春のダイヤモンド



「ほら、巽! あれ見て!」
都筑は笑いながら巽を振り返り、そしてまた空を見上げる。
「あれがこいぬ座のプロキオン、んであれがオリオン座のペテルギウス、そしてこれがおおいぬ座のシリウス。」
ひとつひとつ星を指さし穏やかな表情をする都筑を巽は見つめていた。
「この3つをつなぐと三角形になるだろう? 冬の大3角形って言うんだ。」
空を見上げて、そして再び自分を見つめる都筑を抱きしめた冬の夜。
そうあれは・・・・・遠い昔。
都筑のパートナーとして彼の側に立っていた頃のこと・・・・。




静かに書類をめくる音と時を刻む音。
年明け間もない課長室で都筑は目の前の巽を見つめていた。
ドアを一枚隔てた部屋でとは違う空間が此処にはあった。
「あの・・・・どう?」
「・・・・」
都筑の問いかけにも顔を上げず、巽は書類を読んでいる。
「・・・・ダメならもう一回書き直すけど・・・・」
「いえ、いいです。」
「え?」
巽はようやく顔を都筑の方へと向ける。
「結構ですよ、これで。お疲れさまでした。」
「あの・・・・」
そう言うと巽は持っていた書類を脇に置きPCに向かってしまう。
「この調子で他のもお願いしますね。」
「うん・・・・」
背中を向けたまま話す巽を都筑は複雑な表情で見下ろした。向けられた背中が自分との会話を拒絶しているように思える。
「まだ何か?」
立ち去る気配のない都筑に巽は多少苛立った声をかけた。
「・・・・失礼します。」
納得のいかない声色で都筑が部屋を出ていく・・・・ドアが閉まると同時に巽は眼鏡を外し椅子に背を預けた。こんな調子がもう3日も続いているのだ。



「んーーー」
席に着くなり都筑は机に突っ伏して呻いていた。
「なんだ、うっとおしい!」
「だって・・・・なんか巽が変なんだもん。」
「変?」
隣で本を読んでいる密が顔を上げる。
「変って?」
「なんかさあ怒っているような・・・・そうでないような・・・・」
「なんだそりゃ。」
「だから!よくわからないんだよお〜。」
そう言いながらまた机に伏す都筑を見て密は再び本へと目を戻す。
「・・・・おまえが何かしたんじゃないのか?」
「えー!? 何もしてないよ! 今日だってちゃんと書類出したしさ、昨日だって一昨日だってサボらないでちゃんとやってるし・・・・」
「威張るな、馬鹿!それが普通なんだよ。それにおまえが今日出したのってもういい加減期日過ぎているヤツだろう。」
その言葉に都筑がガバッと起きあがる。
「そう、それなんだよ! いつもなら『やり直しです!』とか『こんなもの認められません』とかさんざん文句言うくせに今回は一発OKだぜ? おかしいとは思わないか?」
「あのなあ・・・・」
密は熱く語る都筑を見つめ、それが普通なんだ!と言いたい言葉をあえて飲み込む。普段が普段なのだ・・・・もう本人に染みついているのだろう・・・・ごくまれに一発OKが出たとしたら、彼にとってはその方が異変なのだ・・・・なんか少し哀れになってしまう密だった。
「そんなこともあるんじゃないのか・・・・別に気にすることでも無いだろう。」
「そうかなあ〜なんか違う気もするけど・・・・」
都筑は天井を仰ぎながら呟いた。
もうどれくらいあの瞳を見ていないだろう・・・・時折何よりも優しい色に満たされる蒼い瞳を・・・・。
密の言うとおり何か自分が巽の気に障るようなことでもしたのだろうか・・・・。
しかしいくら考えても何も思いつかない都筑だった。




「綺麗だよね・・・・・吸い込まれそうだ。」
星空を見上げる都筑の横顔を巽は見ていた。
「あ、流れ星だ!」
その声に巽も空を見る。
「願い事・・・・」
都筑の小さい声。
「また一緒に此処に来て・・・・・巽と見たいな。」
彼の願い・・・・ささやかな願い。
小さく見えるその身体を抱きしめる・・・・・。




手にしたペンで机を叩きながら巽は溜息をつく。
もう1週間もほぼ毎日同じ夢を見続けていた。
それは遠い昔の出来事・・・・今よりも別の意味でずっと近く都筑の側にいた時。
側にいて上げたいと願いながらも、そのことに耐えられなかった自分。
あの星を見た日から僅か1ヶ月後に彼を置き去りにしてしまった・・・・・。

何十年もたった今、ようやく歩み寄れている状態になっても忘れたことのないお互いの傷。あえて触れないままに此処まで来てしまった。
日ごと大きくなる想いは、とうとう遠い過去の出来事を引っ張り出してまで巽自身に選択を迫っていた。
そのことに戸惑いながら都筑と接する毎日は違和感ばかりが大きくなって・・・・・。
「いいかげん認めなくてはいけませんね・・・・」
誰もいない課長室で自分自身に言い聞かせる。
もう過ちを繰り返さないように・・・・・。



