Garden

「うわっ、すごい・・・・・」
一歩そこに足を踏み入れた都筑はその一言を呟いただけで言葉を失う。
まるで何かに引かれるように足が前へ進む。
右、左、そして上・・・・まるでこの世の中に薔薇しか存在しない程の光景に、ただただ黙って周りを見回す・・・・・数々の色に包まれて、外が木枯らしの吹き始めた季節であることも忘れてしまうようだった。



無言でキョロキョロしている都筑の後ろを少し離れて邑輝が歩く。
言葉はないけれど、彼がこの花々に感動しているのは伝わってきたし、何よりもこの美しいものを最良の状態で都筑に見せることが出来た事に満足していた。
普段から手を入れている自慢の薔薇園だが、彼が此処を訪問できると聞いたときからより手間をかけて用意してきた。一番良い状態でこの花を見せたい・・・・それは都筑への思いの証のように邑輝は考えていた。



「今度の週末に行っていい?」
そう都筑から連絡があったのは5日前。
今まで何度も約束を反故にされた邑輝は今回の半信半疑で・・・。でも時間までちゃんと決めてくる上に、今度は大丈夫だよ!と力強く言われ、段々と今度は・・・という思いが強くなり・・・・・そして今日約束したとおりに都筑は指定された別荘のチャイムを鳴らしたのだった。
それも嬉しい予想外の事を伴って。
相変わらず『うわあ』とか『あっ』としか発さない都筑を見ながら邑輝は頬がゆるむのを押さえきれなかった。
これこそ都筑が連絡してきたときに入っていた仕事を後回しにしてまで今日を空けた甲斐があったというもの・・・それは、都筑が一人で来た・・・・ということだった。
いつもいつも都筑と会うとき誰かがいた。
もしくは誰かが現れたり。
ふたりで会うことが全くなかった訳ではない、でも大体時間制限があって、ゆっくり話す事も出来ずに過ぎていった日々。邑輝は自分自身の我慢強さを褒めてやりたい気分だった。
大体今までこんなに譲歩したつき合いをしたことがない。またそんなもの必要がなかった。自分の思うとおりにつきあい、飽きれば終わりにする・・・・それで充分だったのに、こと都筑に関してはそれが通じない。そもそも存在している世界が違うこともあり、思うままに会うことも出来ず、数々の邪魔者もいる、障害もある。
全てを無視して乗り込んでいっても良いが、代償があまりにも大きすぎることも二の足を踏む要因だ。いくら邑輝でもそこまでの無謀なことは簡単には思い切れない。
幸い都筑が好意・・・・なのだろうと思うが・・・を持っているので、少しずつだけだが進展することが可能になって。
そして本当に思い出しても涙が出そうな苦労をして、今日の日を迎えた。
愛しい人を自宅に招くまでがこんなに長いとは邑輝自身予想もつかないことだった。
でも今日やっとそれが叶った、それもお邪魔虫もいなく彼一人。
信じていないが今日ぐらいは神に感謝してもいい・・・・そう思える邑輝だった。






「ねえ、邑輝?」
花に顔を近づけていた都筑が顔を上げる。
「はい。」
微笑みながら都筑の横に並んだ。
「やっぱり青い薔薇ってないんだね。」
「そうですね・・・・世界中で研究されていますが、まだ満足できるものはないようですね。」
「そっか。これだけあれば・・・って思ったけど。・・・・でもすごいね、此処。」
「毎日優秀な庭師達に手を入れてもらっていますからね。・・・・それにもし青い薔薇を手に入れることが出来たら、あなたに一番に捧げますよ。」
「・・・ありがとう。」
邑輝の言葉に少しだけ照れて都筑が俯く。その様子がまた愛しくて・・・。
「あとでその庭師さん達とお話しできるかな・・・・色々聞きたいこともあるんだけど。」
「ええ、勿論。彼らも喜びますよ。私は話を聞いてやる機会が少ないですから。」
「邑輝は忙しいし・・・・仕方ないさ。」
そう言うとまた都筑が歩き出す。
「・・・・・香りも凄いね・・・・酔っちゃいそうだよ。」
ちらっと振り返って都筑が言う。
その時、ふと・・・・・邑輝は何かを感じた、それが何かは分からない、ただ感じた・・・それだけ。
「・・・・何かあったのですか?」
「え?」
邑輝の言葉に都筑が驚く。邑輝が都筑の目を見つめた。
一人で来たことも、突然来ると連絡入れてきたことも、その嬉しさのあまり深く考えなかったけれど・・・。
少しあの間、見つめ合う。
都筑が少しだけ笑った。
「うん・・・・ちょっとだけ。先週キツイ仕事あったから。」
「そう・・・・ですか。」
「やっぱり分かっちゃった? でももう大丈夫だよ。 こんなに綺麗な所見せてもらって。すごく落ち着いた。ありがとう・・・。」
淋しそうな笑顔に邑輝が問う。
「・・・・秘書殿やあの坊やは何をしているんですか、あなたがこんなに・・・」
いつも過保護までに世話を焼いているのに! と心の中で言葉を繋ぐ。
「ああ、俺がそんな素振り見せてないから・・・それに気づいてもそんなもんだよ、俺たち。お互い様だし・・・おまえに分かっちゃうとは思わなかったけど。」
不思議だね・・・そう言って手近の薔薇の香りをかぐ。

