「みんなの願い」
「はい、これどうぞ。あ、あなたも・・・はい。」 7月に入ったばかりのある朝、朝礼が終わると同時に巽が職員に短冊を配った。 「はい、亘理さんもお願いしますね。」 目の前に出された短冊を受け取りながら亘理は髪をかき上げる。 「なんや、これ?」 説明もなく配り始めた巽に誰もが疑問を持ったのだが、問うてきたのは亘理が初めてだった。 他の職員が2人のやりとりを見守る。 「何って、短冊でしょう。」 見て分かるでしょうに・・・と巽が付け加える。 「そんな事は聞いてないやろ。これ、何に使うねん!」 呆れた顔で自分を見る巽にムッとしながらも文句を言う。 「もうすぐ七夕ですからね。」 最後に密に短冊を渡しながら巽が答えた。と同時に、あ、そうかという雰囲気が部屋全体に漂う。 密も渡された短冊を眺めている。 どうしても男所帯になりがちな召喚課だ。 いつも色んな事に気を配って手配してくれる若葉は少し前から出張に出たままで、あの賑やかな北海道組はまだこちらに戻ってきてはいない。 残された男ばかりの中で七夕が特別に意識される訳もなく・・・・。 ・・・唯一、あいつを除いては・・・ と、亘理はその男の机を見る。いつものごとくまだ出勤してきていない机は積み上げられた書類が傾いて倒れそうだった。 「いつからこんなことするようになったんや?」 前はなかったよなあ〜、と笑いながら巽を見る。 「別に・・・・あまりにも不景気続きですからねえ、少しぐらい願いをかけてみてもいいでしょう。」 「そりゃまあ、いいですけどね・・・。」 にやにやと笑いながら短冊を振る。 そんな亘理を睨みながら巽は職員の方を振り返った。 「とりあえず、1枚ずつですがまだ欲しい方は言ってください。今日の夕方までに出してください。課長もですよ、いいですね。」 明らかに興味なさそうにしていた課長に釘を刺しつつ、みんなを見渡す。 ふうっという溜息があちらこちらから聞こえてくるような感じがした。 それはそうだろう、みんないい年をした男だ。 何が悲しくて乙女のように願い事を短冊に書かなければならないのだ! ・・・でもそんなことを巽に言える職員はいなかった。 朝礼後、亘理は密の元へ近づいた。 「なあなあ、坊、何書く?」 「・・・・願い事っていっても・・・・」 考え込む密に亘理は囁く。 「なあ明らかにこれ、都筑用のイベントやな。こんなの喜ぶのあいつしかおらんし。」 「・・・・」 うん? 妙に考え込んでいる密に亘理が首を傾げた。いつもならそうですよね・・・と返事が返ってくるのにそれがない。 「どうかしたんか、坊?」 「・・・・七夕って他にも飾りあるんですよね。」 「あ? ああ、色々あるみたいやな・・・よう知らんけど。」 「それなら、都筑さんに聞いてみたらいいですよ。」 突然後ろから聞こえた声に亘理は飛び退く。 「な、なんや巽、いつからそこに!」 「あの人、今日飾り付け作りにかかりっきりになりますから。」 微笑んで密に話す巽は亘理がいないかのように話を続ける。 「何日か前からやってますが、なかなか進まないようで。手伝ってあげると喜びますよ。」 「はあ・・・。」 「おいっ、俺を無視するな! 仕事はいいんかい? 都筑にそんなことさせて。」 その言葉に巽が煩そうに眉を寄せる。 「最近デスクワークばっかりでしたからね、一日くらいいいですよ。」 その割には片づいていない都筑の机を見る亘理。 その視線に気がついたのか、 「これが終わったら、毎日残業ですけどね。」 と、巽が面倒くさそうに答える。 「あ、そうですか〜。」 ・・・・なにはともあれ、甘やかしやね・・・・ 再びあれやこれやと密に話す巽を横目で見ながら、短冊を目の前に持ち上げた。 「願い事か・・・・。」 「でね、これが吹流し! 色んな色を組み合わせると綺麗だよ。」 「で、これが巾着、金や銀の紙でつくるといいと思うよ。」 1時間以上の遅刻にもかかわらず、巽の小言もなかった都筑は活き活きと密に色紙を渡しながら飾り作りに一生懸命だ。 密も今日は素直に都筑の事を聞いているようで、それなりに楽しんでいるようだった。 「折り鶴も付けるのか?」 都筑が取り出した袋からどさっと出てきた折り鶴に密がたずねる。 「うん、結構数がいるから一番大変なんだけど、願い事っていったら千羽鶴でしょう。」 「ふ〜ん。これは? なんか名前あるのか?」 網のように穴の開いた飾りを持ち上げる。 「ああ、それはねえ、屑籠とかいうのだよ。でも他の呼び方もあるかも。それ、作りたい?」 「・・・ああ。」 じゃあ、これね、と大きめの色紙を都筑から受け取った。 今日ばかりは2人の机は工作道具だらけだった。 「あれぐらい、普段の仕事も頑張ってくれると良いのに・・・。」 溜息と共に巽が呟く。 「お前公認やからな、嬉しくて仕方ないんやろ。」 