Distance

入浴をして 食事をとって 一息つく。
巽は縁側に出た。
どこからか聞こえる虫の声と星のよく見える空。
もうどれだけの時間を此処で過ごしているのか・・・・。
人の気配さえ感じさせない広さを持つこの家では時間の流れ方が違うのかもしれない。
縁側でこうやって過ごすことも日課になってきた。
動き回っているときは思いつかない事が次から次から頭に浮かんでは消えていく。
あの人なつっこい笑顔と声が。
・・・・・どうしているのでしょうか・・・・・



「ああ、いい月やなあ。」
背後からかけられた声に巽は頷く。
「本当に。ここは灯りが少ないですからいつも綺麗に見えますね。」
浴衣を着て縁側に座り、後ろに手をついて空を見上げくつろいでいる巽を亘理は見下ろす。
もう二人で鎌倉入りして何度目の夜だろう。

毎日召喚課では見られない巽の顔を沢山、亘理は見ていた。
細かいようで少し抜けているところや
案外に良く笑うところ
その一つ一つが新鮮で。
そして何より・・・・時折見せる、やりきれない顔。
その遠くを見るような表情を見るたびに亘理は小さく溜息をつくようになった。
月を見ているようで月を見てはいないその視線の先に、何があるのか分っているから。


「で、連絡は?」
横に座りながら亘理は髪をかき上げた。
「誰と?」
「誰って・・・決まってるやないか。」
「先程、倶生神から資料のメールが届いていましたよ。」
「たつみ・・・おまえねえ。」
「・・・・・分ってますよ。」
巽が苦笑した。
幻想界で何かが動き出していることは伝わってきたが、それがどういうものなのか全く情報は無かった。
式探しに行った密とそれに付き添った都筑とずっと連絡が取れないままで。


「黒崎君がいるから大丈夫ですよ。」


もう何度も聞いた言葉。
亘理は空を仰ぐ、それを言うときの巽の表情を見たくなかったから。
まるで自分自身に言い聞かせるように呟くその言葉は、いつも亘理を説明のつかない想いで包み込んでいく。


「坊がいるから・・・・大丈夫か・・・」


その言葉を復唱した。
「ええ。」
少しだけ間があいて巽が答える。
巽自身繰り返してきた言葉。


「でも・・・・会いたいやろ?」
しばしの沈黙の後、亘理が口を開く。
「・・・?」
巽が亘理を見つめる。亘理は月に目を細める。
明るい月の光に亘理の横顔が照らし出される。
「俺は会いたいなあ〜あいつらに。・・・・お前もそう思うやろ?」
なあ?と巽の方へ向く。
「亘理さん・・・」

(全てを否定するな・・・・)

そう聞こえた気がして、巽はまじまじと亘理を見つめてしまう。



「・・・・そうですね・・・・本当に何しているのやら。」
くすっと笑ってしまう。
何もかもなかったことにする必要はないのだ。
少しだけ心の中の塊が溶けた気がした。

「俺たちがこんなところで枯れた夫婦のような会話しとるなんて予想もしてないやろな。」
「そうですね・・・まったく・・・って誰が、夫婦ですか、誰が!」
静かな空間に流されそうになった巽が、いつもの調子で亘理を怒鳴る。
「ええやん、寝食共にしてどれくらい経つと思ってるねん。」
「だからって何でアンタと夫婦なんですか!それにこれは仕事ですよ!」
「いや、巽の寝顔も見てるわけやし、後は一緒に風呂でも・・・はっ」
調子に乗って喋っていた亘理は巽の後ろから黒い影が立ち上るのを見た。
「・・・・他に言いたいことは?」
その声はいつもの巽で。
「ははは・・・いえ、なんでもありましぇん。」
慌てて首を振る。
「ほらっ、巽、夜は静かに・・・な?」
しーっと、口に指を当てる。
その様子に巽は影をおさめた。
「さっ、もう休みますよ。アンタの生活習慣をここで叩き直してやりますよ。」
先までの雰囲気は何処へやら、さっさと立ち上がって布団の方へ行く巽を見て亘理は微笑んだ。
これでまた明日も変わらぬ朝が来るだろう。



先のことは分らない。
何一つ確かなことも。
でもそれぞれの想いだけは真実だと信じたい。
たとえそれが届かなくても、報われなくても想いを止めることは出来ないのだから。

鎌倉の夜がまた更けていった。

2002・5・14
M・Hinase

★都筑さんが出ないSSとなりました。
ここで書きたかったのは亘理と巽だからv 
鎌倉での一コマと言うことで。
いつもお世話になっている方へのプレゼントSSです。
でもちっともお祝いになっていないよお〜ごめんなさい。
もっと色々書けそうな気がするふたりですね、また機会があれば書いてみたいです。