「都筑さん!」
都筑の手を握った。
「む・・・らき?」
邑輝は握った都筑の手の甲にそっと唇を寄せる。
都筑はその行動に言葉もなく佇んだ。
「無理しないでください・・・・私の前では。本当のあなたを見ていたい・・・・いつもそう思っています。」
「邑輝・・・」
邑輝は顔を上げると、手のひらを都筑の頬に添えた。
都筑は目を見開いて邑輝を見つめていたが、やがてゆっくりとその手に自分の手を重ねた。
「・・・・今とっても嬉しい・・・・・・ありがとう。今日ここへ来て良かったよ。」
むせかえるような香りの中で微笑み合う。
まるで世界に2人しかいないような・・・・・それほどの香り。

「都筑さん・・・・・目を瞑って・・・・」
今なら心が重ねられる。
少しだけ都筑の身体に力が入った・・・・・でも・・・・都筑が戸惑いながらも目を閉じた。

・・・・・・・・

間もなく・・・ふわり・・・・と花びらが触れるように・・・・・・思ったよりも冷たい唇に邑輝が触れる。
何度か軽く啄み、そして深く・・・・・・。
くちづけが深くなるにつれて徐々に力の抜けていく都筑の身体を支えつつ、その細い身体を抱きしめた。




唇を離した後も邑輝は都筑の身体を離さなかった。都筑も余韻に浸っているのか邑輝の胸の中で大人しくしている。
夢にまで見た、触れたくて、感じたくてたまらなかった・・・・・邑輝はようやく此処までたどり着いた幸せに浸っていたかった。できればこのまま時間を止めたいくらいだ。
初めて触れたそれは甘く優しい感触で。
吸うとふわっと身体から力が抜けるのも可愛い。
「都筑さん・・・・・もう一度良いですか?」
耳元に囁くと、こくんと頷かれ、もう邑輝は理性を保つのが精一杯だった。
ここが本当に2人っきりならば、今すぐにでも押し倒す所だ。
けれどもすぐ近くで庭師達の作業する音が聞こえる・・・・・さすがに此処では都筑も嫌がるかも知れない。
せっかく苦労して此処まで来たのだ、今焦って物事を難しい展開にする必要もない、もうゴールはすぐそこなのだ。
あくまでも紳士的に接したい・・・・そう考えていた。
邑輝は都筑の顎に手を添えて上を向かせ、再びその唇を味わために唇を近づけていった・・・・・・。





結局、何回キスをしたのだろう。
邑輝は何度も何度も求め、そして都筑は応えた。
それはまるで今まで出来なかった分を取り戻すかのような行為だった。
「どうかしましたか?」
自分の唇に手をあててぼうっとしている想い人を可愛く思いながら、邑輝が尋ねた。
ようやくたどり着いた庭園の中央のベンチに腰を下ろす。
「あ・・・・・うん。邑輝・・・・上手いな」。
小さく都筑が呟く。
「それは嬉しいことですね。」
経験だけは重ねている、それは自信があった。
「そのせいかなあ。」
「何がです?」
都筑が目の前の噴水を見つめながら呟く。
「他の人と何か違う気がする。」
「そうですか。それは光栄・・・・・」
そこで言葉が止まる。

・・・・・他の人・・・・・?

