「仲がいいほど・・・」

巽はパソコンの画面から目を外すと、その向こうに見えるソファへと視線を移す。そこには先刻から白衣を着た男がいつもなら都筑がつまむであろう菓子を頬張りながら、お茶をすすっていた。
「・・・・休憩時間にしては長すぎませんか?」
言いたいことは分かっているだけに、とても居心地が悪い。
「ん〜?」
残ったお茶を飲み干して、亘理が湯飲みを置く。
「いいやん、たまには。いつもあいつの為に用意してるモンやろ? 今日はあいつの代わりに俺が食してあげようっと思って。」
「別に腐るような物ではありませんから、食べて貰わなくてもいいんですが・・・・。」
「なん? 明日は来るって? 都筑。」
「知りませんよ、そんなこと。」
「知らんて言っても同じ屋根の下にいるんやろ?」
その言葉に巽は黙り込んだ。
「あのなあ・・・・・」
自分から目をそらし窓の方へ向いた巽に亘理は溜息をつく。
「前から言ってるんやけど・・・・・喧嘩してもええけどなあ、周りに迷惑かけるのはやめてくれる?」
「そ、それは・・・・」
「都筑のせいで自分は悪くないっていうんやろ? 確かに今回はそうかもしれんけど・・・・でも毎晩毎晩夜中に電話をかけられる俺の身になってくれ、巽。」
実験も思うように進まなくて困っとるんや・・・と付け加える。
「泣くばっかりで要領のえん話聞くのって結構苦痛やで?」
「・・・・そうでしょうねえ。」
それは分かる・・・・と巽は頷く。それは都筑のいつものパターンだ。
「何しみじみ頷いてるねん! おまえ達の話や、まったく・・・・。どうやら部屋に引き籠もっているらしいけど・・・影でなんぼでも入り込んでしまえばいいやないか。」
「・・・・結界をはられているもので。」
「はあ? 都筑が?」
「ええ。」
「そりゃまた・・・・・入れんの?」
「無理です・・・・本気ですから。」
それに無理矢理突破しても解決はしない・・・。
「ああ、そう・・・・」
毎晩3時間も4時間も泣きじゃくりながらかけてくる電話に寝不足になりながらも亘理は応対をしていた。話の様子からはかなり怒っているような悲しんでいるような気がしていたが、巽相手に本気で結界をはるようにまでなっているとは正直驚きだった。
でも・・・・と、亘理はソファに座り直す。

「なあ、巽。」
その呼びかけに巽は椅子を回す。
「・・・・・なんで喧嘩しとるん?」





ぼんやりと目覚めると見慣れた天井があった。
都筑は寝返りを打ちながら背を伸ばした。
「・・・・さすがに空いたかなあ。」
一昨日の昼から食べていない胃が音を立てる。
時計を見ると昼前・・・。
家の中には自分以外はいないはずだから、そっと部屋を出て何か食料を調達してきても良いのだが・・・。
都筑は首を振る。
キッチンは巽の完全支配下だ。どんな小さな変化もすぐにわかって、都筑が使ったことがばれてしまう。
冷蔵庫の物も同様、物の増減なんか頭にしっかり入っているようで、つまみ食いしても筒抜けで・・・。
それに、ここに引き籠もっているのは抗議行動だ。自分が傷ついたことを巽に思い知らせなければ気が済まないのだ、だからもう2日も頑張っているのに、ここでくじけたら何もかもが水の泡だ。都筑は布団を頭からかぶる。
もう一度寝よう! 寝てしまえば空腹も感じないはずだ!
悲しくて・・・淋しくて・・・どれだけ今回のことで自分が苦しんでいるのか、思い知れば良いんだ!

・・・巽のバカ!・・・

小さく呟く。
じわっと目に涙がたまりそうになって、慌てて目をこすった。
都筑だって巽の影の力は知っている、だから最初はこんな結界でも(今回はかなり強めにしたが)すぐに破って部屋に入ってくると思っていた・・・・でも巽は何度か外から呼びかけをしてそれで終わる。最初の日こそ『出てきてください』『話を聞いてください』とか言っていたのに、もう翌朝からはそれは言わなくなった。
食事が出来たとか、今寝るとか、そういう声かけはしてくるのだが。

・・・もう巽は俺のことなんてどうでも良いのだろうか・・・
ふとそんなことを思う。
人間、空腹になるとどんどん思考がマイナスになってくるもので、一度そう思い始めると、あれもこれも・・・と日常の些細な出来事が引っかかってくる。

