキでも。」

「うっ、それは嫌かも・・・・。」

「なら大人しく待っていてください。まだもう少し時間がかかりますから。」

「俺も作りたいなあ〜。」

「ダメです。」

「だって・・・・せっかくのホワイトデーなのにつまんないもん。」

「そのホワイトデーのためにケーキを作ってるんですよ?」

うん・・・でも・・・と俯く都筑を巽は見下ろす。

「だって・・・朝からずっと巽はキッチンにこもっていて・・・・何か一人で部屋にいるのつまんないんだもん・・・」

「都筑さん・・・」

「ねえ、だめ?邪魔しないから、巽が作るの見ているだけでもいいから!」

巽は見上げてくる都筑の顔を見つめた。

都筑は寂しがり屋だ、それもかなり。そんなことは一緒に住む前から分かっていたのだが、どんなことでそれを感じるか・・・なんて暮らしてみるまで分からなかった。

以外に細かいところがあること、気が向けば仕事が早いことなど・・・。

今までも側にいたつもりだったが、知らない部分がまだまだあるのだと思い知らされることも度々。




くすっと巽が笑う。

「・・・・・分かりました。一緒に作りましょうか、ケーキ。」

座り込んでいる都筑の腕を引き上げて目の前に立たせる。

一緒に・・・という言葉を聞いた途端、都筑がパッと顔を輝かせた。

「いいの?俺見てるだけでもいいよ。」

「キッチンに入るなら手伝ってもらいますよ。ただ見はお断りです。その代わり出来上がってから見る楽しみがなくなりますけど・・・いいですか?」

「うんうん、それでもいい!」

巽と一緒にやれるのなら!

さっきまでの不機嫌さはどこへやら、よおしっ!とセーターをまくり上げながらキッチンへ向かう姿に巽は苦笑した。




「これ、もういいの?」

オーブンを覗き込んで都筑がたずねる。

「ええ、もう出してください。生クリームはもう用意していますから、冷ました後これを塗ってくださいね。」

はーい、と返事をしながらちょいと指ですくって味見をする。

「ねえ、もう少し砂糖入れても・・・」

「都筑さん、もう味は全部ととのえていますからね、何もしないように。砂糖ひとつまみも許しませんよ。」

飾り付けオンリーでお願いします、と言い渡された都筑はボールとへらを持たされる。

「分かりました〜」

返事をしてスポンジに塗り始める。徐々に白くなっていくケーキに自然に顔が綻んでいった。




「これでいい?」と顔を上げて聞こうとして都筑は言葉を止めた。

目の前に巽の背中があった。

いくつかの鍋を見ながらも手際よく動く巽の様子。同じように無駄なく動いていても職場で見るそれとはやはり少し違ってくる。

エプロンをして、服の袖をまくり上げて、包丁やおたまを持って・・・・きっと自分しか知らない巽の姿。

一緒に暮らしているんだなとか、今更だけど思う。

テーブルの脇あった椅子に座り頬杖をしながら、しばらく巽の後ろ姿を見つめた。



「何です?」

都筑の視線を感じて巽が振り向いた。

にっこり笑ったままの都筑に、巽はおたまを持ったまま腰に手をあてる。

「何さぼってるんですか。」

「うん?いやあ、なんか俺って幸せだなあとか思っちゃった。」

「・・・・都筑さん?」

「巽が格好良くってさ、うれしくなっちゃった。」

な、何言ってるんですか!と、都筑の言葉に慌てた様子に、えへへと都筑が笑う。

「こんな格好いい巽と一緒にいられるなんて・・・・幸せだよね。」

「都筑さん・・・」

まったく貴方という人は・・・・。

ふーっと息をつきながら巽が都筑に近づく。

側に立った巽と少しだけ見つめ合って・・・・・そして都筑が目を伏せた。





作りかけの料理と塗りかけのケーキ。

美味しい食事はまだまだ先。

それでも何よりも甘い時間をまずはお先に・・・。



Happy  White day!

二人だけのWhite day・・・・・。

2002・3・14
M・Hinase

★・・・・・甘いだけ、ただそれだけのSS。
オチもなければ、盛り上がりもないです。
ただただ二人がいちゃついている・・・・だけのSS。
バレンタインの反動ですね、今回のは。
何の筋もない甘いだけのSSもたまにはいいのではないかと・・・・。
(自分に言い訳;)
新婚家庭を覗いた・・・・とでも思って頂けると嬉しいです。
最後のところ、巽はきっとおたま持ったままです(爆)。