「不思議だよね・・・・」
邑輝はには、もう都筑の言葉は聞こえない。
「・・・・・・あの、ちょっと・・・・」
「ん? どうかした?」
額に手をあてている邑輝を首を傾げながら都筑が見た。
「他の人とは・・・・一体・・・・?」
「え? ああキスのこと? ああごめん、比べちゃったりして。でも邑輝が一番上手いよ。」
「いえ、この際上手い下手は・・・ああ・・・それも大事ですけど・・・いえ、そんなことではなくて・・・その・・・・他に誰と・・・・?」
頭の中を整理しながら邑輝が言葉を選ぶ。
「昔のパートナーとか・・・・あ、亘理ともあるよ。これは酔っぱらった時らしいけど。」
あはは、と都筑が笑う。
「昔・・・というと巽さんも・・・ですか?」
聞きたくないが一番気になること。
「あ、うん。巽とは・・・・・そうだなあ、組んでいる期間は短かったけど、一番多かったかも。」
事も無げに言う都筑から目が離せない邑輝。
「一番多い・・・・・・・?」
「うん、今でも時々してくれるよ。書類がうまく書けた時もたまに・・・・って、あれ?邑輝?」

今でも・・・・・?
あのいかにも自分は真面目だという振りをして、人のことを変態扱いする男が!・・・・・
あの男、何考えているんだか!・・・・・
やっぱり気に入らない!

やはり他の者とは違う位置をキープし続けていることに無性に腹が立ってくる。



頭を抱え込みぶつぶつ言う邑輝の肩を都筑が揺らす。
「ちょっと、邑輝! 大丈夫か? 頭痛いとか?」
「え? ああ、なんでもありませんよ、ええ、なんにも。」
ははは、と乾いた笑いに都筑は目を瞬く。
「本当に?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
とにかく今はそのことを気にしても仕方がない。邑輝は自分に言い聞かせる。
心の動揺を隠しながら邑輝がにっこりとすると、都筑がほっと息を吐いた。
「邑輝・・・・・今日はありがとう・・・・・・随分楽になった。本当に・・・・。」
「都筑さん・・・・・」
「また・・・・・来てもいいかな?」
不安そうに都筑が言う。
「勿論です、ここはあなたの為に手を入れているような所ですから。いつでも見たいときに来ていいんですよ。」
「じゃあ・・・・そうさせてもらう・・・・・本当にありがとう。」
嬉しいよ、と都筑が静かに、そしてゆっくりと微笑んだ。

真っ直ぐに見つめてくる都筑の目を見ていると、都筑が誰と何をしてきたかなんて邑輝にはどうでも良いように思えてきた。大切なのはこれからの2人の時間だ。
それを大事にすることが、あの憎らしい男にも勝つことになる。

「さ、庭師の所へ行きましょう。紹介しますよ、彼らの話はあなたにはとても面白いと思いますから。」
ベンチから立ち上がり都筑に手を差し出すと、
「うん。」
と言いながら、その手を都筑が取った。
触れた所から何か今までと違うものが伝わるような気がして、お互いにそっと力を入れて握り直す。
「他の庭園にも案内しましょう。」
「え? まだ他にもあるの? 薔薇園だけでなく?」
「ええ、他の別荘にもありますし・・・。」
「うわあ、それは・・・・すごいな本当に。」
想像つかないや・・・そう小さく呟く都筑の手を引く。
「さ、こちらですよ。」
もう2度とこの手を離したくない・・・・そう願いながら邑輝は都筑を立ち上がらせ、そっと肩に手をかけた。




数え切れない程の薔薇が見つめる中、2人は庭師達の働く場所へと歩き始めた。
花に包まれた土曜日は、今始まったばかり・・・・。

2002・11・15
M・Hinase

★今回は邑輝に大サービスの回ですわ! 思わず切なモードに入りかけた時はどうしようかと思いました;
・・・・・優しい優しい、可愛い邑輝。
こんな邑輝はいかがですか?
さてさて距離がぐっと縮まった2人。どうなるでしょうか?
次回も(忘れた頃?)もお楽しみにvvv