「Crack」
| はあ〜っと息を吐く。 白く冷気の中に消えていくその様を意味もなく見たくて・・・・都筑は何回も繰り返し息を吐いた。 晩秋・・・・少しひなびた温泉宿には他に泊まり客はいないのかひっそりとしていた。 お湯の上に黄色やオレンジの枯れ葉が所々落ちていて・・・。 顔を上げると色の変わり始めた紅葉が月を覆っていた。 週末、思いもかけず誘われた1泊2日の旅行。 金曜日の夕方突然課長室に呼ばれて、宿の手配をしましたから・・・・そう言われて。 何で急に・・・?と聞こうとしたけれど、その答えは自分が一番よく知っているので口をつぐんで・・・。 翌日の土曜日、車で迎えに来た巽と共にこの宿へとやってきた。 そして食事が済ませた後、散歩に行きましょう・・・という巽の申し出をやんわり断って、一人この露天風呂に来た。 怖かった・・・・きっとここ最近の様子のことを聞かれると思った。 ここに来るまでの間、そして食事・・・・その間は何事もないように振る舞っていた巽だけど、きっと散歩をしている時は・・・・・沈黙が怖い、どうしても浮上できない自分の感情を語るのが、そして巽が何を思っているのか考えるのが怖かった。 最近眠れない、ようやく寝付いたと思えばすぐ夜が明けて・・・・そんな調子で1週間過ごしていた。 当然昼間眠くて、いつも以上に能率が悪くなって・・・・初めの2,3日は文句を言っていた巽が言わなくなり。 都筑はお湯の中でそっと手首の傷に触る・・・・・死んでも尚消えないその傷は自分への戒めのようで、それでも日々の暖かさについ忘れた気になってしまう。 笑って、楽しんで、安らいで・・・・・そんな幸せな時間が自分に錯覚を見せる。 此処にいて良いのだと、自分を必要としてくれる人がいるのだと・・・・。 そんなことなどありはしないのに・・・・。 脇に置いた腕時計を見る。 もう1時間・・・・散歩にでも、と言った巽の言葉を笑いながら 『ちょっと旅館の中探索してくるよ!』 と、言い放って部屋を出て行って。 ・・・・こんな小さな宿の何処に行くと言うんだか・・・・ 相変わらず、誤魔化しが下手で・・・・と巽は苦笑した。 ふたりっきりになるのを何処か怖がっている都筑に気づいたのは九州から戻ってきた翌々日。 最初は疲れからいつもよりミスが多いのかと思っていたのだが、時折見せる表情に過去の記憶が呼び起こされた。 ・・・・やはり今回は外すべきだったか・・・・ 今更ながら思う。でもそれは出来ない話だ、それにこんな事を繰り返していては前には進めない。 今回の仕事・・・・それは自殺者の召喚。 繰り返し繰り返し自殺を図っている者だった。そしてようやく・・・・と思ったら、今度はあまりにも未遂が多かった為に自分の死が信じられなくて・・・・・ということだった。 説得自体にたいした苦労はなかったが、その魂と触れあうことで都筑に何かしら影響があったらしい・・・とはパートナーの少年の報告だった。 それを聞いて少しだけ気にはかけていたのだが・・・・・。 こんな事は初めてではない・・・・でもそんな都筑を放っておけずに旅行に誘ってしまう自分は随分甘くなった・・・と思う。けれどもう昔とは違う、共に歩くのだと決めた日から時折揺さぶられる都筑の精神状態から逃げることはもう出来ない、してはならないと巽は思ていた。 行っている場所の見当はついている。そろそろだろうか・・・。 「まったく仕方ないですね。」 巽は溜息をつきながら部屋を出ていった。 ガラッと引き戸の開く音で都筑は振り返る。 うっすらと湯気が籠もるその向こうに浴衣のままの巽がいた。 「巽!」 「もう気が済みましたか?」 「・・・え?」 巽は腕を組みながら、都筑を見下ろしていた。 「露天風呂、月夜、舞い落ちる枯れ葉・・・・雰囲気に浸るにはもってこいですけど、その前にのぼせて倒れては格好悪いでしょう? 部屋にもお風呂は付いているのですから、長風呂したかったらそちらに入りなさい。」 「・・・・・でも」 「いいから、さっさと上がる! いつまでもそこにいたら部屋から追いだしますよ!」 「あ、それは!」 「なら、早く!」 「う、うん・・・」 言いたいことだけを言ってさっさと立ち去る巽に都筑は目を丸くする。 ・・・・なんか一気に雰囲気が変わっちゃたよ・・・・ さっきまでの落ち込みムードが巽の登場で吹っ飛んでしまって・・・・・。 「都筑さん?」 脱衣所からかけられた声に慌てて返事をして、都筑は浴衣を身につけた。 「あの・・・」 部屋に戻るなり手を引かれて敷かれてあった布団の中に押し込まれて、抱え込まれて・・・。 何が何だか分からないままに浴衣を着たまま抱きしめられていた。 「あの・・・巽?」 一体どうしたの? と尋ねる。 「ほら、眠ってしまいなさい。最近寝てないでしょう?」 目を瞑ったまま巽が答える。 「でも・・・」 「でも、はしばらく禁止です・・・・あなたは最近そればっかりだから。」 「・・・・?」 「今は何も聞きません、だから何も話さなくて良いです。今はとにかく眠りなさい・・・・私の腕の中でなら眠れるでしょう?」 「巽・・・」 「違いますか?」 「・・・・・・ううん、そうだね・・・・眠れる・・・・うん。」 巽が都筑の頭をなでる。 「おやすみなさい・・・・都筑さん。」 「うん・・・おやすみ・・・・ありがとう。」 ふっと都筑の身体から力が抜けて・・・・・・やがて寝息が聞こえてきた。 巽はそっと都筑の手首に触れる。 滅多に見ることがないその傷をまるで癒すように手で包み込んだ。 そして都筑の頭を改めて抱え込む。 「ん・・・」 すっかり眠り込んだ都筑が身体をすり寄せてくる。 朝になり、ふたりして目が覚めてもこの手は離すまい・・・・そう心に誓う。 「笑った顔を見せてくださいね。」 そう小さく耳元で囁いた。 そして巽も目を閉じた・・・・・・。 過去の傷も 心の奥の闇も 全てあなたなのだから・・・・・。 |
2002・10・29
M・Hinase
| ★50000企画のリクエスト作品(個人)です。 いただいたお題は『小旅行・手首の傷を絡めて切なく・・・・でも最後は甘く』という事でした。 切ないものが入るとそれに一気に傾いて浮上できなくなるのですが・・・・どうなんでしょう、甘いような切ないような・・・・・ぐすん; 余り旅行ということがクローズアップされていない気も・・・・汗;。す、すみません;;; 大変お待たせして申しわけありませんでした、お楽しみいただけると嬉しいです。 |