抱擁 +改訂版+

  
キーボードを叩く音だけが部屋に響く。
課長室で一人、巽は次から次へと書類を片付けていった。
各部署別に整えられた書類はきちんとファイルされ、積み上げられていくが それでもまだ処理をしなければならない書類は山のように残っていた。
今回の京都での事件には元々亘理、都筑、密の3人で取り組んだものだった。
そこに途中から巽も加わった。
やむを得ない理由からではあったが、関わった以上報告書等は出さなくてはならない。
まして大学一つを炎上させることになったほどの大事件となってしまい、その後始末は 並の量ではなかった。
通常の業務もこなしながらの作業・・・残業も伴う作業に巽は没頭した。 ここ数日は寝る間も惜しんでやっていた。
そう考える時間を作らないかのように・・・まるでなかったかのように・・・・


・・・あれから1週間が経っていた。



コンコン、とドアがノックされる音に一瞬指が止まった。
「どうぞ」
画面から目を離さないまま巽は答えた。
現れる人物が誰だか巽にはもうわかっている。
事件後から同じ事を言いに彼は課長室に度々やってきているのだから。


「ほい、報告書」
亘理は持ってきた書類を軽く机に叩きつけるように置いた。
その置き方で彼が苛立っている事が分かる。
「・・・遅いですよ」
巽は亘理の方は見ずに出された書類を手に取り、さっと確認する。

「ゴタゴタがあるのは分かりますが、もう2,3日早く出してもらえると助かるのですが」
そう言いながらも手は書類をめくる。
「それは、すまんかったなあ。俺はおまえと違って他にも気になることがたくさんあるからな。 書類一筋っちゅう訳にはいかんかったんや」
巽は亘理を見上げた。
「巽・・・・・・同じ事何度も言わせるな、おまえは・・・・」
「亘理さん・・・用が済んだなら出ていってもらえますか? 今立て込んでいるもので・・・」
亘理の言葉を遮るように巽は退出を促す。

時計が時を刻む音だけが二人の間に流れる。
もうここ何日も同じ空気を感じている・・・・・
先に目をそらした亘理が軽く溜息をつくと背を向けドアに向かった。
巽はそれを確認すると再びキーボードを打ち始める。
その音を聞きながら亘理はノブに手をかけ少し迷った後、振り向いた。
「坊の意識が戻ったそうや。」
それだけを告げると亘理は課長室を後にした。
その言葉に思わず巽は手を止める。
ほっと安堵の気持ちが広がった、と同時に現実が目の前に来たと感じていた。
・・・・そう、時間は流れているのだ、いつまでも逃げている訳にはいかないのだ・・・・・と。



「痛むところはありませんか?」
修理中の札がかけられた保険管理室に移されてきた密が意識を取り戻した。
殺風景な部屋に花でも・・・と巽は見舞いがてら密の元を訪れていた。
久しぶりに見る少年の顔は、少々やつれてはいたが顔色も思ったほど悪くはない。
「はい、痛みはありません。ただ少し身体が重いですけど」
その言葉にホッとする。密は元から治癒能力に優れたところがあるらしい。 今回の怪我ももう表面的には綺麗に治っていた。
「あとは少し検査を受けるだけですね。すぐ良くなりますよ」
ベッドの側の机に花を挿した花瓶を置く。

「・・・巽さん」
「はい?」
「まだなんですね・・・・都筑は・・・」
巽は椅子を引き寄せ腰掛けた。
「ええ、まだICUの方です。少し治療に時間がかかっていますが、じきにここへ移ってきますよ」
「巽さん・・・俺・・・・結局何も出来ませんでした」
密の手がシーツを握りしめる。
「助けに行ったはずなのに・・・・・連れ戻すどころか・・・・俺はっ」
泣いているのだろうか、僅かに肩が震えている。
巽は震えるその身体を見つめた・・・・そしてそっと密の肩に手を載せた。
「黒崎くん・・・君が何も出来なかったってことはありませんよ。君が都筑さんを連れ戻したんです。 彼を助けたのは君なんですから」
「でもっ!」
密が顔を上げる。泣いてはいなかったが辛そうに顔をゆがめている。
「でも、俺達を助けてくれたのは巽さんで・・・・もしあのままだったら・・・」
都筑の望む場所へ一緒に行こうと思ったのだ、彼と一緒なら何処へでもいいと・・・・。 それで良いと思っていた・・・・心から。
巽は密の目を見つめる。
「助けたのは君ですよ、黒崎くん」
もう一度同じセリフを密に告げた。
もっと他に気の利いた言葉をかけてあげられればいいのかもしれない。
でも今、巽にはそれしか言えなかった・・・・・そしてその一言一言が自分へも突き刺さる。 そう助けたのは・・・・自分が助けたのは・・・・。

密もまたしばらく巽を見つめて・・・・・何も言わずまた俯いた・・・・。



興奮した密を横にさせてから、巽は保険管理室を出た。
静かに戸を閉めて一瞬立ち止まる。
ここを右に行けばICUへと向かう。
都筑が眠り続ける場所。

「都筑の所へ何故様子を見に行かないのか?」

ここ1週間ずっと亘理から投げかけられた言葉。
あの炎の中助けに行き、閻魔庁に連れ帰ってからは巽は都筑の姿を一度も見舞っていない。
ICUにも一度も足を向けなかった。
それが亘理の苛立ちとなり事あるごとに巽を責めてくる。

・・・・行けないんですよ・・・亘理さん。都筑さんの心を助けたのは黒崎くんで、
私が助けたのはあの人の身体ですから・・・・

巽は左に体の向きを変えた。
今はまだ会えない・・・いや会う勇気が巽にはなかった。
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