節分

「ちょっと・・・・亘理さん・・・・」
試験管に薬を入れようとしていた亘理は小さな声で呼びかけられた。
手を止めて辺りを見回す・・・・すると、研究室の戸口を少し開け、巽が顔を覗かしていた。
「・・・・・」
顔だけ部屋の中に入れて辺りをうかがう巽に亘理は訳が分からず、首を傾げる。
「・・・・・何?」
「あなた一人ですか、此処。」
「はあ?」
「都筑さん、来ていませんよね?」
「都筑?・・・・いや今日はまだ見てないけど・・・・なんや都筑探しとるんか。」
また仕事ほっぽり出して怠けとんかいな・・・、亘理は溜息をつく。
「何処にも隠しとらんからな、他のとこあたってくれるか? 俺忙しい。」
「本当にいないんですね。」
そう言いながらようやく身体を部屋の中に入れる。
「しつこい! よう見てみ、何処にもおらんわ!」
「ちょっと、声がでかいですよ!」
巽は慌てて自分の口の前に指を当てた。
「あんたの声、聞きつけたらどうするんです?」
「誰が・・・・・? っておい、巽!」

そして、廊下を左右見て・・・・・・ドアを閉めた。
「おい・・・・なんやねん。いったい・・・・」
一通り部屋を見て安心したのか巽は亘理の側までやってくる。
「・・・此処ならしばらくは大丈夫みたいですね。」
ふーっと息を吐いて、巽は外した眼鏡をハンカチでさっと拭いた。
「・・・・で、何があったんでしょうか、今度は?」
再び実験の手を再開させながら、亘理が聞く。
巽は眼鏡を再びかけた。





「たーつみ!」
朝、いつものごとく思いっきり開いたドアに巽は眉を顰めた。
「都筑さん! いつも言っているでしょう、入る時はノックを」
「まあまあ、そんなことより。」
そう言いながら都筑は包みを取り出した。
「ねえ、今日のお昼、これ食べようよ!」
「え?」
「昨日頑張って作ったんだよね。」
「あの・・・・・都筑さん?」
「結構難しかったけど。」
「あの・・・」
「ん?」
「何か作ったんですか?」
「うん!」
「・・・・・・」
にっこり笑う都筑の言葉に、巽の顔は引きつった。






「・・・・・・で、それを食べたくないから逃げているって訳か・・・・」
「逃げてるって・・・・私は別に・・・」
ごしょごしょ言っている声をあえて無視する。
「それで? あいつ何作ったん?」
「・・・・・知りませんよ。」
「はあ? なんやそれ。」
「あの人が包みを開ける前に部屋を出てきたんですよ、用事作って。」
「わ、酷い奴!」
「なら、あんた食べるんですか!」
見たら食べないと悪いでしょうが、と言う巽に溜息をつく。
「・・・・・でも作った物ぐらい確認してから・・・」
「だから見たら終わりでしょうが!・・・・・黒崎君が節分にちなんだものらしいとは教えてくれたんですが・・・・。」
「坊はなんで・・・」
「昨日黒崎君の所に押しかけてそこで作ったらしくって・・・・。」
「じゃあ、坊は物は見たんやな。」
「それが・・・・・」
「それが?」
「見たけど・・・・・よく分からなかったそうです。」
「え・・・」
見たけどよく分からない?・・・・それって何?
台所を使わせて貰った御礼とかいって、一個置いていたその物体を密はテーブルの上に置いたままにしていると言った話を巽が続けた。


