日常茶飯事


窓を開ける、ひやりとした空気が顔に触れた。
・・・思った程寒くないな・・・
近くにあった椅子を引きよせて、窓枠に肘をつく。
・・・積もらないかな・・・
次から次へと空から舞い降りてくるものはみるみるうちに世界を白く変えて・・・。
都筑は小さく溜息をつきながら外を眺めていた。



課長室からファイルを手に出てきた巽は、誰もいない部屋の窓辺でぼんやりしている都筑を見つけて眉を顰める。
机の上を見ると朝渡した書類がそのままで。
・・・ったく、この人は!・・・
巽は舌打ちをしファイルを持ち直すと大股で近づいていった。



バシッ!
大きな音が鳴り響く。
「いったあ〜」
ほぼ同時に発せられる声。
巽は頭を抱え込んでいる都筑を見下ろした。
「何すんだよ!」
痛さのあまり目に涙を浮かべて、都筑が見上げる。
「それはこっちのセリフですよ! 何さぼってるんですか!」
「ちょっと雪見てただけじゃん! それに・・・あー!」
都筑は巽のファイルを見て叫んだ。
「おい、こんな厚いので・・・・巽、酷い!」
頭を自分で撫でながら睨みつけてくる都筑を鼻で笑う。
「アンタみたいな石頭にはこれぐらいでちょうど良いんですよ。」
「かなり痛かったぞ! 凹んだらどうするんだよ!」
「ぎゃあぎゃあ煩いですね・・・ほら見せてご覧なさい・・・」
ぐっと都筑の頭を引きよせた。
「血・・・出てない?」
素直に巽の方に頭を向けて、都筑が尋ねる。
「・・・・」
パシッ! 
巽は軽く平手で同じ箇所を叩く。
「たーっ! な、何するんだよ!」
急に叩かれたことに驚いて都筑が後ろにのけぞった。
ひりひりする頭を抱え込む。
「いてぇ〜・・・信じられない・・・何すんだよ、ホントに。」
「傷ひとつ無いですよ、大袈裟な。」
「大袈裟? 大袈裟って言うのか、こんな厚いので叩いておきながら!」
「普段呆けていますからね・・・・・いわばショック療法です。」
「なっ・・・」
にっこり笑う巽に都筑は言葉を失う。
その間も頭はじんじんして・・・・。

「そんなことより、なにのんびり雪なんか見てるんですか、仕事をしなさい。仕事を。」
ぷっと頬を膨らませてまた都筑が外を見る。
どうせ雪だるまでも作りたいとか思っているのだろう。
そう思いつつ、巽は都筑の後ろ姿を見つめる。
「後でする・・・」
都筑が小さく拗ねたように答えた。
「後って? もう3時じゃないですか。残業でもするつもりですか?」
残業という言葉に、身体がぴくっと動く。
「残業はいやかも・・・」
「無駄に残って仕事をすることは許しませんよ。まあもっともあなたが残っても残業費は出ませんけど。」
「え?」
なんで? と都筑が振り向く。
残業なんてしたくもないが、だからといってその分の給料が出ないなんていうのは納得がいかない。
「おや? 言ってませんでしたか? 今年からそう決めたんです。」
「誰が?」
「課長と私が。」
嬉しそうに巽が微笑む。
「えええっ! そんなあ〜!」
「あなたに文句を言う権利はないですよ! 昼間に出来ることをやらないで、それを仕上げる為だけに残るような人に給料を出す程、うちは潤っていませんからね!」
「えー! でもなあ、それじゃあやる気っていうものが・・・・」







「あれ? 亘理さん、どうしたんですか?」
道場から戻ってきた密は、召喚課のドアを開けて寄りかかっている亘理に声をかける。
「入らないんですか?」
「よお、坊。」
身体はそのままに亘理が振り返る。
「?」
亘理の身体越しに密が中を覗いた・・・・そして顔を引っ込める。
「・・・・またですか・・・・」
「そう、またや。飽きんなあ・・・」
もう一回覗き込むと、さっきよりもっと顔を近づけて文句を言い合っているふたりが見えた。
文句が聞こえなければ、愛を語らっている恋人同士・・・といっても良いぐらいの距離。
密は再び顔を引っ込める。
「今日は何です?」
「う〜ん、残業の話をしとるようやけど。」
「残業?」
断片的に聞こえてくるのは、馬鹿とか・・・意地悪と言っている都筑の声だけだ。
「・・・・いつから此処にいるんですか?」
いかにも悪趣味と言いたげな目を向ける密に亘理は肩をすくめる。
「あ、誤解したらあかんで! 俺は都筑を見守っていただけよ。」
巽がいじめんように・・・、亘理がにっこり笑う。
「どうだか・・・」
密は小さく息を吐いた。


