緑の海

「ふああ〜・・・・」
窓枠に肘をついて、都筑は大あくびをした。
気持ちのいい風が頬をなでる。
こんな日は、草むらに寝ころんで空を見上げて寝ていたい。
心の底からそう思いながら、またあくびをした。


「暇なんか?」
上から降りてきた声と同時に、頭に手を置かれた。
「あ、亘理、お帰り。早かったね、午後になるって聞いてたけど?」
「おう。早めに終わったからな。」
そう言いながら亘理も窓から外を見る。
「坊は?」
「密なら道場。朝から竹刀振ってる・・・・元気だよね〜。」
「巽は?」
「課長と一緒に今日は一日会議・・・・もうこっちはへ戻らないんじゃないかな。」
部屋を見渡してもほかの職員も出払っているようだ。
「・・・・で、おまえは暇してるって訳か。」
「そう・・・もう暇で、暇で。こんなにいい天気で、しかも世の中はGW。
なんで俺、ここで仕事してるんだろうなあって・・・・」
悲しくなっちゃうよ、とため息をつく。
『仕事、しとらんやないか・・・』と都筑の机の上の書類の山を振り返る。
おそらく一日留守にする秘書殿が今日のノルマとして残していった物だろうということは、容易に想像できた。
案の定、その1枚も出来上がってはいないようだが・・・。

「何処か行きたいなあ〜。」
都筑の声で亘理は顔を戻す。
「何処って?」
「ん?何処でもいいや・・・職場以外なら。」
そうつぶやいて都筑は再びあくびをする、もう何度目だろうか。
しばらく会話がとぎれる。

「都筑・・・ちょっと出てくるわ、俺?」
都筑が顔を上げると、亘理が少し笑って片目をつぶる。
「え? 今帰ってきたばかりじゃん・・・」
「ん・・・ちょっと、な。」
何かが都筑の心にひっかかった。
「俺も行く!」
勢いよ立ち上がった都筑に亘理は一歩下がる。
「えっ?」
「俺も連れて行ってよ。」
「おまえ仕事・・・」
「いいの、巽も今日は戻んないし!」
「でもな・・・」
「行くから!」
「・・・・・」
なにムキになってんだか・・・亘理は心の中で呟いた。





GWだけど平日だからだろうか・・・思ったほど人がいなかった。
時々強めに吹く風に草が波打った。
その度に薫る緑の匂い・・・。
二人は高原へ来ていた。

風の吹く方向に顔を向け目を瞑って立っている亘理を少し離れて都筑は見ていた。
地上へ出て、まっすぐに此処へ来た。
遠くに山を・・・そして街を見ることの出来る場所。
都筑にとっては初めての所だった。

なんとなく・・・・はっきりしたことは何も分からないのだけど・・・
いつもよりも言葉の少ない亘理の様子が都筑には気になった。
向けてくる笑顔は明るくて、普段と変わらない気もしたが、この場所に来るまでほとんど何も話さなかった。
そして此処へ着いても、黙って佇んで・・・。

その様子を見ていて・・・・もしかしたら、仕事で何かあったのかも・・・・と都筑は考える。
でもそれを聞く勇気はなかった。
無理矢理ついてきたことを後悔する・・・一人になりたかったんじゃないだろうか。

死神たちの仕事は死者の召還だ。
いくら割り切って、とはいっても気が滅入ることは多い。
いつも明るくて、ふざけたことばかりやっていても、それは亘理だって同じなんだろう。
都筑と違って、そんな素振りを見せない亘理。
でもそれは何も感じないのではなくて、こうやって気持ちの整理をつけているのだとしたら・・・。

都筑は亘理の背中を見つめる。
泣いているように見えるのは自分の思い過ごしだろうか・・・・
何も聞けない、聞くのが怖い・・・・何も力になれない自分に都筑は唇をかんだ。



カサッ。
草を踏む音にいつの間にか俯いていた都筑は顔を上げた。
「ええ所やろ?」
そこにはいつもの亘理がいた。
「俺のお気に入りの場所。」
ぐるっと周囲を見渡して、うーんと背伸びをする亘理に
「・・・そうだね。」
それだけしか言えない。
いつも亘理がかけてくれるような気の利いた言葉の一つも出てこない。
そんな自分がもどかしくて・・・。

「・・・・都筑?・・・わっ!」
下を向いた都筑を覗き込もうとしたとき、急に抱きついてきた都筑にあわてて声を上げ、その身体を受け止める。
「都筑!?」
それには答えず、ぎゅっと抱きついてくる都筑を自然に抱き寄せる形となった。
「・・・・・なあ、どうしたん?」
それはこっちのセリフだよ・・・都筑はそう思いながらもそれさえも言えない自分が嫌気がさす。
「いいから!」
「いいって・・・おまえねえ。」
都筑の行動に戸惑いながらもなんとなく笑ってしまう。
首にあたる都筑の髪の感触が心地よいとも感じていた。
ふわっと甘い香りがする。

柄にもなく、今回ばかりは気が滅入った。
いつもなら仕事が終わったらその足で此処に来ることが多いのだけど、今日ばかりはその気さえも
おこらず、閻魔庁に戻った。
でもどうしても気持ちの整理がつかなくて・・・・だからといって都筑を伴うことは不本意だったのだけど。
ここでの自分の姿を見せることも抵抗があったことも確かだ。
けれどおそらく都筑なりに何かを察しているのだろう・・・・抱きついてきた都筑を抱き返しながら亘理は大きく息を吐く。


・・・まったく・・・・


亘理は風になびく髪をかき上げる。
お気に入りの場所。
いつも一人でいた場所。
でも今は・・・・
そっと顔の横にあった都筑の髪に手を触れる。
「都筑・・・」
小さく呟くと、大きな目が亘理を見つめた。

いつもと違う空間、少しだけ、少しだけ近づいてもいいだろうか。
都筑の頬に手を添えて、顔を寄せた・・・・伝わってきたのは温かいぬくもり。
都筑の手が亘理の首に回った。


緑の海にふたりの影がとけ込んでいく。
いつまでも・・・いつまでも・・・この手の中に。

2002・5・2
M・Hinase

★久しぶりに亘都です。
前回(キリ番SS)よりも少しだけ進ませてみました、二人の関係です。自分の中でいろんな物を消化しているであろう亘理の強さは魅力的です。そんなところを書きたかったののですが・・・;うーん、もうちょっと頑張らないとv あえて亘理に何があったのかは書きませんでした。
でも都筑さん、さぼっちゃったね、仕事・・・・翌日悲惨です(笑)。