巽が持ってきた書類を受け取りながら亘理が2人の方を向いた。 「たまにはね・・・」 そう言いながらも巽の顔は穏やかで・・・。 「・・・・坊も楽しんでるようやし。」 「こういうことは都筑さんにまかせるのが一番ですよ、お祭り好きですから。」 若くして多くのものを切り捨てざるをえなかった少年に少しでも今を幸せに・・・それは巽も亘理も思うこと。 「そうやな・・・・変に器用やし、あいつ。」 ああだこうだと賑やかに飾りを作り続ける2人を見つめて亘理が微笑んだ。 夕方、どさっと音を立てて屋上に笹を立てる。 他の職員が出払った中、4人で手分けして此処まで運んできた。 そして・・・・七夕の準備が始まった。 「わあ、すごい! こんな大きな笹どうしたんだ?」 つやのいい葉を触りながら都筑が声をあげる。 「課長の所にあったんですよ。都筑さん、ちょっとそこ持っていてください。」 幹の所を固定しながら、巽が答える。 「で、飾りは出来たんか?」 「なんとかね、な、密!」 「紙触りすぎて、指紋がなくなりそうです俺。」 朝からずっと工作をしていた密が答える。 「密、上手なんだよ〜鶴も綺麗に折るしさ!」 「そりゃあ、黒崎君ですからね。あんた大雑把ですし。」 「あ、ひどい!」 「本当のことでしょうが。」 さっきは器用だとかいう自分の言葉に頷いていたのに、もう都筑をからかっている巽の様子に可笑しくなる。 「さてこんなもんでしょう、さあ、つけましょうか。」 都筑と密が作った物をそれぞれに手にとって飾り付ける。 「願い事はそろったんか?」 巽が持っている短冊を見て亘理が言った。 「出させました、・・・ったく、放っておくといつまでも集まりませんからね。」 「どれどれ・・・」 巽が付けていくそばから短冊に書かれた願い事を見ていく・・・・。 『休暇が欲しいです』 『もう少し・・・給料どうにかなりませんか』 『お土産代を上げて欲しいんじゃが・・・・無理だろうか』 「・・・・・・なんや、これ・・・。」 読み進めるにつれ亘理は言葉を失う。 「みんな、夢がありませんね〜。」 ・・・願い事っていうか、これ陳情のような気が・・・・ってなんで敬語なんや! 「星に願いやなくて、巽へのお願いかい・・・・。」 小さく嘆く。 「何か言いましたか?」 「いえいえ、何でもありません!」 はあ〜と溜息をつきながら、哀れさに涙が出そうになった。 「これで、全部ですかね。」 「わー、完成だ!」 色とりどりに綺麗に飾り付けられた笹をみんなで見上げた。 風に揺れる短冊。 「風流ですねえ〜、これこそ日本の七夕です!」 ぐっと拳を握る巽を遠い目で見つめてしまう亘理。 あの揺れる短冊の一つ一つに職員の切なる思いが込められているかと思うと風流とかそんなものは違う世界の事のように思える。 「ねえねえ、密は何書いたの? 密のどれ?」 「わ、馬鹿! 探さなくて良いんだよ!」 「えーけち! 巽は?」 「てっぺんに付けてますから。」 見ると笹の一番先に白い短冊がひらひらしていた。 「小さくて見えないよお〜、もうどうして見せてくれないのさ!」 「星が見てくれればいいんですよ、あんたに見て欲しい訳じゃないです。」 ・・・・此処の短冊の大半は巽に見て欲しいと思ってるに違いない・・・・ ぼんやりと笹を見つめる亘理は目の前の青い短冊に目がとまった。 『おやつは○○のケーキをお願いします』 「都筑・・・・おまえもかい・・・。」 書いてある言葉に目眩がしそうだ。 「じゃあ、亘理は?」 2人に見るのを拒まれた都筑が亘理に話を振ってきた。 「内緒。」 「なんだよ〜、亘理まで!」 「おまえなあ、もう少しなんかあるやろ、これ!」 「あーなんで俺って分るんだよ!」 「おまえしかおらんわ。」 「亘理のも見せろよ!」 「探せるもんならどうぞ〜。」 ぎゃーぎゃー騒ぐ都筑と亘理の横で密は笹を見上げていた。 自分の作った飾りが風に揺れる。 「たまにはいいでしょう?」 そっと巽が呟く。 「・・・・そうですね。」 楽しかったのは確かだ。 「巽さん。」 「はい?」 「願い事・・・・叶うといいですね。」 笹を見上げたまま呟く密の横顔がとても穏やかなことに巽は微笑んだ。 「叶えますよ・・・・必ず。」 その言葉に密は少しだけ微笑んだ。 強い風が吹いて・・・・・笹が音を立てて揺れていた。 |
2002・7・5
M・Hinase
| ★穏やかに流れる七夕の時間を書きたくて・・・。 特に巽密とか思って書いていませんからv ただ巽は本当に密のことは気にかけているのだろうな〜と思ったので。家族のように大切に・・・。お好きなカップリングで読めるのでは・・・とも思います。 巽や亘理、そして密、個々人のお願い事はみなさんの想像にお任せしますわ♪ そして都筑さんの願いがあれだけ(笑)ではないことも・・・。 みんなの願いが叶いますように・・・・・。 |