まったく、何がどうなろうと知ったことではないが、部屋の出入りさえ自由にならない状況はどうか・・・と思う。
それでなくてもこの職場はいろんな問題が多すぎだ。
何でも理由にして、すぐ仕事をさぼろうとする相棒にも困ったものだが、普段、いかにもそんなことには無縁です、興味がありません・・・といった振る舞いをしておきながら、いざ都筑とふたりっきりになると、妙な雰囲気を醸し出す巽にも問題有りだ。
きっかけは何でもいいらしい、何かにつけ都筑に文句をつけて、構って・・・・と端から見れば尋常じゃない接し方をしているようだ。
だから部屋に入る時は、他の職員は一度そっとドアを開けて中の様子をうかがってからでないと入れない。
いつだったか・・・一度何も知らない職員が思いっきりドアを開けてしまい、翌日から長い出張に出ていた事もあった。それが巽によるものかどうかは分からないが、それ以後部屋の出入りひとつにしても気を遣う羽目になってしまった。



「おっ!」
亘理が小さく声をあげた。
思いにふけっていた密は、いつの間にかあれだけ聞こえていたふたりの声が聞こえなくなったことに気づく。
目の前では亘理が身を乗り出して、中を覗き込もうとしていた。
「ちょ、ちょっと亘理さん!」
急いで白衣を引っ張る。
「な、なんやねん、坊!」
「何見てるんですか!」
あくまでも小さな声で囁く。
「だって滅多に見られないモンが、そこに・・・」
そしてまた覗き込もうとする。
「ダメですよ、亘理さんったら!」
「ええやん、減るモンやなし。」
「そういう問題じゃないです。」
ほらっと、密は白衣を引っ張り亘理をドアから引き剥がした。
「ああ、もったいない〜。」
「何がですか!」
亘理を睨みつけながら、密は素早くドアを閉める。
ちらっと見えた光景に・・・・脱力しそうになった。
一度、巽に言った方が良いのだろうか・・・・でも何て言えばいいのか・・・。







パタン・・・。
小さくドアの閉まる音に巽は目を向ける。
・・・やっと行きましたね・・・
胸に都筑の頭を抱きかかえたまま、小さく笑う。
あんなに大騒ぎして自分が気づかないと思っている所がなんとも。
良い所に密が来てくれて、邪魔者を追っ払ってくれた。
何も知らないのは、今腕の中にいる愛しい者だけ。
先程叩いた箇所をそっと撫でると、都筑の抱きつく力が強くなる。
それが心地よいと感じた。

「都筑さん・・・」
窓の外を見ながら巽が呟く。
「ん・・・?」
顔も上げずに返事をする都筑に巽が微笑んだ。
「積もるかも知れませんね・・・・雪。」
「・・・うん。・・・・・雪だるま作れるかな。」
そっと背中を撫でる。
「そうですね・・・・・出来るかも知れませんね。」
「じゃあ・・・・作ろう・・・・一緒に。」
「私もですか?」
「うん・・・・さっき叩いたお詫びをしてよ。」
「あれはアンタが悪いのでしょう・・・?」
「・・・・・でも痛かったもん。」
ぎゅっと結んだ口、うるうるとした瞳で下から見上げられると巽は何も言えなくなる。
たまに確信犯だと思う時もありはするのだが・・・。

「・・・・・わかりました・・・・」
巽が間をおいて答えると、うふふ・・・と嬉しそうに笑う都筑の声が聞こえて、
巽は空を仰ぎ見た。
今夜は大雪になりそうだ。
ふっと諦めたように笑って、あいている片手で窓を閉めた。

空からは止むことのない雪が降り続いていた・・・。


2003・1・10
M・Hinase

★・・・・バカップル?
聞くまでもないか(笑)。
・・・・・まあいつものふたりです・・・・2003年も温かく見守ってやってくださいませv
でも本当に他の職員には迷惑な話ですね;;