夕日の差し込む書庫の一角で密が新作ミステリーを読みふけっていると、軽快なリズムの靴音と共に一人の女の子が近づいてきた。
「ういっす黒崎君♪やっぱここだったか〜」
「あ、ども。俺になんか用ですか」
事務局の職員の一人だった。仕事柄召還課にもよく出入りし、死神達ともなじみの娘だ。
「うん、今日はバレンタインだからね。はい、義理人情チョコ!」
晴れやかな笑顔と共に彼女は密に一つの包みを手渡した。
「・・・そりゃ、どうも。でも俺甘いもんは」
「うん、あんまり甘くないからいけると思うよ?」
「う〜ん。じゃ、ありがたく頂いておきます」
「お返しはいいから。そのかわり都筑さんが事務への書類を遅れず出せる様、調教をひとつv」
「無理」
「やっぱり(薄笑)」
ひらひらと手を振り、彼女は退出して行った。
召還課以外で密が割合気さくに話せる数少ない一人だ。かえって気楽にチョコもいただける。
包みを開けると・・・ハートの形のチョコにメッセージがあった。
「漢(おとこ)の道は修羅の道」
チョコペンシルの字は達筆であった。
「確かに、義理だ」
味は柑橘系の香りのするビターチョコだった。

コンコン、とドアをノックする音が響き、巽は都筑の傍らから離れた。
「どうぞ」
「こんにちは♪すいません〜お邪魔だったでしょ、絶対」
手榴弾のような台詞を投げながら、事務の彼女が入ってきた。
「いーえ、全くかまいませんよ。・・・それより、何かご用ですか?」
「はい。巽さんと都筑さんに」
「チョコくれんのっ?!vv」
寝ていた都筑がいきなり飛び起きた。
「チョコをもらえる気配だけで起きるんですか、あんたは」
「あ!巽〜vv」
「いちゃつくまえに私からのチョコ受け取ってください。はい、巽さん。いつもお世話になってますv」
「わざわざありがとうございます」
「お返しはいいですから、事務の若手をいびらないでくださいねv」
「私は小姑ですか!」
「はい、都筑さん。いつもお世話をかけられてますv」
「うう・・・ありがとう」
「お返しはいいですから。そのかわり、「現状以下」にはならないでくださいねv・・・ね!(ドスの効いた笑み)」
「・・・がんばります」
チョコを渡すと同時にふかぁ〜く釘を刺し(むしろこっちが真の目的)、彼女は退出した。
少しして、入れ替わる様に寺杣が入ってきた。
「事務の娘にチョコ貰っちまったよ。なんか座右の銘にしてくれとか言われたけど、どういう意味だ?」
「お前ももらったのか。なんか変な予感するなあ。巽、チョコ開けてみよう」
三人が包みを開けると、ハート型のチョコにそれぞれメッセージが書いてあった。達筆で。

「カカア天下」
「今日やらないことは明日も出来ない」
「袖の下はほどほどに」

「うるせーっ!!!」
「ある意味巽よりキツイよ・・・(涙)」
「身に覚えがありませんよ!!(←うそつけ)」

ムキーッ、と三人の男が悶絶している所に、亘理が帰ってきた。
「あ〜あ、大事なフロッピー忘れてたわ。・・・お前ら何騒いどんねん。お、なんやチョコ貰ってんのか、ええなあ〜」
「え、亘理は貰わなかったの?ほら、いつも来る事務の」
「ああ、彼女な。俺貰ろうてへんねん。ちぇ〜さみし〜わ〜」
「なんで亘理だけ・・・」
「せっかくのバレンタインなんやし、チョコがええなあ〜」
「?・・・ということは別の物を貰ったんですか?」
「ああ、サンドイッチとフルーツサラダとポット。ラボに置いてきたんや。徹夜するいうたら、寝不足で爆発させるなーって皮肉言われてもうた。あはは」
「・・・手作り?」
「やな」
「貰ったのは初めて?」
「いや、今までにもおにぎりとか。彼女が残業しとる時の夜食分けてくれんねん。助かるわ〜」
「・・・本命、だね」
「だな」
「ですね」
「???なんで三人仲良さそうなんや?」

―――ポットの中身はホットチョコレートv




コンコン、とドアをノックする音が響き、ドアが開けられた。
「亘理さん、います・・・うううううっ?!!どっ、どうしたんですか亘理さん!変わり果てた姿になって――!!」
現れたのは事務局の女の子だった。
机の上に突っ伏し、ありえない顔色で気を失い、ピクリとも動かない亘理に驚愕した。当然だ。
「都筑さん、亘理さんどうしちゃったんですか?!」
亘理の前でおろおろしていた都筑に問いかける。
「俺にもわかんないよ!いきなりばったり倒れちゃって」
「どうして・・・ん?都筑さん、このタニシの卵のどでかいのみたいなのは何ですか?」
「タニシ・・・ってひどいな〜。俺特製の桜餅だよ!亘理の誕生日だからプレゼントに作ったんだ。あ、一個食べる?」

*注:タニシの卵は毒々しい赤色のラズベリー状の塊です

「ありがとうございます。じゃ、お言葉に甘えて」

(あ、あかん、死んでまうで!)

意識を取り戻したものの、後遺症(・・・)により体が痺れ動く事も喋る事も出来ない亘理に止める術はない。彼女は桜餅を一口食べた。

(ああ!犠牲者がまた一人・・・)

むぐむぐ。むぐむぐ。
「・・・美味しくないですよ、これ」
「ええ〜?自信作なのに〜。いつもながら口が肥えてるなあ」

(・・・な、なんや今の会話は?「美味しくない」レベルちゃうやろ?致死性の桜餅やで?しかも「いつもながら」?)

「みりん入れたでしょう」
「うん、それも入れたけど」
「だからですよ〜」

(ちゃう!ちゃうで!問題は「それも」以外の物や!)

「これ、他にも誰かにあげる予定ですか?」
「うん、巽にも食べさせたいなって・・・」
「う〜ん、このままじゃ駄目ですねえ。そうだ、これと、これと・・・」
彼女はいきなり部屋の中の薬品類をごそごそ探り始めた。
「これ入れると良くなりますよ。あ、それに・・・」
「ふんふん。あ〜、いいねえそれ!」

(え・・・?ちょ、ちょお待てや!それはいくらなんでもありえへんやろ!)

「これでオッケー!巽さん喜びますよ〜♪」
「なるほどね!ありがとうvさっそく家に帰って作ってみるよ。巽、どっちかっていうと和菓子が好きみたいだから、いっぱい作ってあげようっとvv」
「頑張って下さいね!」
いそいそと出て行く都筑に彼女は笑顔で手を振った。

(アカン・・・早よ逃げ巽・・・俺が仕返ししたろ思とったけど、あれは仕返しどころの話やない、シャレならん・・・もうどうなるか想像も出来ひん・・・)

「亘理さん、早く起きてくださいね。徹夜ばっかりしてるからこうなるんですよ?せっかくプレゼント用意したんですから」
相変わらず微動だにしない(出来ない)亘理の横顔を見つめ、彼女はにっこりと微笑んだ。都筑に越えてはならない一線を越えさせたことにも気付かず。

―――巽の復帰には一ヶ月を要した。(最長記録更新)