Night

シャワーの流れ落ちる音だけがバスルームに響く。
程よい温かさの湯が肌にあたり、そして流れていく。
濡れた前髪をかき上げた都筑は、もう此処に入って何度目になるか分からない溜息をついた。

・・・・まずい・・・・

今都筑の頭の中はこの言葉で一杯だった。

最初は湯の気持ちよさに鼻歌なんか歌って・・・・たっぷりと湯のはったバスタブに浸かって・・・・・そう気持ちよかったのだ・・・・酔いが覚めるまでは。

身体を湯に中に沈めながら、少しずつ・・・・少しずつ酔いが覚めてくる。
それと同時に段々と事の重大さが迫ってきた。
何も分からなくなるほど酔っていたわけではない。
さっき下のレストランで交わした言葉も覚えている。
今日は帰るつもりだった邑輝を引き留めたのは自分だ、それも覚えている。
そして・・・・誘うような言葉を発したのも、全てを了解したのも自分だ・・・・

・・・・ああ、どうしよう!・・・・・

都筑は頭を抱えた。
全てのきっかけは自分なのだが、今思えば多少の酔いが後押しをしていたように思う。
けしてこの状況が嫌とか、邑輝とそうなることを望んでいないとか、そういうことではない。ただただ、さっきの自分の様子を思い出すと恥ずかしくてたまらないのだ。
そして・・・・怖いのだ、そういう行為が。


都筑はシャワーをそのままにそっとドアを開け、脱衣所を濡らさないように気をつけながら部屋へのドアを少しだけ開けた。部屋の様子を伺う。
遠くに見える寝室の部屋を右へ左へと動いている影が見えた。
カチャカチャとグラスのあたる音もする・・・・耳を澄ますと鼻歌のようなハミングも・・・・。

・・・・ああ、どうするんだよ、俺!・・・・
めちゃめちゃ期待させている!・・・・

見るんじゃなかった・・・・、そう思いながら都筑はドアを閉める。
既にバスルームに入って15分は経過している・・・・これ以上はそうそう長引かせることは出来ない。
こんなことなら酔いに任せて一気に流れ込んでしまう方がまだ良かったような気がする。そうすれば恥ずかしさもそう感じずにすんだろうに。
でも・・・でも・・・本当にどうしたらいいんだ!
都筑は声を出せないままにシャワーにあたり続けた。





落ち着かない!
邑輝は座っていたソファから立ち上がって、ウィスキーを取りだした。
静かな音楽とかもかけておいた方がいいだろうか?
こんな事は初めてではないのに、ドキドキしている自分が滑稽だ。でもそれさえも今は愛おしい気がする。
邑輝は部屋の真ん中でさっきの光景を思い浮かべた。




クリスマス・・・・・会えるだけでも、そしてキスを交わせれば、それで満足だった。
それ以上を望むのは贅沢だと自分に言い聞かせやってきた今夜。
でも、都筑から発せられた言葉は期待以上で・・・・・・思わず神に感謝しそうになった邑輝だった。
もうそれからは時間が惜しくて・・・・・。
早々に食事を済ませ、寄り添うようにしてこの部屋へとやってきて(すぐ用意をさせた最高の部屋だ)・・・・・中に入り上着を邑輝が脱ぐなり、先にシャワーを使うように言われて、その後に都筑が入った。
本当はムードに流されて、そのまま一緒に・・・と思ったのだが、さすがにそこまでは無理だったようだ。
ここで無理強いをして嫌がられても困る。
邑輝ははやる心を抑えて、シャワーを済ませ、都筑を促したのだった。
部屋に入った時よりも少しだけ俯き加減だったのが、愛らしかった。

・・・・・夢のようですね・・・・・

窓から見える街の灯りに呟く。
出会って心を奪われて・・・・・そして待ち続けた瞬間、とうとうその夜を迎える。
こんな事になるのならもっともっと完璧に準備するべきだったと悔やまれる。でも・・・・それもこれからの生活できっと埋め合わせ出来るだろう・・・・なぜならば、これからは共に生きていくことが出来るのだろうから・・・。
そう考えると自然に笑みが浮かんできて・・・。
・・・・と、そこでふと時計を見た。

・・・・長い・・・・ですね・・・・

都筑がバスルームに消えて30分近く経つ。
いくら長風呂だと行ってもこの状況では長いのではないだろうか・・・。
邑輝はシャワーの音がかすかに聞こえるその方向に足を進める。
もしかしたら酔って眠りこけているのかもしれない、そう思い始めると心配になった。

そっとバスルームへと繋がるドアに手をかける。
「都筑さん・・・?」
半透明のガラスの向こうに姿は見える。どうやら立ったままのようだ・・・・はっきりは見えないが、うっすらと身体の線が見える。
時折動く様にほっと一息つきながらも、邑輝はつい立ち尽くしてしまった。
こんな所にいると覗きをしているように思われては・・・というのが頭をかすめはしたが動けなかった。

