抱擁 +改訂版+

5

  
・・・・遠くで声が聞こえる・・・・
誰の声だろう・・・・小さくて良く聞こえない。
もう一回言ってくれないかなあ〜そしたらちゃんと分かるのに。
あ、温かい・・・・手・・・なのかな。
頬や腕をさすってくれる。
気持ちがいい・・・・とっても気持ちがいい・・・・・・見えないけれど、知っている感触。幸せを感じさせるもの。



「お。やっと目ェ覚めたか、都筑」
ふっ、と目を開いた都筑に聞き慣れた声が飛び込んでくる。
はじめはぼやけていた視界が段々はっきりしてきた。
白い天井・・・・知ってる人・・・聞き慣れている声。
「あ・・・・」
何か言おうとして、言葉が続かない。
いろんな事が一気に頭に浮かんできた。
何故、ここにいるのか・・・・自分は死んだはずではなかったのか・・・・
どうして今ここに横たわっているのか・・・・
都筑は何か話を続けている亘理にも反応が出来ないでいた。



「あれれ? もしかしてまた自分の世界に嵌ってしもーたか?」
亘理は自分の言葉に反応しない都筑に首を傾げる。
隣のベッドで本を読んでいた密は顔も上げずに答えた。
「・・・・いや・・・・まだ混乱しているだけですよ。なぜ自分がここにいるのか理解できてないんだ・・・」

昨日の朝、部屋を移ってきた都筑は昏々と眠り続けていた。
側で見ている密にも、もう2度と目を覚まさないのではないかと思わせるくらいの深い眠り・・・・。 あまりの不安に胸の上のシーツを凝視してしまうほどだった。 規則正しく動いているのを確認し、何度ホッとしたことだろう。
眠れなかった。
それぐらい深く静かに都筑は眠り続けていたのだ。




午前中の仕事が一段落ついた巽は保険管理室へ向かっていた。
もう都筑が目を覚ます、それは確かだ。
そして・・・・・・・もう自分も逃げられない。
自分を非難する目を向けられることが怖くて
彼の唯一の願いを邪魔してしまった自分が許せなくて
今まで顔を見ることが出来なかった。
でも一昨日密に背中を押される形で対面した都筑は 儚くて穏やかで安らかだった。
その姿を見ていたら、もうどうでもいいと思った。
この人が生きてくれるなら、この人の側にいられるなら・・・・。



バシッ、バシッ・・・
聞き慣れない妙な音がドアを開けようとした巽の手を止めた。
「おい都筑!お前助かったんやで!! ほれ、坊も無事や」
亘理の声だ。どうやら都筑が目を覚ましたらしい。
巽は一瞬、ドアを開けようか躊躇した。
しかし此処まで来て悩んでも仕方がない、巽はノブを握った。

「巽が『影』使うて助けてくれたんやで!!!」
それは巽が部屋に入るのと同時だった。
衝立からかいま見ると、亘理にぶたれたのであろう、真っ赤な頬をした都筑が涙ぐんでいる。
「たつみ・・・が・・・?」
いまいち状況を把握していない様な様子で都筑が問うのが聞こえた。
ひるむ自分を何とか奮い立たせて・・・・・巽は足を踏み出した。




「『影』の中にアンタ達二人を取り込んだんですよ」
衝立の後から姿を現しながら、あえてぞんざいな言い方をする。
「私の影空間は霊・物質界のあらゆるモノを100%遮断しますからね」
「なんや巽来とったんか」
とうに気づいていただろうに亘理が、今更のように振り向いて言う。 巽の物言いが面白いのか、口元に緩く笑みを浮かべている。
「ちょっと様子を見に寄ったまでですよ」
亘理の言外の言葉を振り払うように巽は言葉を続けた。
「亘理さんこそ今度の件の報告書、早く提出してください」
途端、「うっ」と言葉に詰まる亘理は、ぼそぼそと何か言う。
「何です?」
すぅっと細められる目で見据えられ、何でもない、と手を振ってごまかしていた。


