Cuckoo clock



ガチャ。
扉の開く音がする。
・・・・はい、10回目と・・・・
亘理は向かっている書類の端に「正」の字を書き入れる。
昼の2時。
年末から年明けにかけての数々のイベント事も無事終了し、また通常通りの勤務も始まった。
大きな事件もなく平穏無事に日々は過ぎている。
亘理は考え事をする振りをして、ペンをくるくると指で回す。
背中で聞く足音はもうさっきから何回も召還課の部屋を行ったり来たりしては、課長室へと戻っていく。
バタン。
扉の閉まる音。
亘理以外は出払っている昼下がり、また静かな空間が戻ってきた。
・・・なんかなあ・・・・
亘理は大きく息をついた。
今日は帰るまでに何回あの扉の音を聞くのだろう。書類の上の小さな「正」の字を眺めて
一字ずつ丸で囲った。



正月の休み明け(とは言っても、2日からの仕事始めだったのだが)から九州組は珍しく(本当に珍しく)出張をしていた。
仕事自体はさして難しいものではなかったのだが、都筑達が出掛けてから既に2週間が経過していた。
これは手こずっているというよりも、どうやら死んだことを自覚していない対象者が正月だということであっちこっち移動しているらしく所在を突き止めるのに苦労しているらしい・・・・とは密からの報告。
そして今日、ようやく帰庁することになった。
その連絡を受けた時の巽の顔は普通では見られない程の笑顔で・・・・たまたま課長室に来ていた亘理はびっくりして持っていたカップを落としそうになった。
この貴重な笑顔を写真にでも収めれば庁内に数多く存在する巽のファンにでも高価で販売できたかも!と、今更ながらカメラを用意しなかった自分を腹立たしく思う亘理であった。
いつもは何時いいショットが撮れるか分からないので・・・・と用意しているのに、都筑がいないということで気を抜いていた自分が悲しい。
「せっかくの臨時収入のチャンスやったのになあ〜」
ついつい愚痴がこぼれ落ちる。
「何のチャンスですって?」
突然頭上から声がして慌てて振り向いた。
「な、なんやびっくりしたー!気配消して近づくなんて卑怯やで!」
文句を言いながらも亘理は一本「正」の字を増やすことを忘れなかった。
「何訳の分からないこと言ってるんですか。ボーっとしているから驚くんですよ!」
「いつ出てきたん?」
「はあ?」
「扉の開く音せんかったで?」
「したでしょう?ちゃんと部屋から今出てきたんですよ。」
「そ、そうかあ?」
・・・・じゃあ、10回というのもあやしいなあ・・・・
「何ぶつぶつ言ってるんです。」
「え?ああ、何でもあらへんよお!」
「おかしな人ですね・・・・。・・・・それにしても」
へへへと笑う亘理から壁の時計へと巽は目をやった。
つられて亘理も時計を見る。
2時15分を指している。
亘理には聞こえないほどの小さな溜息を巽がついたのがわかった。



「心配ないんとちゃう?」
何処か寄り道しているかもよ?と、お茶を持って来た巽から湯飲みを受け取りながら亘理は巽に言った。
「坊も一緒なんやし・・・・」
空いている席に座りながら巽が茶をすする。
「別に心配なんかしていませんよ。」
「そうかあ?」
「ええ。」
何処からそんなセリフが言えるのだろう?亘理は静かにお茶を飲む巽を見ていた。
お昼休みの頃からほとんど20分とあけずにドアを開け、用もないのに召還課の部屋をうろうろして時計を見て課長室へ帰っていく・・・・その様をあれだけ見せておきながら、まだこんな事を言う目の前の男がよく分からない。きっと今日は朝から仕事だってほとんど手についていないはずだ。
「もう3時半かあ・・・・」
ちらっと巽を見ながら亘理が言うと巽の手が止まった。
・・・・ほら見てみい・・・・
「ま、ええけどね。」
亘理はそう言うと、うーん、と背伸びをして首を廻す。
さて、仕上げますか〜と机に向かう亘理の側で巽はまた小さく溜息をつき、そしておもむろに席を立って部屋に戻っていった。
「正」の字は4つになっていた・・・・・。