何度夢に見たか分からない・・・・その彼が今、そこにいる・・・・・手を伸ばせば届く所に。
良いだろうか・・・・ここでこの扉を開けても・・・・・。
邑輝はそのガラス戸に手を伸ばす。
・・・早急だ・・・・と心の中で叫ぶ自分もいる。
でも、でも完全には見えないもどかしさが自分を煽っている・・・・止められなかった。




カチャ・・・
小さな音を立てて戸は開いた・・・・・。
邑輝の目の前に白い背中があった。
シャワーの音で都筑は戸が開いたことに気づいていない。
しきりに首を傾げながら、何かブツブツ言っているようだった。
邑輝は音を立てずに、そっと近づく・・・・。


すっと後ろから伸びてきた腕に抱きしめられる。
「えっ?」
あれやこれやと考え込んでいた都筑には何が起こったのか分からなかった。
「な、何?」
「都筑さん!」
「む、邑輝・・・・ば、馬鹿、なんで此処に!」
予想だにしなかった邑輝の行動にパニックになる。
「ちょっと、いやだ! 離せ!」
「都筑さん・・・・・」
腕の中でもがけばもがく程、強く抱きしめられる。
「離せって!」
こ、こんなの反則だ! 都筑は何とかして邑輝の腕を解こうと動く。しかし何処からそんな力がでているのか微動だにしない。
「邑輝!」
「・・・・嫌ですか?」
その声に都筑は動きを止める。
上から降るお湯で邑輝のバスローブも濡れて・・・・・。
「邑輝・・・・離して・・・・」
「いいえ、ダメです。」
「邑輝!」
叫びにも近い声で都筑の声がバスルームに響き渡る。
「・・・・・お願いだから・・・・」
小さく呟いた。
その声に少しだけ邑輝の力が弱まった・・・・。





水音だけが聞こえる。
都筑も邑輝も一言も話さないまま、そして後ろから都筑は抱きしめられたまま・・・・肩から髪が・・・頬が・・・・邑輝のぬくもりが伝わってくる。
熱い吐息も・・・・・。

都筑はゆっくりと両手を上げた。
手のひらを見つめる。
自分の身体に回された腕は、動かない。
許される時を待っているかのように・・・・。


迷いは・・・ある。
恥ずかしい、怖い、そして・・・・これからのこと。
一度は決めたことなのに、それでも不安になってくる。
住む世界の違う者同士が一緒にいることが出来るのか、共に時を刻むことが出来るのか・・・今までの関係とは違うものになる事への戸惑い・・・・・そして自分を愛しんでくれる人たちへの想い。
それらを全て脇に置いて自分は歩いていけるのだろうか・・・・・。



・・・・・でも
・・・・・それでも、願うのは・・・・・・。
都筑は一度目を瞑り、そして明けた。





「!」
前に廻した腕に都筑の手のひらを感じる。
そっと撫でてくるその感触に邑輝は驚きながらも、再び抱きしめる腕に力を込めた。
もう離さない。
「邑輝・・・・・・」
小さく名前を呼ばれる。
その呼びかけに応えて都筑を振り向かせた。
照れたように少しだけ微笑んだ顔に邑輝は手を伸ばす。


「・・・・・キスしてもいいですか?」
優しく尋ねる。
それはこれから始まる甘い夜の合図・・・・・。

「・・・・いいよ。」
今更だね・・・・そう付け足しながら都筑が笑った。




迷いが消えたわけではないけれど。
不安が消えたわけでもないのだけれど・・・・。
それでも今はふたりでいたい。
その気持ちだけは本当だ。



何度も激しく重ねたぬくもりにふたりは溺れた。
何も考えず、今は目の前の愛しいものだけ抱きしめる。

「愛してる」
「愛しています」

言葉に出来ない程の想いを込める。
触れる髪に・・・・・肌に・・・・・・互いの印を付けるようjに。
そしてその言葉だけが相手に届くようにと・・・・・。




2003・2・6
M・Hinase

★「此処で終わりかい!」という声が聞こえてきそうです。す、すいません。
それに一体いつのを書いてるのだ!という声も。
これもごめんなさい。・・・・これ書いている時点で熱あります、私。(真面目な話;; 今38度さ)←これで許してくださいな;
最初は裏でいってやろうとか思ったのですが、このシリーズでは無理でした・・・・・その分、今月この連載頑張りますので;;

またご感想とかいただけると嬉しいです。
途中から一気にシリアスムード?(笑)
たまにはこういう風な展開もいいよね・・・・・・ね?(汗;)