抱擁 +改訂版+

  
「・・・・そうですか・・・はい・・・よろしくお願いします。」
巽は受話器を置くと椅子から立ち上がり窓際に立った。
見下ろすとそこは中庭で・・・冥府で年中咲いている桜が風に花びらを散らしている場所で。 うっすらと靄のかかったような桃色の海を巽は見つめた。
特別な場所・・・・そうそこは巽にとっては美しくそして辛い場所だった・・・。

ここからは死角になって見えないあの大きな桜の木の下でいつもあの人はいた。 召還課に姿がない時はたいていそこに彼はいて、 寝ていたり、こっそりお菓子を食べていたり・・・
・・・・・・・そして泣いていた。
あの頃・・・・・・・・
巽は自分が都筑の側にいた昔を思い出す。
あの頃、彼は今よりもずっと泣いていることが多かった。
それもこっそり、誰にも見られないように泣いていた。
自分が探しに行くとあわてて涙を拭いて、笑って振り向いて。
自分の前ではいつも無理して笑って
「何でもないよ」
と言ってのける。
かける言葉も見つからずに立ちつくす巽を後にして、都筑はまた次の仕事への支持を受けにその場所を後にした。


心の中では血の涙を流していることが分かったから
彼の持つ深い闇を救えない自分の非力さを感じさせられるから
いつもいつも慰めを自分に求めるから
支えきれなくなった自分が壊れていくのが分かったから
・・・離れたのに。
またここにいいるんですよね、私は・・・・。
あんなに辛い思いをしたのに、自分から去っていったのに、 結局自分の視界にいつも都筑を捉えておきたくてこの場所を選んで。
勝手な考えだとは思ってはいたけれど・・・・。
「50年・・・なんですよね・・・」
少しずつ少しずつ歩み寄って、互いに心地よい距離を保ってきた。
それがベストな選択だと巽は思っていた。


それなのに、今回の事件でその幻想は破られ都筑は死を選んだ。
あの頃とは違ってもまた彼の側に立てるのかも・・・・という思いはあの焔に焼かれてしまった。
どんなに変わっても、やはり彼の中にはその想いがあり、そして自分は無力なのだと突きつけられたようだった。 そのショックと諦めが密と自分の行動の差だったように思う。
1度は亘理の言葉で吹っ切れたかのように感じた決意は、今こうやって落ち着いて振り返れば後悔ばかりだ。
やはりいっそあのまま自分も消滅してしまえればどんなに楽だったのか、とまで考えてしまう自分がいる。
あの夢から覚めるたびに思う。幸せそうに笑うあの都筑の顔を夢で見るたびに・・・・・・・。




ガチャッとドアの開く音に巽は我に返った。
振り向くと近衛が会議から戻って来たところだった。
珍しく窓際に佇む巽を見て、ふと眉を寄せる。
「あ、お帰りなさい」
いつものトーンでかけられる言葉に近衛は黙って頷き席に着く。
「この資料、後で目を通しておいてくれ」
「はい」
近衛から資料を受け取ると巽はいくつかのファイルも持ちドアへと向かう。
「あ、課長」
急に思いついたように巽は声をかけた。
「なんだ?」
「都筑さんは明日保険管理室の一般の方に移るそうです。先程連絡がありました」
「・・・・そうか、分かった」
近衛が大きく頷くのを見て巽は課長室を出た。
ドアを閉め廊下に出た途端大きなため息をついてしまった。
事件後、近衛といると一種の息苦しさを感じるようになった。
何かを問いたそうな表情をする彼に自分の心を見透かされていそうで・・・。
問いたいことは分かっている・・・・
けれどどうすればいいのだろう?
その問いに対する何の答えも、今の自分は持っていないのだ。





巽がいくつかの課で処理をすませ、中庭へと通じる廊下を通りかかった頃には、 周囲はセピア色に染まり庁内もひっそり静まりかえっていた。
「巽さん」
中庭の方から呼びかけられる。
声のした方を見るとそこには密が本を片手に戻ってきているところだった。
パジャマにカーディガンを羽織った格好だった。
「黒崎君!? もういいんですか?」
「はい」
「でも冷えますからね、まだ無理をしないで休まないと・・・」
「はい、今から戻るところでしたから」
どうやら読む本を探しに図書館へと行っていたらしい。
「じゃあ送りましょう」
2人は保険管理室へ向かって歩き出した。



