空に舞う名

がしゃーん

遠くで音がする。

亘理はその音に顔を上げた。

「・・・・またかい」

微かに聞こえる怒鳴り声と泣き声はいつものことで

あの部屋で爆発が起ころうと何があろうと誰も驚かなくなっているのが妙に悲しい。

毎日毎日見せられる光景に誰もが慣れてしまう現実に苦笑してしまう。

「本当になんというか・・・」

呆れてしまう。

でもそんな滑稽なシーンが気づかないうちに皆の平和のバロメーターになっていることも事実だった。

呆れながらもどこかで安堵している・・・・そんな感じ・・・・。


試験管を片手にぼんやりとそんなことを考えていた亘理は

ひときわ甲高い怒鳴り声に我に返った。

・・・そうや こんなことしとる場合やない!・・・

慌てて目の前の実験道具を片づけ出す。

置いておくと何されるかわからない。

本人がどうかなるだけならまだしも

回り回ってこちらが大損害を受けた事も1度や2度ではかった。

珍しい道具やせっかくの発明品、高価な実験材料・・・・今まで壊された数々を思い描くと目眩がしてくる。

毎回もうないだろうというような事を、これでもかとしていくので

いい加減こちらも過剰な防衛体制に入ってしまう。

とりあえず目立つものは手の届かない所へとしまってしまった。

代わりにどうでもいいような書類と形ばかりのビーカー等々を並べる。

「よし! これでOKと」

さあ、いつでも来い!と、手をパンと叩いた。





ドタドタドタ・・・・

遠くから聞き慣れた足音が聞こえてくる。

そして部屋の前で止まると同時に思いっきりドアが開いた。

「亘理ーーーーー!!!!」

分かっているとはいえ、あまりの音の大きさに顔をしかめてしまう。

「・・・都筑ぃ・・・」

「悪い!かくまって!」

「かくまうって、もうバレバレだと思うんですが?」

「大丈夫!反対方向から回り道してきたから!」

いや・・・そういう問題じゃなく・・・

「だからそういうおまえの行動も無駄だと・・・」

「ね、少しだけ!少しだけ!」

と言いつつも全く遠慮無しに都筑は椅子に座り込んだ。

ふーっと息を吐くと俺は手にしていた書類を置いてカップを取りに立ち上がった。

いつものことだ。








「巽ってば煩いんだよね・・・いちいち」

そう言いながら都筑はカップの中のコーヒーをゆるゆると回した。

そして突っ伏すように机に顔を押しつける。

「ちょっと寝坊しただけじゃん・・・・」

「ちょっとやないやろ・・・・毎日やないか」

「俺だけフレックスとかにするとか・・・・」

「おまえ毎日深夜か朝まで勤務するつもりか」

取りかかりが遅くなれば後にずれ込む・・・。

「そこは・・・まあねえ?」

何が、ねえ?だろう・・・苦笑する都筑を見た。

「巽って細かいし・・・自分がちょっと早起きするだけなのに威張るんだもんな」

「威張っているのかどうかは知らんけどかなりの早起きやな」

「毎朝目覚まし時計と競っているんだよ?」

バカみたいだ・・・と、欠伸と共に呟く。

「・・・よくご存知で」

「でさ・・・ちゃんと食事作って・・・片づけて・・・余裕で出勤・・・」

スルーされたような・・・・

文句を言いつつ完全に机に身体を預けている。 こらこらここで寝るな!

「大丈夫だよ・・・・」

欠伸しながら言われても・・・。

「でさ巽って・・・」

延々と続く愚痴・・・・相当たまっていたようで・・・・

カップの中の珈琲が冷める頃には散々文句を言ってすっきりしたらしい。

自分の腕を枕にして寝込んでしまった。



すうすう寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている。

都筑さん? まだ10時過ぎなんですが・・・?

さっき来たのに・・・よく眠れるなあ・・・・。

ま、巽が文句言うのも仕方ないか・・・。

そう思いながら、少し戸惑って・・・・そっと髪に触る。


「ったく・・・巽、巽、巽って煩い・・・」

この短時間に何回言ったと思うのか。

常に自分の生活の中心にその人物がいるという自覚はないのだろうか。

それは相手にも言えることだが。

「おまえらって・・・・・ほんまにタチ悪いわ」

そう言いながら手を髪から離した。



内線が鳴り響く。

受話器を取ると予想通りの相手だった。

「ああ・・おるで はよ回収して実験の邪魔や」

そう簡単に言い放つと

短い言葉で返されて切れた。

もうすぐ自称保護者が迎えに来るだろう。

文句を言いつつも、その立場を誰に譲るつもりはないらしい。

それが日常、それがいつもの平和。




「都筑・・・・同じように俺の名前・・・・」

振り返って、寝ている姿にそう言いかけて・・・・・・・やめた。

言ってどうなるというのだろう。

このふたりがふたりであることに全てのものが支えられているのならば

それを壊すにはそれ相当の覚悟がいるのだ。

その覚悟があるのか?と問われれば

躊躇う自分がいるのも知っている。



思いを持てあます自分と

思いを知らないおまえと

何処まで行っても交わることはないのだろうと

切ないような虚しいようなそんな気持ちに襲われる。



「ま、おまえが笑っていればそれでいいんやけど・・・」

どっかで聞いたような言葉を言って苦笑した。

呼んで欲しい名前に望む気持ちが込められることはないだろうけど

きっとこれも1つの幸せだと思うから。



窓辺に立って空を仰ぎ見た。

遠くからまた足音が聞こえる。


そんな日常。


2004・11・19
Mai・Hinase