「・・・あなた、喧嘩売ってるんですか?」
感情を抑えた声が発せられた。
「誰も売ってないわ・・・」
髪をかき上げる仕草でため息混じりの声が応える。
「・・・じゃあ、どういうことです、これは」
「あのなあ、俺の責任か?」

『たーつー』

「アンタでしょ、間違いなく!」
と、机の上のコップを指さす。
「これ、作ったんでしょうが!」
「・・・っ、作ったのはな、確かに俺や。でもな、これは不可抗力で」

『たーつーみ〜』

「・・・・」

『た〜・・・』

「ちょっと黙ってなさい!」

『ふぇっ』

「おいおい、そんな言い方・・・なあ、大丈夫やで〜良い子良い子」
「・・・・亘理さん」
「おまえなあ、子供に八つ当たりするなんて・・・」
「誰が子供ですか!」

『ふみぃ〜』

「あんたネコじゃないでしょう!!」

『ひっ!!』

「巽ぃ、だから怒鳴るなって。怯えてるやないか」
「・・・・・」
「なあ、ホントに怖いおじちゃんやね〜」
「・・・・誰がおじちゃんですか、誰が」
「お兄ちゃんがお菓子やろか?」

『うん!!』

「・・・・ったく・・・」
巽は眼鏡を外し、こめかみを押さえた・・・・。
出来るならば、目の前の光景が悪い夢であって欲しいと。



事の始まりはいつものごとく都筑の遅刻だった。
それだけならまだ良かったのだが、前日にも仕事で大きなミスをして巽を怒らせたばかりだったために、まっすぐに召還課の部屋には行けず、つい亘理の実験室へと向かってしまった。
そこに亘理の姿はなかったが、都筑は午前中いっぱいここでくつろぐつもりで部屋に入ったらしい。
ふと机の上を見ると・・・お茶の用意が・・・その甘い香りに誘われるがままに手に取った・・・・すると・・・・



「いやあ、しかし見事にまあ・・・耳と」
そっと撫でると、都筑が目を細める。
「尻尾やなあ・・・」
ふんわりとしたそれを触れば、少し恥ずかしそうに肩をすくめる。
「さすがや、俺!」
ぐっと拳を握る。
そんな亘理を何とも言えないあきれ顔で巽は見ていた
そう、今巽と亘理の間にいるのは見事に犬の耳と尻尾のついた幼児の背丈になった都筑だった。
他は人間なのに、その2カ所だけが犬のそれになっていたのだ。
「亘理さん・・・・元に戻るんでしょうねえ? 解毒ぐらい作って・・・」
「・・・・・まだや」
都筑の頭を撫でながら、へらっと亘理が笑う。
「なっ、まだって・・・どうするんですか?」
「だから、大きな声出すなって!」
巽の声にビクッとした都筑が亘理に身体を寄せる。
それが面白くない巽は、軽く咳払いをした。
「じゃあ、すぐにでも作ってください」
少し声のトーンを落とす。
「って、大体何の目的でこんな薬を・・・」
「ああ? それはまあ色々や」
「色々ってね・・・・こんなことばっかりに使うんだったら予算減らしますよ」
「まあ、そんな堅いこと・・・なあ、都筑?」
ぽんぽんと背中を叩くと、都筑は首を傾げた。
「ほんま、お前可愛いなあ〜」
そのまま、ぎゅっと抱きしめた。

『わーたー』

「ちょ、ちょっと亘理さん!」
その様子に慌てて都筑の身体を引きはがすと、都筑は首を上げて巽を見上げた。
「うっ・・・」
その強烈な可愛さに言葉を失う。
「なあ、お前もそう思うやろ?」

『たーつ〜』

「・・・・可愛いことは認めますが・・・・どうやらおつむまで見事に退化していますし・・・このままというわけには」
どうやら、こっちの言うことは分かるようだが、あまりはっきり話せないらしい。
・・・どうしたもんだか・・・
じっと都筑を見る。
その表情に気づいて、にぱっ!と都筑が笑うと、巽はつい、こわばった微笑みを返してしまった。
確かに可愛かった・・・それは犯罪的な可愛さだった。
「大人の都筑でもおつむはあんまり変わらんやん」
「・・・それを言ってしまうと・・・でもこの幼児姿のままじゃ仕事も・・・」
そう言いかけて、仕事の点でも変わらないことを思い出す。
はああ・・・大きな溜息をついた。
「とにかくこのままというわけにはいかないでしょう、何とか元に戻す方法を・・・」
そう言いながら都筑と同じ目の高さまでしゃがみ込んだ。
紫の大きな目をぱちくりしながら、巽を見つめてくる様は、例えようもなく母性いや、父性を刺激した。
・・・守ってやらなければ!・・・
そんな思いをかき立てる存在には違いなかった。
そっと頭に手を載せると、嬉しそうに都筑は笑った。

「・・・・仕方ないですね、元に戻るまで私が預かり・・・ん?」
そこまで言いかけて巽は都筑を引き寄せる。
嫌な感じがする・・・・
何かの気配がする・・・・
すると少し離れた部屋の空間が僅かに歪みだした。
・・・この気配は・・・まさか・・・!!