・・・最悪だ・・・
都筑は大きな溜息をつくとしっかりと布団の中に潜り込んだ。





「・・・聞いて・・・なかったんですか?」
亘理の問いに巽が少しだけ目を見開いた。この数日都筑が部屋から電話をかけまくっているのは知っていた。だから当然事の成り行きも知っているのだと思いこんでいたのだが。
「ああ、もうかけて来るなり、巽に裏切られただの、酷いだの・・・のことばかりや。何が原因や?って聞いても黙りこむし・・・・それで長時間やで? 俺の苦労わかるやろ・・・・。」
はあ〜っと大きな息を吐く亘理に巽は苦笑する。
「それはそれは・・・。いえ、大したことではないんですよ。」
「まあ、そうやろうなあ〜おまえら昔からしょうもないことでガタガタしてたし・・・。」
その言葉に巽はちょっとムッとする。
「まあまあ。で、何があったん?」
「・・・・・一昨日の昼にですね・・・・」
巽は話しにくそうに眼鏡に手をあてる。
「他の課の女子職員の作ったお弁当を食べている所を見られたんですよ・・・。」
「はあああ、他の? 浮気かい?」
「ち、違いますよ! 料理の味付けを聞かれたもので・・・味見していたんですよ。」
「ま〜た、いい顔して食べてたんやろ・・・おまえ結構八方美人やし。」
「何を失礼なことを! 前から一度味付けのことを・・・って言われていたのでその話をしている所に、あの人が帰ってきたんですよ・・・予定では今日のはずだったのに・・・。」
それなのに早めに帰庁した都筑は課長室に入るなり、お弁当を挟んでソファに座っているふたりに出くわしてしまったというわけだった。
「ああ、なんか珍しく都筑が頑張って早めに仕事が終わったとか・・・坊が言ってたなあ。おまえの手作りのが食べたいからって、張り切っていたとか聞いたで。また食べ物でつって仕事させてたんやろ。」
「手頃の値段の蟹が手に入りそうでしたからね・・・。いえ、そんなことは今どうでも良いんです。問題はあの人が誤解したまま・・・っていうことが・・・」
「いつも言うけど・・・・そういうのしっかり話し合えば済むことやないんか? なんでおまえ達ってそういつも変なとこで線引いたり、気兼ねしたりするかな・・・。」
そのおかげでえらい迷惑や・・・・と言葉を繋ぐ。毎回毎回同じ事の繰り返し。
「・・・・・」
「でもまあ、いつまでもこんなままじゃいかんやろ? 何がどうあれ誤解を与えたのはおまえや。しっかり説明せんとなあ。」
「今更聞く耳なんて持っていませんよ・・・あの人は。頑固なの知っているでしょう?」
巽が溜息混じりに言う。
亘理はソファから立ち上がった。
「頑固でも何でも、聞いてもらわないかんことは聞かせんと。多少無理強いをすることも時には必要やろ?」
「・・・・」
「遠慮ばっかりしていても何も解決せんて、何回も言ってきたと思うけど?」
そう言いながら亘理はドアの所まで行き立ち止まる。
「・・・・とにかくあの問題児、どうにかしてや! 俺、ほんまに寝不足でぶっ倒れそうや・・・・・・・・。頼むで。」
最後の言葉は少しだけニュアンスが違ったように聞こえたのは気のせいか・・・・。
少しだけ笑いを含んだ言葉を残してドアが閉まる。そのドアをしばらく巽は見つめた。

すぐ切ってしまえば済む電話を明け方近くまで相手をしてやる亘理の気持ちも巽には伝わってくる・・・・こんなにも皆から愛されている者を手元に置いている・・・・そのことは幸せと同時に複雑な感情が入り混じったものも感じて・・・・。
・・・もうしばらく様子を見るつもりでしたが・・・仕方ないですね・・・
物を食べていない都筑の身体も心配なのも確かだ。
巽は課長に早退の意を伝えるべく受話器を取る。
とにかく今は一刻でも早く都筑の顔が見たかった。





・・・・とっても美味しそうな匂い・・・・・
・・・・何だろう・・・・あ、これは・・・・蟹?・・・・
・・・・ああそういえば蟹鍋をしてくれるって巽が言ってたよなあ〜・・・・
・・・・それで俺、頑張って早く帰って・・・・・
はっ、と目が覚める。
都筑が慌てて布団をめくると、部屋の中にまで美味しいそうな匂いが漂っていた。
「やっとお姫様が顔を出してくれましたね。」
その声に振り向くと窓辺に巽が立っていた。
「た、たつみ・・・・いつの間に・・・。」
巽はふっと笑って、都筑に近づきそっとベッドに腰を下ろした。
都筑はそっぽを向く。
「都筑さん・・・・一昨日の昼のことですが・・・・あれは・・・・」
「味見・・・・だったんだろう・・・」
「知っていたんですか?」
「何となく・・ね。・・・浮気したなんて・・・・思っていないよ。」
「じゃあ、何故?」
「何故?・・・・巽の馬鹿!」
馬鹿という言葉にムッとしつつも巽は自分を抑える。今は都筑に話しをさせることが大切なのだ。
「・・・・・都筑さん、思っていること、全部話してください。そうしないと私たちはまた誤解を積み重ねてしまう・・・。」
「・・・・・・」
「さあ」
「・・・・・・・巽の表情。」
「え?」
「あの子の・・・・・お弁当食べた時の巽の顔・・・・・俺見たことない。」
「顔・・・・ですか?」
涙を一杯ためた目で都筑は巽を睨む。
「すごく美味しいって、すごく幸せって顔してた・・・・・俺の食べる時ってあんな顔しないよね。」