「・・・・都筑さんは明日そちらの方に移るそうですよ」
しばらくの沈黙の後、話し出したのは巽の方からだった。
「そうですか・・・・」
「意識はまだ戻っていないようですが・・・」
「巽さん!」
巽の話を遮るように密が立ち止まる。
「黒崎君?」
「巽さん・・・・都筑のところ行ったんですか?」
「・・・・・・いえ」
「どうしてですか? 都筑待っています、きっと」
「・・・・・・・・」
密は俯き言葉を続ける。
「あの時も・・・・都筑はきっと・・・・・待っていたんだと思います」
「あの時・・・・?」
巽には密の話が見えない、首を傾げる。
「騰蛇の火の中で・・・・・都筑は俺を目一杯、焔から守ってくれました。一緒に死のうとしていた俺を自分の腕で・・・着物で・・・・身体全部で」
巽は密を見つめる。
「・・・・確かにあいつは死のうとしていたけど、それと同時にもしかしたら何処かで・・・・心の何処かで・・・・あいつ自身も気づかなかったかも しれないけれど・・・・助けを待っていたように俺は感じました」
「黒崎君・・・・」
「だから、だからきっと今だって・・・・。」
「・・・・・」
2人の影が濃くなった。

「亘理さんが言ってました、日に何回も都筑の様子を尋ねてくる内線が入っているようだって ・・・・どうして無理してるんですか? 巽さんだって会いたいはずです」
「黒崎君・・・・これはそんな簡単なことじゃ・・・」
「簡単なことです!」
密はまっすぐ巽を見つめる。
「簡単なことなんです!! 会いたいなら会いに行けばいいんです!都筑がどう思うかなんて都筑しか分からない。 なら都筑に聞けばいいんです。巽さんが思っていることを都筑にぶつければいいんです。 聞きもしないであれこれ思ったって・・・・何も始まらないと思います」
静まりかえった廊下に密の声が響く。
その剣幕に巽は黙り込んでしまった。


「すみません、こんな生意気なこと言って・・・・・でも俺はそう思うんです」
何も答えない巽に頭を下げると密は保険管理室のドアを開け、部屋に戻っていった。




簡単なことです、か・・・・
巽は密に言われた言葉を繰り返す。
その簡単なことが出来ない自分は何なのだろう。
早く回復することを願いながらも、その時が来るのが怖い。
都筑と向かい合えるのか・・・それが怖い。
おかしな話だ。

確かにこのまま彼を避けていても何の解決にはならない。
都筑は明日には目覚めるかもしれないのだ。
あの瞳が開いて、再び自分を捉えた時どんな顔をしていいのか
どんな言葉をかけてやればいいのか自分には分からない。
でも確実にその時はやってくる。

巽はすーっと息を吸い込み窓ガラスに映る自分を見る。

・・・・年をとらない身体、いつまでも変わらない容姿・・・・
けれど心は・・・・・。
「簡単なこと・・・・ですね」
夢で繰り返し見た都筑の表情が自分にダブる。

会いたければ会いに行けばいい・・・・

密の言葉が繰り返される。
そう、簡単なことなのだ・・・・・もう逃げられない。
巽はぎゅっと目を瞑り・・・・・そしてゆっくりと開いた。






ノックをする。
なんの応答もない。
静かにドアを開けた。
誰もいない部屋の奥に横たわる彼を見つけ、立ち止まる。
しばらく遠目で見ていたが、意を決して彼のベッドの側に来た。
静かに上下するシーツの中でその人は眠っていた。
そこにいるのは見慣れた愛しい姿だった・・・・あの時見たものは何かの夢のように感じる。穏やかに眠るその顔をしばらく見つめた・・・・・。



「都筑さん・・・・」
そっと白い頬に手を添える。
温かい体温が自分の手から伝わってくる。
もうすっかり戻った肌の感触だ。恐れていたものが溶けていくような気がする。彼だ・・・・間違いなく彼なのだ。
手を見つめた・・・・・その手をとった。
夢の中で何度も何度も巽を振り払った手。
火の中で崩れ落ちた手。
その手が今自分の手の中にある・・・・・。

「・・・っ!」
巽はその手を握りしめる。確かにある感触・・・・ぬくもりが伝わってくる。
紛れもない都筑の手だ。
現実の都筑は今、こうやって怪我を癒し目覚めの時を待っているではないか。 なんて自分は愚かだったのかと・・・・・。

巽を拒絶したあの都筑は巽が作り出したものだ。
巽の自責の念が見せたものなのだ。
そんなことはずっと分かっていたのに・・・それでもぬぐえなかった。



会いたかった・・・・こんなにも会いたかった・・・・。
すぐにでも駆けつけて出来ることならずっと見守って・・・・。
顔を見つめて・・・・。
巽は都筑の手を持ち上げると、そっと口づけた。
こうやって姿を見て触れて・・・・どんなにか自分がこうしたかったが今更ながら分かる。
「早く目覚めてください・・・・」
正直まだ怖い・・・・どんな目で巽を見るのか・・・・それが。

けれど ・・・・それでも・・・・・・愛しいのだ・・・・・この気持ちはどうすることも出来ないのだ。
巽はいつまでもその手を握りしめていた。

・・・・・都筑の手が少しだけ握り返してくれることを願いながら・・・・・・・。
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