羽が舞う・・・白い姿がそこへと浮かび上がる。
こんな時まで片手に薔薇を持っているのが何とも言えない。
そう・・・・邑輝が立っていた。

「・・・・なんで、こんなところへ来るんですか・・・」
突然のことに怯える都筑を後ろに隠しながら巽が立ち上がった。
「都筑さんを迎えに来たのです」
「・・・何を言い出すのかと思えば・・・」
ぎゅっと自分の脚にしがみつく力に心地よさを覚えつつ、巽はふっと笑った。
「ここにあなたの居場所はありません、さっさと帰りなさい」
まったく・・・冥府のセキュリティーはどうなっているのかと腹立たしい。今度総点検をしなくてはいけない。
「勿論長居をするつもりはありません」
邑輝はそう言うと亘理の方をちらっと見た。
その瞬間、巽ははっと思いついた。
そう・・・そうなのだ! 
「亘理さん・・・あなた、まさか!」
「え? いやあ〜ちょっとした契約やねん」
亘理がバツが悪そうに頭に手をやる。
「何のですか!」
「都筑のな、犬耳と尻尾のついた姿を見たいとか言われたもんで・・・」
「それで?」
「まあ、実験をね・・・・あははは」
「笑って誤魔化すところじゃないでしょう!!」

きっとまた研究資金でも振り込んで貰ったに違いない、この男は全く油断も何もあったもんじゃない!巽は歯ぎしりをする。

「まあ、薬が切れたら元に戻るし・・・1度で良いから見たいとか言われただけやし・・・・」
謝礼が破格の金額やったし・・・と心の中で言葉を続ける、これは絶対巽には言えないけれど・・・。
「実害もないし?」
「何が、ないし?ですか! 実際大迷惑でしょう!!!」
「俺が勧める前に飲んだのは都筑やないか」
「どうせ飲ませるつもりだったんでしょうが!」
互いに譲らないまま平行線な会話を繰り広げる。

「私を無視しないでください・・・ああ、そこにいるのが都筑さんですね」
やっと口が挟めるようになった邑輝が巽の脚の後ろに隠れるようにいた都筑を見つけ、手を伸ばす。
その手を巽が叩いた。
「触らないでください!さ、見られたのだからいいでしょう? もうお帰りください」
冷たく言い放つ。
「まさか! こんな可愛い生き物を目の前にして帰れるわけないでしょう? 無粋な人ですね」
ほら、と都筑を覗き込む。
でも、元にある記憶が全部なくなったわけではないので、なんとなく邑輝を避けている様子が見えた。
「お気に召さないようですね」
勝ち誇ったように巽が言う。
「ちっ」
小さく舌打ちをして邑輝が亘理を振り返る。
「俺はもう関係ないで。姿を見せる・・・というところまでが契約やから」
と飄々と応えて、壁に寄りかかっている。
「あとは俺知らんし・・・」
そう言う亘理を見て邑輝は、ふっと、軽く息を吐くと巽に向き合った。
「・・・・仕方ありませんね、ならば力づくでも奪うまでです」
「それが出来ると思いますか?」
「やってみなければわかりません」
「そうですか・・・・では」
そう言って、巽は手を動かし、影の空間を作り出す。
そして脚にしがみつく都筑の身体を抱え上げた。
「しばらくの間、ここに入っていなさい」
しかし黒い空間へと放り出されそうになる都筑は、巽の腕にしがみつく。

『いやあああーーー』

「ほら、大丈夫です、後でちゃんと迎えに行きますから!!」

『いやああ〜』

「あははは、どっちが嫌がられているのかわかりませんね、さあ都筑さん、こちらにいらっしゃい」
両手を伸ばす。

『そっちもいやああ〜』

ますます都筑の叫び声は大きくなる。
「だから、ここに入りなさいって! 安全ですから!!何が嫌なんですか!!」
そう言って都筑の身体を押すが腕にしがみつく力は強く離れなかった。

・・・・そんな暗黒が渦巻いとるとこ・・・誰でも嫌やろ・・・普通・・・
その3人の様子を見ながらはあ〜、と亘理は溜息をつく。
何だかんだと言いながら、3人が同レベルに見えてきた。
もしかして自分もこの仲間なのだろうか・・・それはちょっと嫌やな・・・・と遠い目をする。


「都筑さん!私と一緒に来たら美味しい物が沢山食べられますよ!」
都筑の耳がぴこっと立つ。
「と、同時にあなたも食べられるんですよ、都筑さん!!」
と巽が叫ぶ。
「余計なことは言わなくていいんですよ、さあ、都筑さん、こちらへ!」
「都筑さん早くこの中へ!!」
「あ、こら、俺の研究資料を巻きこむな!!!」
影空間に巻きこまれそうになる書類を慌てて押さえる。
「都筑さん、さあ」
「都筑さん、早く!!」
「もう都筑、お前入れ!!迷惑かけんな!」

・・・・いつ終わるともない争いは続いていた・・・・・・・




「なんか騒がしいな」
近くの廊下を歩いていた近衛が研究室の方を見る。
微かだが怒鳴り声や、物が割れる音が聞こえる。
「・・・課長、知らないままの方がたぶん平和です」
書類を手に密が言う。
「また胃に悪いですよ」
「おおっ、そうだな・・・何もない、何も・・・私は知らん、しらんぞ・・・・」
そう呟いて、階段を下りる。
その課長の後に従いながら、密は1度だけ研究室を振り返った。
とてもあの戸を開ける気はない。
まあ、とにかく頑張って欲しい。


しばらくは関わらないようにしよう・・・


そしてその日一日、誰も研究室には近づかなかった・・・・。



後には滅茶苦茶に壊れた器具と放心状態になった巽と亘理。
そして何故かそこですやすやと眠る都筑の姿があったとかなかったとか・・・。

2004・6・5
M・Hinase

★・・・・・えっと、久し振りの闇末でした。
で、復活第1作目がこれ・・・・どうよ??
ああ、すみません・・・・リクエストの仔犬都筑クリアーしているでしょうか。都筑さん・・・まともに喋っていないよ(涙)。でも・・・書いていてすごく楽しかったです。
本当にお待たせしました。
楽しんで貰えれば嬉しいです。