「たっだいま〜」
これ以上はないというような脳天気な声が部屋に響いたのは終業も近い4時半。
その声に亘理は帰ってきたふたりの方を振り返った。
「おかえりーお疲れさんやったなあ、坊!」
都筑の後から入ってきて、ぺこっと亘理に向かって頭を下げる密に笑いかける。
「あー何で密だけなんだよ!ひどいぞー亘理!」
自分に労いの声がかけられなかった事に都筑が口を尖らせる。
「お疲れなのは黒崎君だけなんですよ!」
いつの間に部屋に出てきたのか巽が背後からバシッとファイルで都筑の頭を叩いた。
「なんでー?」
「アンタの世話をしながらの仕事でしょうが、大変なんですよ。」
「ひ、ひどーい!」
さめざめと泣くマネをしながら都筑が近く椅子に座り込む。
「なにやってんですか、まったく・・・・」
巽が呆れた・・・・と言わんばかりの態度で首を振っている。
それを見ながらようやくいつもの空間が戻ってきたように亘理は感じていた。

「ただ今戻りました。遅くなってすみません。」
まるで都筑のことなど見えないかのように密は巽に頭を下げた。
その言葉に巽が密の方に向き直る。
「いえ、本当に長い間お疲れさまでした。明日はゆっくりして午後からで出勤でかまいませんよ。」
「はい。」
「ほんまにお疲れさん。」
亘理も立ち上がって密の肩をぽんぽんと叩いた。
「え?明日ゆっくりしてもいいの?」
巽の言葉に都筑がぱあっと顔を輝かせる。やっぱりさっきのは泣き真似だったらしい。
「アンタはいつも通りですよ。」
何言ってるんですか?と都筑を見下ろす。
「がーん!やっぱり巽ってひどい・・・」
「借金まみれのアンタと一緒にしては黒崎君が気の毒です。」
「それもそうやなあ〜」
「亘理まで!」
けらけらと笑う亘理を都筑が睨みつけた。

「あの・・・・午前中に帰るって連絡したのにこんなに遅くなったのは・・・」
喧噪の中、密が言いにくそうに巽を見上げる。
「ああ、いいんですよ。そのことはこの人に白状してもらいますから。」
「でも・・・」
「そうやで坊!坊達が遅れたおかげで面白い物も見せてもらったし。」
「面白い物?」
「そうや、ハト時計!少々時間が不規則やったような気もするんやけどな。」
「え?この部屋ハト時計つけたの?何処?」
亘理の言葉に都筑がキョロキョロと辺りを見渡す。
密も問い返そうとして巽が眉間に皺を寄せて亘理を睨んでいるのを見て黙り込んだ。亘理はそっぽを向いている。
小さく舌打ちをして顔を戻した巽は密と目が合うと、咳払いをしている。どうやら何も聞かない方が身のためらしい・・・・密はそう思った。
「ねえねえ巽、何処?」
空気の読めない都筑がなおも巽に聞いていくる。
「ありませんよ、そんなもの!」
と怒鳴りつけられている都筑を見て、馬鹿・・・・と密が呟いた。




一通りのやりとりが終わり、巽は都筑を引き連れて帰ってしまった。
今夜の食事の約束は出来ていたらしい。
帰る間際の巽に亘理が
「なあ、ハト時計でも壁にかけるか?」
と聞くと、振り返りもせずに「ねえ、時計って?」と聞いてくる都筑の頭を叩いていた。


「さぞかし今日は楽しいひとときを過ごすんやろうなあ〜」
と亘理も帰り支度をする。
「亘理さん、これ何の回数ですか?」
ふと机の上の書類を見た密が尋ねてくる。
「これかあ? これはなあハト時計の鳩が出てきた回数やねん。」
「?」
いまいち状況の掴めていない密が首を傾げた。
「まあ、詳しい話は食事でもしながらしてやるわ。」
亘理は書類をそのままに密と共に部屋を後にする。


少しだけ開いた窓から入る風に捲れる書類には「正」の字が6つ踊っていた・・・・。

2002・1・15
M・Hinase

★もう一つのキリ番部屋777のリクエスト作品です。Cuckoo clockはハト時計の事です。
リクエスト内容は「召還課ドタバタコメディー」でした。うちのこのシリーズは巽都のバカップルがベースにあるので、今回もこの形を取らせてもらいましたv
でも今回は思ったほどには(というより全然)ドタバタしてなくてごめんなさい。どちらかというと静かな感じでしたね。申し訳ないです・・・・。
この後の話を少し書いています(*^_^*)。
興味のある方は「舞る〜む」の方のお部屋へどうぞ!短いですけど・・・・。
闇末のコーナーよりお入りくださいね。