今まで都筑と重ねてきた時間の中でも数える程しかない、その瞬間。なるべくなるべく・・・・とは思ってはいてもやはり表情には出ていたのか・・・・と、巽は過去のことを思い返す。時には命がかかるようなこともあるのに・・・・と本人に言えたらどんなに良いのだろう。
「それは・・・・」
「それは・・・・?」
都筑が巽の顔を覗き込む。
巽の中には1つの答えが用意されてはいる。
あの子の方があなたのより断然美味しかったから・・・・・
でも、言えない! これは言えない! 言えたらどんなに楽だろう・・・・。
「・・・・・・・それは・・・・・どれだけ安い材料でどんな美味しい物が出来るかって相談された物ですから。」
まんざら嘘ではない事を言う。
「安い材料?」
「ええ、それで、彼女にその極意を伝えて、上手くできてきた物ですから、何というかその達成感というか、そんなのでつい幸せに浸ったんですよ。けして味だけではなくて・・・・その材料費のね、事があったもので・・・。」
「・・・・・本当?」
「勿論。あなたの料理に感じる想いとは別物ですよ。」
・・・・・ああ、ここで言えたら、言えたら・・・・・
「・・・・・・でも何か・・・・最近巽全然食べてくれないし、作らせてもくれないし・・・。」
ぐすっと都筑は鼻を鳴らす。
「・・・・・・作りたいんですか?」
首を絞めることになるだろう問いをあえてしてみる。
「うん・・・・。」
「そうですか・・・・・。」
しばらくの沈黙が訪れた。




「じゃあ、今度の私の誕生日にでもお願いしましょうか。」
「え? いいの?」
都筑の顔がぱあっと輝く。
「・・・・・ええ。」
1年に1度くらい・・・・こんな目にあってみるのもいいかも知れない。
巽は半分自棄になっていた。これしか今の都筑を宥める方法を知らない。

でも・・・・
料理をしている時の都筑は幸せそうで、その笑顔は巽の大好きな顔で。
それを見られるなら、辛いことが待っていようともいいかもしれない・・・・。
そんなことを考える事自体、重症なのかもしれないけれど。

「じゃあ、じゃあ何食べたい!」
「何でもいいですよ。」
「えー! ちゃんと言ってよ! そして巽にああいう顔させるんだ!」
「こだわりますねえ。」
「だって・・・・」
小さく呟いた都筑の声が聞き取れずに巽が顔を近づける。
「ん?」
「・・・・・・だって・・・・とても素敵な顔をしていたんだ・・・・あんな顔俺以外の人が見るなんて・・・・」
恥ずかしくて俯いてしまった都筑の肩を巽は抱き寄せた。
愛しくて愛しくて、たまらない。


顔を上げさせて唇を寄せようとした時・・・・ぐうぅ〜とお腹の無視が鳴り響く。
「あ、ご、ごめん・・・・!」
何とも気まずい間があいて・・・・・そしてふたりで微笑みあった。
「鍋も準備が出来ていますよ。」
「うん・・・・俺腹ぺこだ。」
「沢山食べなさいね。さあ、行きましょう。」
巽が都筑に立ち上がるよう促す。
「巽。」
「はい?」
「キスしよう。」
何日分かのを取り戻すために・・・・・。

巽が都筑に向き直る。
見つめ合って・・・・そして与え合う温もり。
喧嘩して仲直りして、そしてまた・・・・きっとこれからも繰り返すことだろう。
でもそうなるたびに、きっと前よりも愛しくなって・・・・・。

「大好き・・・巽。」
「・・・・私もですよ・・・・。」
そう囁きながらまたキスを重ねた。

今夜からはまた美味しい食卓が待っている。


2002・12・17
M・Hinase

★なんとリクをいただいてから2ヶ月! ものすごくお待たせしちゃって・・・・申し訳ないばかりです(>_<)。
それでこの内容・・・・・です、ごめんなさい。
リクエストは・・・・「都筑さんと巽が喧嘩」、最後は仲直りだけど泣いている都筑さんがいるといいな・・・・とのことでしたv 
どうでしょうか・・・・あわわわわ;
泣いている都筑・・・・見たいなあ〜見たいよねえ〜可愛いだろうなあ〜。
抱きしめてぎゅっとしてあげたいよね〜vvv
亘理が出張ってごめんなさ〜い(^_^;)。

でもね・・・都筑、その巽の素敵な顔は低コストでなしえたという達成感だと言うこと忘れずに・・・。