エレベーターを降りた都筑はドアの前に立った。
1201号室・・・いつもの部屋だ。前に来たのはいつのことだったか・・・・。
すーっと息を吸い込んで目を瞑る。
此処に来ることで失っていくものがあることは分かっている。
でも来なければもっと大きなものを失いそうで、自分を保つことが出来ないようで
またやってきてしまった。
目をゆっくり開いてノックをしようとしたその時、カチャッという音と共にドアがゆっくり開いた。
「・・・・いらっしゃい、都筑さん、時間通りですね。」
「・・・・・」目の前の男を都筑は見つめた。
自分はこの男に何を求めているのか?その答えが分からないまま今夜も来てしまった・・・
自分を見つめる銀の瞳が細められるのを見ながら、もう戻れない所まで踏み込んでいることを都筑は今更ながら感じていた。
「おまえこそ時間どおりだな。」ふっと笑いながら、部屋に入る。
ドアの閉まる音を背中で聞きながら、テーブルに置いてあるワイングラスを手に取った。


窓から見える街の光は人々の生活の光だ。自分にはもう関係のない光。
シャワーの後、バスローブに身を包んだ都筑は窓際に立ってそれらの光を眺めていた。
視点を変えれば薄暗い部屋の中が映し出される。かすかに聞こえるシャワーの音。

『また、地上へ行くんですか?こんな時間に?』
召還課を出ようとした都筑に投げかけられた言葉。
『うん。ほらこの前言っていたクロワッサン。あれの焼きたてが欲しいんだよ、この夕方のがラストだしね。後数件ケーキ屋に寄って帰るよ。』
事も無げに話すと、はあ〜とため息をつかれて送り出された・・・。
・・・・いつからだろう、こんなにもすらすらと嘘が言えるようになったのは。
ガラスに映る自分を見る。あそこにいる自分も、此処にいる自分も全て本当の自分だ。
優しく包んでくれるものがありながら、支えてくれるものがありながら、
なおも求める心を抑えられなかった。


ふわっと背中に手がかかり、現実に引き戻された。
「何を考えているんです?・・・そんな格好で窓際に立つものではありませんよ。」
首筋に落とされる口づけに都筑は身をすくませる。
「別に・・・・何も考えてない。」振り向いて邑輝の首に手を回す。
「嘘はいけませんよ、秘書殿や坊やのことを考えていたのでしょう?」邑輝の目は
愉快そうに都筑を探る。
「・・・・考えたって仕方ないさ。それより・・・・」都筑はその目から逃れるように抱きついた。
・・・・始めよう・・・・声にならない囁きに邑輝の腕が腰に回った。


「・・・・んっ・・・はっ・・・・む、むらき・・・」
苦しい息で呼びかける。
「何です?」応える声には余裕がある。
「あ、明かりを・・・・消し・・・・て」
都筑の胸を弄んでいた邑輝が顔を上げる。
「何を言い出すのかと思えば。そんな必要はないでしょう?都筑さん。」
手を伸ばし都筑の頬をなで上げる。顔にかかる前髪を指に絡め取った。
「明かりは消しませんよ・・・・快楽に溺れる貴方を私に見せるのです。」
都筑が目を開くと、口元に微笑みをたたえた邑輝の顔がすぐ目の前にあった。
「貴方もそれを望んでいるはずです・・・・そうでしょう?」
「・・・でも・・・・」
「恥ずかしいなんて思ってはいけませんよ。何のために此処に来ているんです?」
そうだけど・・・・周りを欺いてこいつに会っているのは、自分の奥底に眠る自分を知りたい為だけど・・・・でも・・・・・。
唇をふさがれ、舌を絡めとられた。
次第にぼやけていく思考の中で、都筑はそれ以上言葉を継げなかった。




ふっと意識が戻る。
目の前いっぱいにシーツの白が飛び込んでくる。
「あっ・・・」一瞬何処にいるのか分からなかった。
時計を見る・・・・5時。カーテンもかけなかった窓からは明るい日射しがそそぎ込んでいた。
一体何時に寝たのだろう・・・・ぼんやりと枕を抱え込んで都筑は天井を見上げる。
おそらく3時間も寝てないような気がする。腰の奥が鈍く痛む。
何度邑輝に追いやられ、気を失い、引き戻され、苛まれたのか・・・・。
普段では口に出せない言葉をたくさん叫ばされ・・・・。
散々に快楽を与えた男はもう部屋にはいなかった。・・・いつものことだ。

「朝か・・・・。」
シャワーを浴び、服装を整えて冥府に戻らないといけない。
出勤前に巽の家に寄り朝ご飯を食べることにもなっている。
いつもより起きる時間には早いが今から準備すればちょうど良いだろう。
きっと今日一日は仕事にならない。でもそれもいつもの怠けと思われるに違いない。
この一夜のことは、ばれることはない。
都筑はバスルームへ向かった。大きな鏡に自分が映る。
邑輝のつけた痕はもう既に消えかかっている。首筋のも、胸のも・・・・。
こんな時死神の再生能力は便利だ。
あとは邑輝の匂いを消すだけ・・・・。

自分の目を見つめた・・・笑う・・・・・巽に、密に見せる顔。
今度また此処に来るまで『もう一人の都筑』でいなくては。
それもまた本当の自分なのだから・・・・・。
「おはよう、麻斗・・・・」
鏡の中の自分に微笑んだ。鏡の中の自分も微笑んだ。
おはよう・・・・。


2001・8・8
M・Hinase

★3000HITキリ番リクエストのSSです。ちょっと雰囲気が違うのでこちらに掲載しました。
 邑都で暗い・・・・というリクエストに添えたかどうか、甚だ不安ですが・・・・・ごめんなさい、こんなので。