耳元で鳴く声に目を開ける。
見慣れた天井と広いベッド。
都筑は何度か目をこすった・・・視界の隅に動く物が目に入る。

パタッ、パタッ・・・・。
遊んで、とせがむかのように前足をしきりに都筑の肩に乗せようとする黒い塊を見て都筑は微笑んだ。
少しだけ開いていたドアから入ってきたのだろう。
昨夜から半日以上相手にされなかった不満を訴えているようにも見える。
「ご主人様はもう出たの?」
顎のところに指をあててそっと撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
都筑は上半身を起こしながら枕元の時計を見遣る。
後1時間で正午になろうかという頃。
明け方に寝付いたとはいえ、充分な睡眠時間を確保したことに小さな満足を得た。
共に寝付いた(かどうかは定かではないが)はずの人間は、とっくの前に出勤したらしかった。
「いつもながら元気だね〜おまえのご主人。」
都筑が起きあがると同時に膝の上に乗ってきた「あさと」は、ふにゃ〜とあくびもどきをする。柔らかな感触を味わいながら、しみじみと「あさと」を都筑は見つめた。
雑種らしい。
自身が身につける物は勿論、家のインテリア、車、食べ物に至るまで名のあるブランドで固めている男が、持っている唯一のノーブランド。
どこから見てもそこらの野良猫と変わりのない「あさと」を身近に置いて可愛がっているなんて、普段の生活からは想像がつかない。

『可愛いものを拾ったのですよ。』
そう言われた時、てっきり女性のことかと都筑は思った。割り切った関係とはいえ、やはり面白くない。一度は顔を拝んでやろうと、訪れた都筑の足元に飛びついてきたのは・・・・。


にゃ〜、と「あさと」が鳴く。
ふと都筑は現実に引き戻された。「あさと」が来た頃を思い出していて、ぼんやりしていたようだ。
「なんだ? お腹空いてるの?」
世の中の他の仲間に比べても、こいつほどいい思いをしているのっていないよなあ〜といつも思う。出される食事、寝床、そして庭の外さえ出なければ館の内外問わず自由に行き来出来る。
それに何よりも飼い主に愛情を注がれている。羨ましいぐらいに・・・・。
「そういえば・・・・俺もお腹空いたな。」
都筑は背伸びをすると、「あさと」を抱いたまま寝室を後にした。



リビングに行くと花瓶に花を挿している榊がいた。
「都筑様おはようございます。」
「おはようございます、今日はこっちにいらしたんですね。」
本宅の他に幾つもの別荘を持つここの主は、自分が留守にする間のことは全て榊に一任していた。
「はい、今朝参りました。おや、あさともご一緒でしたか。」
「うん、いつの間にかベッドに潜り込んでいたみたいで。・・・・・ごめんなさい、こんな時間まで寝ちゃって。」
榊に「あさと」を渡しつつ、都筑は少し照れたように笑った。
その時、「あさと」がふたりの手を乗り越えて、ソファの上にあがる。どうやらそこにあった猫じゃらしに目がいったようだった。
「いいえ、それは構いません。もうすぐ食事の用意が出来ますから、お待ちください。」
ソファの上で戯れる「あさと」を見つつ、榊が微笑んだ。
それでは、と軽く頭を下げて部屋を後にする榊の背中を都筑は無言で見送った。

無口でけして喋りすぎるということはない。でも必要なことは、きっちりとこなす。まさしく1を聞いて10を知る・・・・そんなタイプ。優秀な執事だ。
いつの間にか出入りするようになった都筑に対しても、何ら態度の変わることもなく、主の不在の時の都の世話をするようになった。
最近は花好きな都筑の為にと、時々は花を生けてくれたりしてくれていた。
都筑は大きく広いソファに腰を下ろして、大きく息をついた。
「あさと」がじゃれている猫じゃらしを手にとって、「あさと」をからかう。
・・・・こんな風にあいつも、おまえと時間を過ごすこともあるんだろうなあ・・・・その様子を思い浮かべると、くすりと笑ってしまう。
目の前を行き来するそれに、「あさと」は夢中で飛びついていた。