そんな二人のやりとりを都筑はぼんやりと眺めていた。
色んな事が少しずつパズルをはめ込むようにつながってくる。
あの場所には自分と密・・・・都筑は隣のベッドを見てその姿を確認し・・・・がいた。
そしてその他には・・・・そう、邑輝がいた。
繋がらない記憶はあるものの、あの場に彼がいたことは確かだ。
邑輝はどうなったんだろう? 単純にそう思った。
自分と同じくこの閻魔庁にいるのか・・・・それとも・・・・・。
考えがまとまらない状態のまま都筑はそのことを口に出した。
「・・・たつみ・・・・あいつは?・・・」
瞬間、二人の動きが止まる。密が本から顔を上げたのがわかった。
でも都筑は聞かずにはいられない。
「邑輝は・・・・どうなった・・・・?」
息をのんだ亘理が都筑を見る。
「都筑・・・それは・・・・」
「その件に関しては現在調査中です」
亘理の言葉を引き継ぐように、キッパリと巽が答える。
「明日には結果をお知らせできると思いますが」
眼鏡のフレームに指を当て、発した言葉は静かだが、有無を言わせない厳しさがある。 都筑は尚も尋ねようとも思ったが、その言葉を素直に受け止めることにした。
巽がこういうのだ・・・・・きっとそうなのだろう。
それに・・・・聞いてはいけない・・・・そんな気もした。
少し俯いてしまった。



「都筑さん・・・」
その様子を見て近づいてきた巽は上半身を起こしていた都筑の身体に手を添え、そっと横たえる。
巽の声はさっきまでの口調と違い、とても優しい。
「とにかく今は・・・あなたの体の方が大事です」
布団をそっと上からかけられた。
都筑は顔を寄せてくる巽に、顔が赤くなるのを感じる。
「眠りなさい。何も考えずに・・・・」
まっすぐ見つめてくる目に吸い込まれそうになる・・・・何も言えなくなる。
「うん・・・・・」
口元まで布団をかぶり、顔を赤くして見上げてくる都筑が幼く見えたのか
巽は、ぽんぽんと、軽く布団をたたきあやす。
都筑はほっと息をついた。人にこんな風に甘やかされるのはとっても心が和む。 特に巽にして貰うと心が温かくなった。


「あ、勿論その後始末書を山のよーに書いていただきますけどね」
心地よい温かさの中で眠りにつこうと思った都筑はその言葉に目を見開く。 そこにはさっきまでの巽は姿を消し、意地悪な笑みを浮かべた秘書の顔があった。
「えっ!?」
ぱっと起きあがり、あまりのことに何も言えない都筑に
「それからコレ有給扱いには当然なりませんから」
「そ、そんな・・・・」
と畳みかけてきた。
都筑は目眩を生じ、ふらふらと布団の中に潜り込む。
「お前余計悪化させてどないすんねん。はよ仕事戻れや!」
さっきの仕返しをするように亘理が責めている声が聞こえてきた。




そんな喧噪を布団の中で聞きながら、都筑はそっと目を瞑った。
眠い・・・・今は本当に眠い・・・・とにかく今は少し眠ろう。
あの夢うつつの中で、都筑に聞こえたあの声はきっと、巽だ。
両手で体を抱え込む。
さっき布団をたたかれた時、はっきり感じた。
あの時、自分をさすってくれた手も間違いなく・・・・・・巽だ。
聞きたいことも言いたいことも山のように沢山あるけど 今はいい・・・・と思えてしまう。
それほどにあのぬくもりを思い出せたことがとても嬉しくて、幸せで・・・・。
都筑は微笑んだ。


2度と会えないと
もう声も聞くことはないとあの焔の中、覚悟した。
それで良いと、その方が良いのだとあの時は思ったのだ。

でも・・・・・・
「巽・・・・」
小さく呟く。
その名はまるで、おまじないの言葉の様に都筑を眠りの世界へと連れて行った。
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