その時!
遠くから廊下を走る音が聞こえてきた。
その音にガタッと、巽が立ち上がる。
「亘理さん! そこの陰にいますから、上手くかわしてくださいね!」
「あ? おいおい、影で何処へでも行けばいいやないか。」
「ダメです、あの人そういうのには敏感なんですよ!」
そう言いながら、巽は奥へ引っ込む。
「まったく忙しいっていうのに・・・・いつもいつも・・・」
亘理は首を振りつつ、溜息をついた。
バーンと、ドアが開く。都筑が包みを抱えて立っていた。
「あ、亘理! 巽、知らない?」
朝一度見たきりなんだよね、と部屋を見渡す。
「おまえ・・・・ノックぐらい・・・・」
「あ、ごめん、ごめん!」
手をひらひらさせながら、都筑が入ってきた。
「で、巽見なかった?」
「・・・・・いや。何か用なんか?」
「これ、せっかく作ったのに、いないんだよ〜お昼に食べようと思っていたのに。」
小さめのナプキンに包んだものを掲げる。
「それか?」
少し怖々と亘理は見つめる。
「うん!俺の自信作!」
「ほおお。」
「あ、少ししか作ってないから亘理にはないんだけど・・・。」
(そ、そうかあ・・・・じゃあ安心して・・・)
「いやいや気にせんでも・・・・で、何作ったんや?」
密が見て分からなかったもの、とてもとても興味がある。
「ああ、これ!」
へへーん、と自慢げに都筑が笑った。
「なんと太巻きパン!」
「・・・・・は?」
「は?じゃないよ、太巻きパン!」
「太巻きって・・・・寿司の?」
「うん。」
「・・・・・のパン?」
「うん!」
うん、って・・・・・亘理はへらっと笑う。
「それって・・・・・何?」
「だから〜太巻きをパンでくるんだんだよ!」
「・・・・・・・」
亘理は言葉を失う。
「分かんない? もう、しょうがないなあ〜。」
都筑は包みを開ける。
「特別だからね、巽には内緒だよ。見せてビックリさせるんだ!」
(もうビックリしていると思うけど・・・・・)
亘理は巽がいるであろう棚の方を見る。
「じゃーん! これが太巻きパンだよ!」
「どれどれ・・・・うっ。」
目の前に置かれた物から目が離せずに亘理は唸った。
(こ、これは・・・・)
そこにあるのは揚げパンのような、そうでないような・・・・・茶色い物体。
「都筑・・・・太巻きって言ったよな・・・」
「ああ、これじゃあ分かりにくいかな、仕方ない、ちょっと切るね。」
同じナプキンからナイフが出てくる様子に何も言えない。
(切るモン持ち歩いて巽探してるんか・・・・こいつ;)
亘理は遠い目をしてしまう。

「ほら、これで分かるだろう?」
端の方を少しだけ切って都筑が亘理に見せた。
切った途端に広がるこの目に染みるような匂いは何だろう・・・・・亘理は眼鏡を押さえてしまう。
それにこの断面に広がる緑色の物、中のご飯と交わって何とも言えないコントラストだ・・・・・何が巻かれているのか分からない(知りたくもない)、でも太巻きといいながらその具からははるかに遠い物になっていることは明らかだった。
「お店で見かけたのはね、パン屋さんだったんだけど、食パンのような物にね、色んな物を巻き込んでいたんだ。それも美味しそうだったんだけど・・・・やっぱりご飯も食べたいしね!」
「ああ、そうですか・・・・。おまえがアレンジをしたんやな。」
「そういうこと!」
ははは・・・・と亘理は笑う。
・・・・・・本当にこれがなければ・・・とつくづく思う。
・・・・・・巽、おまえの代わりは誰もできん・・・・。
だから・・・・諦め、巽。
うんうんと一人頷く亘理だった。。



亘理は包みをもう一度包み直している都筑の肩をポンと叩く。
「巽、きっと喜ぶわ。」
「ホント?」
「ああ、泣いてな。」
そして都筑の耳元で何事かを囁いた。
「え?・・・・ホントに?」
都筑の目がぱあっと輝く。部屋の隅の棚の方を見た。
「俺はちょっと出てくるからな。お茶でも淹れて、ゆっくりしいや。」
「ありがとう!」
「じゃ、そういうことで!」
亘理は手を挙げて、そそくさと部屋を出て行く。

ドアを後ろ手に閉める頃、
「巽、めーっけ!」
「ちょっと、なんです! 亘理さん!どういうことです!」
「巽〜逃げるの?」
・・・・・・・・・・・
とか言う声が聞こえたが・・・・・・。

「巽、頑張れよ。」
その一言を残して亘理は走っていった。
それも巽に課せられたものだ、乗り越えてもらうしかない。
今頃は可愛い笑顔と未知の物体を目の前にしながら、固まっていることだろう。
「ま、それも幸せっていうもんかもね。」

しばらくは鬼の秘書の姿を見ないかもしれない、そう思いながら・・・・。

2003・2・3
M・Hinase

お疲れ様でした;;  あまりにもしょうもない気が;
その一言しか。
こんなに長くなるとは思わなかった・・・・・小話にする予定だったのに・・・・・。
ところで太巻きパンは本当にありました。いえ、ちゃんとしたお店で見た物ですから、美味しそうでしたよv ソーセイジとかレタスとか巻き込んであって・・・・・で、それを見た都筑さんが自分にアレンジをしたら・・・・と思って書きました。しかし・・・・具に何入れたの?都筑さん・・・・・;