ゆっくり、穏やかに流れる時間。
でも以前過ごした・・・・・あの時間とは違う、・・・・・それはここの主のせいなのか、自分が変わったのか・・・・・。



「ね、榊さん。」
食事の後、傍らでお茶の用意をする榊に都筑は声をかけた。
「はい。」
「・・・・・・いいんだろうか、俺。ここにいても・・・・。」
週末、必ずと言っていい程訪れている。
職業柄いつも会えるわけではないと分かっていても、顔を見たくて、声を聞きたくて時間構わず訪ねては、この家の門をくぐった。
恋人とは言えない・・・・・形のない関係。

「自然だと・・・・思います。」
少しばかりの沈黙の後、榊が口を開く。
「おふたりを見ていて、それがあるべき姿だと・・・そう思います。」
「あるべき姿・・・・」
はい・・・とそれだけ答えて、榊は口を閉ざす。
自然・・・・そして、あるべき姿・・・・窓から見える庭園を眺めながら、都筑はその言葉を繰り返していた。








「どうかしました?」
ベッドに腰掛けた都筑の膝に頭を預けながら、邑輝は都筑の顔を見上げる。
「ん? なんで?」
邑輝の眼鏡を外しながら都筑が答える。
「何か・・・考え事をしているようでしたから。」
「ん・・・・別に。ただ、あいつ幸せだねって。」
「・・・・まだ名前呼べませんか?」
くすっと邑輝が笑う。
「いつも一緒にいられないあなたの代わりに・・・と付けた名前なのに。」
「呼べないよ、照れくさいじゃん! 自分で自分の名前呼ぶなんて。」
「そうですか?」
「そうだよ。おまえ、呼べるの?」
「・・・・・なんて?」
「なんてって・・・・名前、自分の。」
「どういう風に?」
「・・・おまえねえ〜。」
性格悪すぎ、と都筑は溜息をつく。
「それなりの月日は重ねているつもりですが、まだ呼んで貰えませんからね。」
私ならいつでも呼べるのに・・・・と少しだけ拗ねる姿に笑ってしまう。

ゆっくりと静かに、でも確実にこの男の時間に染まっていく。

「笑うところではないでしょう。」
「くすくす・・・。ごめん、だってなんか可愛くって。」
「あなたに可愛いと言っていただける時が来るなんて、思いもしませんでした。」
ここまで来る時間はけして楽なものではなかった。多くの気持ちを踏み台にして今自分はここにいる、自分だけの心の平穏を求めて・・・・。





『あなたが幸せならそれでいいのです』

そう言ってくれた人。
優しい言葉を与え続けてくれたあの時間・・・・。
笑っていられる・・・と思っていた日々。
そして壊れた関係。自分を見つめる瞳を見るのが辛くなっていった・・・・・。
求める物と与えられる物が少しずつねじれた日々が今は遠い。





「都筑さん。」
そう呼びかけられると同時に、身体を起こした邑輝に都筑は押し倒される。
「私といる時は、私以外のことは考えないでください。」
弾む身体に邑輝の重みが加わった。
「・・・・・考えない。考えるわけないじゃん。」
こんなにも、心も身体も囚われているのに・・・・。
「もう、おまえのことしか見ないよ。」
そう囁くと邑輝が微笑んで、口づけがおりてきた。



ドアの外では今夜も部屋を追い出された「あさと」がカリカリと音を立てている。
その音を聞きながら、都筑は邑輝が与える快楽に身を預ける。


溺れて、溺れて、何処までも底なしに溺れて。
いくら与えられても潤わないこの想いが少しでも満たされるように・・・・・。

2002・9・18
M・Hinase

★キリ番代理申告のリクエストSSです。
リクエストのキーワードは「おぼれる都筑」「猫じゃらし」「ひざまくら」・・・でした。
どのCPにしようか・・・と悩みましたが、邑都にしてみました。
何に都筑がおぼれるかはお任せ・・・ということで、邑輝との時間というか邑輝自身というか・・・・そんなものを対象にしてみました・・・・・・そのつもりです; 邑輝が甘いのかなんだかよく分かりません(>_<)。
これ・・・・・私にしては初めてづくしです。
「あさと」も榊も今まで書いたことないんです;・・・・でも今回あえて挑戦してみました。
すみません、お待たせした上に、本当にこんなんで!

(何か裏設定ありまくりのSSですね;)