特別な名前


「ほらっ!」
ワンワンワンッ!
少し力を込めて投げたボールはさっきより遠くに飛んだ。
青空に映える黄色いゴムボールを追いかけていく子犬。
その転がるように走る姿を見ながら密は溜息をついた。


「ほら、もう一回!」
密はボールを銜えてきた犬の頭をなでるともう一度ボールを放る。
子犬は飽きもせず追い駆けていった。
青い空・・・・白い雲・・・・
秋晴れの空の下でなんかすごく健康的なことをしている自分に慣れない。
いつもならこんな日曜日は家のことをして、
午後からは読書したり昼寝したりと過ごすはずだった。
でも子犬がいる生活ではそれは無理というもので・・・・。
こうやって柄にもなく近所の広場で犬と戯れている。
・・・・それもこれもあの時断り切れなかったせいだ・・・・
密は一昨日の亘理とのやりとりを思い出す。

「え?」
密は思いがけない亘理の言葉に思わず聞き返す。
知り合いの職員が飼うことになっている子犬を急用で月曜日しか引き取れないということで、預かることになった子犬。
しかしその亘理も急な仕事が明日入ってきて、土、日と面倒見れなくなったと亘理は話した。
仕事をほっぽり出して姿をくらました都筑を探して保険管理室に来た密を亘理は逃がしはしなかった。

「ダメかなあ〜ええやろ? ほんの数日やから、な!」
「亘理さんが引き受けたんでしょう?俺は・・・」
「そこを何とか!」
パンっと密の顔の前で手を合わし頭を下げてくる亘理に密は困った。
「月曜日には引き取るさかい、な、頼むわ〜!」
「巽さんに頼むとか・・・」
子犬と過ごすことにあんまり自信のない密は何とかやり過ごそうとしたが
「巽に借りを作るのは嫌や!」
という、その気持ちもちょっと分かるような気がしたもんで
つい、本当につい密は引き受けてしまった。
密の手には白くて目のくりくりした子犬があった。


密は土手に座り子犬を抱き上げ、また溜息をつく。
飼ったことのない犬だったが、なかなか利口な犬で思った以上に手をかけさせられることはなかった。食事も亘理からもらったドックフードもあり手間もかからずに済んだ。
懐かれれば可愛いと思う。
・・・・ただなあ〜・・・・問題が一つ。
名前だ・・・・。
亘理から教えられたが、それを呼びたくなくて他の名前で呼ぶが反応はない。
仕方なく呼ぶと元気に返事をする・・・・。
・・・・なんで、こんな名前つけるんだよ!・・・・
密は、はっはっと舌を出す犬を見つめて嘆いた。


「あれ〜?密?!」
「げっ!」
今一番会いたくない相手の声につい声を上げてしまった。
「珍しいねえ〜こんなとこに密がいるなんて・・・・あれ?それ・・・」
ワン!
さり気なく隠そうとしたが出来るはずもなく子犬は尻尾を振って都筑の方に行こうとする。
「かわいいねえ。ほらおいで〜。どうしたのこの犬?」
ペロペロと頬を舐められながら都筑は犬を抱き上げた。
「・・・・亘理さんから預かった。明日返すけど。」
へえ〜と言いながらじゃれる子犬と戯れて都筑は草の上に寝ころぶ。
都筑が動物に好かれる方だと言うことを密はぼんやり思いだしていた。
「で、名前は?」
「あ?ああ・・・・」
「名前だよ、あるんでしょ? 何?」
「・・・・き」
「え?聞こえないよ、密。」
密は大きく息を吸い込んだ、もう隠しても仕方がない!
「・・・・・つづき!」
「はい? 何?」
「え?いや・・・・おまえじゃなくて・・・・その犬の名前だ。」
「へ?」
都筑は腕の中の犬と密の顔を交互に眺めた。



「それーっ!」
まるで大型犬と子犬がじゃれているような光景だった。
やっぱりこういう事は自分よりも都筑の方が得意だ。
子犬の相手を都筑に代わってもらい、密は寝っ転がった。
あの犬の名前が「つづき」のせいで、この2日間密はどれくらいこの名前を呼んだか分からないくらいだった。
食事をさせる時も
身体を洗ってやる時も
遊んでやる時も
そして寝かせる時も・・・・。
最初、聞いた時はとんでもないことだと思ったのに呼び出すとそれは思った以上に馴染んだ。
馴染みすぎて、今度は本人に呼びかけづらくなったけど・・・・密は苦笑する。
いつもいつも一緒に・・・・と心の何処かで願う事が妙な形で実現して・・・・。


さ、もうすぐ日が暮れる。
密は体を起こし叫んだ。
「つづきー帰るぞ!」
「わかった!」
ワン!
返ってきた一人と一匹の返事に、密は一瞬目を開き、そして微笑んだ。
自分の方に全力で駆けてくる「つづき」達の様子になんか嬉しくなる。
夕食は二人と一匹だ。
・・・・そんなひとときもまた楽しいかもしれない。

2001・11・7
M・Hinse

★5555番キリ番リクエストのSSです。
リクエスト内容は「都筑という名前の犬と公園で戯れる休日の密」だったのですが・・・・
なんか中途半端ですみません。結局都筑も出て来ちゃったし・・・・(^_^;)。本当は下の名前の方がより良かったんでしょうけど、やっぱり個人的にアレは特別なシチュエーションで呼ばせたいので今回は名字で・・・・v
お待たせしてこんなお話でごめんなさいね。