「今日何か予定はありますか?」
帰り支度をする都筑は、巽にそう声をかけられた。
大した用事もなかったので促されるままに彼の車に乗り込む。
流れる窓の景色を眺めながら都筑は承諾を告げた時に見せた、巽のホッとしたような表情に首を傾げる。ここ1週間の様子の理由を聞きたい気もしたが、車に乗り込んでも無言の巽に何となく遠慮してしまった。
でも最近プライベートでも接する事が減っていたため、正直なところ嬉しく思うのも確かだ。
巽から誘ってくれた・・・・何処か食事にでもいくのだろうか・・・・・車が巽の家とも自分の家とも違う方向に走っていくのを都筑はぼんやりと見つめていた。


小1時間ほど走った車が止まった所は高台の草原。
「巽・・・・ここって・・・」
先に降りて外に出た巽に声をかけながら都筑も外に出る。
7時を回った冬の夜、風もなく、いつもよりも暖かく感じた。
「星が綺麗ですね。」
車に乗ってから初めて聞く巽の声に都筑は戸惑う。
この場所は、あれ以来来ていない所だった・・・・共に星を見て、笑い、ぬくもりを確かめ合った所。
”これからもずっと側にいて・・・・”と巽に告げた場所・・・・その願いが壊れた時から、都筑はこの場所には近づかなかったのに・・・・・。
「・・・・・」
「今日は雲もなくて・・・・」
そう言うと巽は無言のまま立ち尽くす都筑に向き合った。
「何で・・・・・?」
「夢を見ました。昔、貴方とこの場所で過ごしたこと・・・・あの時も星が綺麗でしたね。貴方は私に冬の大3角形のことを話して・・・・」
「たつみ! どうして今頃そんなことを言うんだよ! もうあれはっ・・・」
終わったことなのに・・・・と心の中で続ける言葉。苦しくて悲しくて忘れたいのに忘れられなかったこと・・・・差し伸べた手が振り払われた悲しい出来事。
今やっと向き合えるようになったのに、どうして巽がこんな事をするのか都筑には分からなかった。
「・・・・また貴方を苦しめることになるかも知れない・・・・でも何もなかったようにして辛いことに目を瞑って、うやむやにすることだけはしたくなかったのです。」
巽は都筑に向かって手を伸ばす。
「・・・・・もう一度歩いてくれませんか?」
「たつみ・・・・」
「貴方の願いを叶えさせてはもらえませんか?」
「・・・・・」

「もう随分遅いことも分かっています・・・・でも、どうしても私は貴方と歩いていきたいのです。」
自分を見つめる目が不安に揺らぐのを都筑は見つめた。
振り払っても振り払っても、尚も心の中で求め続けたもの。同僚という立場でも側にいられるならばと自分を納得させ続けた日々・・・・・。
前とは違う穏やかな日々を送る決心をした自分に再び差し伸べられた手。
そのことに都筑は迷った。
「・・・・また巽を苦しめるかも知れない。」
「それは覚悟の上です、貴方だって苦しんでいるでしょう?」
「・・・・せっかく忘れたと思ったのに・・・・」
「ずみません。」
「・・・・」

「もう・・・・嫌いですか?」
その言葉に都筑はゆっくりと首を横に振る。
「嫌いなんて一度も思ったことないよ。」
そして都筑は巽の手をおずおずと握った。巽はそのまま都筑を引き寄せ抱きしめる。
「もう・・・・離さないで・・・・」
「はい。」
「今度置いて行かれたら、俺・・・・」
「そんなこと、私には出来ませんよ。」
巽は抱きしめる腕に力を込めた。二度と繰り返しはしない・・・・その想いを伝えるかのように。


「約束をしましょうか。」
都筑の耳元で巽が囁く。
「約束?」
「春になったらまた此処で星を見ましょう。・・・・うしかい座アークトゥルス、おとめ座スピカ、しし座デネボラ、そしてりょうけん座コル・カロリを結んだひし形を・・・・ね。」
「巽・・・それって・・・」
巽のセリフに驚いて顔を見つめる。
「春のダイヤモンドって言うんでしょう?」
巽が微笑んだ。その優しい瞳を都筑が受け止める。いつも見ていたい大好きな瞳。
少し勉強したんですよ、と巽が更に言葉をつなぐ。いつ貴方に伝えようかと・・・・。
都筑がくすくすと笑い、そして真っ直ぐに巽を見つめる。
「うん・・・・・見よう、一緒に。」
都筑がそっと目を瞑ると、あの日と同じぬくもりが唇に降りてきた。
今度はもう二度と離さない、離れないぬくもり。



ふたりだけの静かな誓いを数え切れないほどの輝きがそっと見守る。

春のダイヤモンドを貴方に・・・・。

2002・1・8
M・Hinase

★もう一つのキリ番部屋の666番のリクエスト作品です。
リクエスト内容は「星空をテーマに・・・・」ということでいただきました。星空ということで、ロマンチックを心がけて見ましたが、いかがでしょうか?(オロオロ・・・・)
ふたりの過去にこんな事があると良いな・・・という妄想は入りまくりのSSですなv
楽しんでいただけると嬉しいな〜(*^_^*)。